著作権者団体とWeb 2.0的IT企業の対立
なぜWikipediaは停止するのか――SOPA抗議活動をひもとく
2012/01/18
(Geekなぺーじ あきみち氏による寄稿記事です)
2012年1月18日のUTC 5時(日本時間同日14時)から、英語版Wikipediaが、米国議会で審議されている「オンライン海賊行為禁止法(Stop Online Piracy Act:SOPAおよびPROTECT IP Act:PIPA)」への抗議としてサービスを24時間停止しています。
「SOPA Blackout Day」キャンペーン、決行
実はWikipediaが英語版サイト停止を発表する前から、1月18日には「SOPA Blackout Day」という抗議キャンペーンが行われる予定になっていました。
もともと、具体的にそのようなキャンペーンが計画されていたわけではありません。しかし2011年年末から「Google、Amazon、Facebookなどが抗議としてWebを停止するかもしれない」というニュースが伝えられていました。
ほぼ時を同じくして、Wikipedia創設者のジミー・ウェールズ氏が「(抗議を)検討している」と公表しました。これに先立つ2011年10月に、イタリア語版Wikipediaが、イタリアで審議中の通信傍受法案に抗議するために停止しました。同様のことを英語版で行うかどうかを検討中であるというものです。
【関連リンク】 SOPAへの抗議活動としてWikipediaが一時的に停止? |
さらに、アメリカの大手ソーシャルニュースサイトであるReddit(月間20億PV以上、日本の2ちゃんねるのような雰囲気も一部あります)が1月10日、先陣を切って、「1月18日、SOPA/PIPAに抗議するためにBlackoutを決行する」と表明しました。
こうした同時多発的な動きを受け、その頃から1月18日を「SOPA Blackout Day」として、抗議のため多くのWebサイトが一斉に停止しようという動きが広がりました。
Wikipediaも、この「SOPA Blackout Day」に乗った形のように見えます。RedditやWikipedia以外にも、数多くのWebサイトが抗議キャンペーンに参加しています。Webサイトの停止という形以外にも、抗議コンテンツを掲載するなど、いろいろな形での抗議があるようです(Wikipediaなど18日に停止 SOPA/PIPA抗議で)。
そもそもSOPAの何が問題か?
では、一連の抗議の対象となっているSOPAとはいったい何でしょう?
SOPAは、2011年10月末に米国下院に提案された法案です。オンラインにおける著作権侵害行為を防止することを目的にしています。法案では、米国外にある著作権侵害コンテンツを含むサイトへの米国からのアクセスを遮断することをうたうものの、事実上米国内のサイトに関しても適用可能となっています。
SOPAのおおまかな特徴は、以下のとおりです(同様の内容を含むPIPAはSOPAの上院版と言われています)。
- 著作権侵害コンテンツを含むサイトへのアクセス遮断をISPに命令できる(DNSブロッキングなどによってISPが通信を遮断するようになる)
- 著作権侵害コンテンツが1つでも含まれていればサイト全体を停止できるとも解釈可能な表現になっている
- 著作権侵害コンテンツへの資金提供を停止させる(GoogleなどのAdネットワークや、PayPalやVisaなどに対して、著作権侵害コンテンツを含むサイトとの取引停止命令を出せるようになる)
- 検索エンジンの検索結果から著作権侵害コンテンツを含むサイトの削除を命令できるようになる
- 著作権侵害コンテンツのホスティングだけではなく、著作権侵害コンテンツへのリンクも対象
このように広範な内容が含まれています。この法案が成立すると、WikipediaやYouTubeなどの、不特定多数のユーザーがコンテンツを作成もしくは投稿するような形態のWebサイトの多くが運営困難になってしまいます。
著作権者団体にくすぶるIT企業への不満
SOPA/PIPAが提案された背景には、マスメディアや著作権者団体などによる、アメリカIT企業に対する不満があると思われます。
現状では、アメリカ国内にあるソーシャルメディアなどのサービスを提供しているIT企業は、DMCA(Digital Millennium Copyright Act)の「Title II: Online Copyright Infringement Liability Limitation Act」の「safe harbor」によって守られています。インターネットを利用したコンテンツ事業者は、著作権侵害の申し立てに対して適切に対応していれば責任を果たしていることになります。
例えばDMCAでは、「悪いユーザー」がいても、権利者から申し立てがあったときにはじめてその「悪いユーザー」の悪行を停止できれば責任を問われないことになります。ソーシャルメディアに代表されるCGM(Consumer Generated Contents)との相性がよい法律でした。DMCAがあったからこそ、アメリカではCGMが急激に成長したという考え方もできます。
事実、YouTubeは過去に何度か訴えられていますが、DMCAが争点になることが多い印象があります。もちろん、著作権者団体などがSOPAへのロビー活動に直接つながっているのかどうかは知りませんが、個人的に関連性を感じたのが、MTVなどのコンテンツの権利を持っているViacomがYouTubeを訴えた裁判です。
ViacomがYouTube(Google)を訴えたのは2007年です。しかし2010年6月には、YouTube側は迅速に削除を行っており、DMCAを遵守しているとしてViacomが敗訴しています(Internet Watch:YouTube、対Viacom著作権侵害訴訟に勝訴〜セーフハーバールールに該当)。
その後、2010年8月にRIAAの代表が「DMCAは機能していない」と発言。SOPAの上院版とも言われているPIPAの元となったCOICA(Combating Online Infringement and Counterfeits Act)が提案されたのが、2010年9月です。このように時系列を追っていくと、Viacom敗訴が一連の動きに何らかの影響を与えているように思えて仕方がありません。
SOPA賛同組織とネット抗議の鮮明な対比
SOPAに対しては登場直後から、「ネット検閲である」といった意見や「インターネットを殺すものだ」という意見がネット上で飛び交いました。ここ数カ月、米国のネットメディアでも大きな話題になり続けています。
抗議活動は、EFF(Electric Frontier Foundation)、アメリカの大手ブログメディア、IT系企業、Redditなどで活発に行われています。
2011年11月16日には、SOPA反対キャンペーン「American Censorship Day」が行われました。同日行われたTumblrのSOPA反対キャンペーンでは、8万7834人が合計1293時間にわたって地元議員に意見を伝えました(87,834人のtumblrユーザが国会議員にSOPA反対の電凸をしたわけ - P2Pとかその辺のお話@はてな)。
また、Google、eBay、Facebook、PayPal、Mozilla、Craiglist、Tumblr、Zyngaなどの企業もSOPA/PIPAへの反対声明を公表しました。さらに昨年12月には、インターネット創設者の1人であり“インターネットの父”と呼ばれているVint Cerf氏も反対意見を表明しています。
一方、SOPAに賛同している組織には、音楽や映像の権利者団体が多く含まれています。たとえば、MPAA(Motion Picture Association of America)やRIAA(Recording Industry Association of America)などによるロビー活動が行われているとされています。賛同する企業の中には、Major League Baseball(MLB、大リーグ)やNational Football League(NFL)も含まれています。
SOPAに賛同する組織一覧は、上院司法委員会(House Judiciary Committee)のWebサイトで公開されています。
このように、反対陣営と賛成陣営の特徴が非常に鮮明になっています。
2011年12月ににわかに高まったSOPA成立の空気
12月15日と16日に下院司法委員会で行われた審議は、SOPAに対して非常に好意的なものでした。下院司法委員会での雰囲気から、「SOPAが成立へ向かうのではないか」との報道が12月中旬に数多く行われました。
12月のSOPA審議の雰囲気を非常によく表しているのが、下院司法委員会のプレスリリース文です。12月14日のプレスリリース文に、下院司法委員会のChairman、Lamar Smith氏による声明として以下の文章が含まれています。
Companies like Google have made billions by working with and promoting foreign rogue websites so they have a vested interest in preventing Congress from stopping rogue sites. (訳) Googleのような企業は、海外の悪徳サイトと連携したり宣伝することで何十億ドルもの収益をあげている。だから、議会が悪徳サイトを止めようとすると既得権益を守ろうとする。 http://judiciary.house.gov/news/12142011%20SOPA.html |
12月15日のプレスリリース文には、SOPAへのさまざまな賛同意見が列挙されています。議員個人のサイトではなく、下院司法委員会の公式プレスリリースで賛成意見をメインに書きつつタイトルが「SOPA Has Strong Support(SOPAは強く支持されている)」とあるのが印象的です。この中には、以下のような意見が書かれています。
Ranking Member John Conyers (D-Mich.): "Today’s markup is a victory for American artists and jobs. Online property crime robs American artists and harms American consumers, and the Stop Online Piracy Act provides important tools to safeguard our jobs and property." (訳) 本日の審議は米国のアーティストや雇用にとって勝利である。オンライン犯罪は、米国のアーティストから財産を盗み、米国消費者に被害を与える。Stop Online Piracy Actは、我々の雇用や財産を保護する重要なツールである。 http://judiciary.house.gov/news/SOPA%20Support.html |
続く12月16日のプレスリリースには、下院司法委員会のChairmanの声明として以下のような文があります。
I am pleased that the unfounded claims of critics of the Stop Online Piracy Act have overwhelmingly been rejected by a majority of House Judiciary Committee members. (訳) Stop Online Piracy Actに対する事実に基づかないクレームや批判が、米国下院司法委員会のメンバーによって圧倒的多数で否決されたことをうれしく思う。 http://judiciary.house.gov/news/Markup%20Strong%20Support.html |
GoDaddyのSOPA賛同表明と猛批判、そして撤回へ
こうしたSOPA賛同陣営有利の雰囲気を変えたのが、世界最大のレジストラであるGo Daddy社に対する不買運動です。
【関連リンク】 世界最大のレジストラGo Daddyが大炎上、SOPA支持表明で |
ネット上で、下院司法委員会のWebサイトで公開されているSOPA賛同者リストが話題となり(TechCrunch:Over 40 Internet Companies Come Out Publicly Against SOPA (Including Us))、その中にGo Daddyの名前があったことから炎上が始まりました。
SOPA賛同者リストの多くは音楽、映像、出版に関連する権利者団体で構成されているため、リストに掲載された数少ないIT関連の事業者である世界最大のレジストラ、Go Daddyが目立つことになりました。
おそらく多くの人々がGo Daddyに問い合わせたものと思われます。支持者リストが話題になった次の日には、Go Daddyが「SOPAをサポートする」と公式発表を行い、炎上が一気に拡大しました。
さらに炎上を拡大させた原因の1つと思われるのが、Ars Technicaからの問い合わせに対して、Go Daddyが以下のように答えたことです。
"Go Daddy has received some emails that appear to stem from the boycott prompt, but we have not seen any impact to our business. We understand there are many differing opinions on the SOPA regulations." (訳) ボイコット運動に由来すると思われるメールがGo Daddy宛に送られてきています。しかし、私たちのビジネスに対する影響は見えません。SOPAに対して我々とは異なる意見があることは承知しています。 Ars Technica: GoDaddy Faces boycott over SOPA support |
「GoDaddyBoycott.org」というサイトが用意されるなど、Go Daddyからドメイン管理を移転する不買運動が世界的に広がっていきました。さらに、12月29日を「Leave GoDaddy Day」とする運動も開始されました。この運動はRedditが起源のようです。
ネットメディア上での表現も過激化し、Go Daddy CEOが象狩りをしたことを公表して炎上した事件と一緒に紹介されたりもしていました。
その後Go Daddyは、SOPA賛同の公式見解発表から1日とたたずに撤回を表明するところまで追い込まれてしまいました。ただ、下院委員会の賛同者リストからは外されたものの、その後のインタビューに対して歯切れが悪い回答をしていることから「実際は撤回しているわけではない」という判断をした人々も多く、不買運動は継続され、最終的にはSOPA反対を表明しました。
この炎上の発生後に、SONY(ただしSONY Music Entertainment、Sony/ATV Music Publishing、SONY Music Nashvilleは賛同者リストに残っています)や任天堂が賛同者リストから外れました。その他にも、さまざまな組織が賛同リストから消えています。
DNSブロッキング条項の削除とホワイトハウスによる不支持表明
2012年1月12日には、上院がPIPAのDNSブロッキング条項を削除することを検討中であると公表しました。その翌日には、SOPAでもDNSブロッキング条項の削除が公表されました。
さらにホワイトハウスも、SOPA/PIPAの現状案に反対であることを公表しました。ホワイトハウスからの声明には、DNSブロッキングなどによって言論の自由を制限するような検閲が可能となる法案は支持しないことや、アメリカ合衆国の権限が及ばない外国に対するものとして対象を限定する必要性も述べられています。
しかし一方で、オンライン海賊行為に対し、何らかの形で対応する必要性があることも強調されています。
一方EFF(Electric Frontier Foundation)は、SOPA/PIPAにおけるDNS条項削除を前進としつつも、広告ネットワークの遮断などが残されているSOPA/PIPAそのものを廃止させる必要があるとしています。
冒頭で述べたとおり、DNSブロッキング条項の削除に関する声明が出される前から計画されていたSOPA Blackout Dayも、予定通り決行されることが決定しています。英語版Wikipediaの停止に関するプレスリリースが出されたのも、DNSブロッキング条項削除が公表されたあとです。
SOPA/PIPAの今後
1月24日には、上院でPIPAの投票が行われる予定です。
今回のSOPA/PIPAを巡って大きな話題になりましたが、ネット上での著作権侵害行為をどのように取り締まるかに関しての議論は、たとえSOPA/PIPAが廃案になったとしても続きそうだというのが私の感想です。
ホワイトハウスによる声明を見る限り、むしろ、これが本格的な議論の始まりなのかも知れません。有志議員によって提案されているOPEN Act(Online Protection & ENforcement of Digital Trade Act)という法案もあります。
今回のSOPA/PIPAを巡る議論では、賛成陣営に音楽/映像関連の権利者が多く、反対組織の多くがWeb 2.0的IT企業である点が非常に特徴的です。ホワイトハウスの声明を受けて、「オバマはクリエイターからコンテンツを盗むシリコンバレーの輩と一緒だ」と“メディア王”ルパート・マードック氏が述べている(つぶやきその1、その2)ことからも、IT企業の手法に対するマスメディア側の不満が表れています。
DMCAのセーフハーバー条項を本丸とした(と思われる)綱引きは、SOPA/PIPAが廃案になっても継続して行われるものと予想しています。今後も一連の動きに注目したいものです。
(Geekなぺーじ あきみち)
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