コスト削減を目的に、多くの企業がIaaS利用に乗り出したものの、「効果が得られない」「かえって高くついた」といった例が後を絶たない。その真因は何か? IBMのクラウドマイスターに、IaaS選定・活用の勘所と、同社が米国のIaaSベンダー「SoftLayer」を買収した理由を聞いた。
いまや「クラウドコンピューティング」という言葉は多くの企業にとって当たり前のものになり、ここ数年で企業ITの現場でも広く利用されるようになった。しかしその半面、“クラウドブーム”を脱した現在は、そのメリットとデメリットを冷静に見直そうという動きも高まりつつあるようだ。
「IBMクラウドマイスター」「認定クラウド上席システムズ・エンジニア」の資格を持つ日本IBM スマーター・クラウド・ソリューション ICP エグゼクティブITアーキテクトの新島智之氏は、そうしたクラウドの現況を「幻滅期」と表現する。
「特にクラウドがうたう『コスト削減効果』に引かれて、多くの企業が利用に踏み切ったものの、思うような効果を得られず幻滅しているケースが多い。例えば、既存の社内システムを単純にクラウド化するだけでは、移行コストが掛かるだけで、ユーザーに特別なメリットを担保することは難しい。クラウド化によって短期的には運用コストが下がっても、その使い方によって長期的には高くつくこともある。戦略的にIT基盤の刷新に取り組むならまだしも、目先のコスト削減やトレンドだけに流されて、安易にIaaSに飛びつくのは考え物だ。自社のビジネスゴールを多角的に分析・評価し、クラウドに求めるメリットを整理した上で利用を検討するべきだろう」
だが新島氏は、「“幻滅”する企業がある一方で、IaaSを使いこなして大きな成果を上げている企業も多く存在する」と指摘する。その代表例が新興スタートアップ企業だ。彼らは「新たなサービスを迅速に立ち上げるためのIT基盤」としてIaaSを活用し、効率的にビジネス成長につなげているという。
「ポイントは、彼らがコスト削減だけではなく、アジリティや柔軟性といったクラウド本来のメリットに注目していることにある。例えば新規にビジネスを立ち上げる際には、いち早く市場に参入する先行者利益が重要となる。その点、IaaSはサービスのIT基盤を迅速・安価に構築できるため、新規ビジネスを効率的に立ち上げられる。だが同時に、市場への素早い参入は失敗のリスクもはらんでいる。このため目論みが外れたときには素早く市場から撤退しなければならない。その点でもIaaSはすぐに利用をやめられる。こうした始めやすさ/やめやすさが、リスクを抑えながらのスピーディな戦略展開に大きく役立つ格好だ」
日本国内でも数年前からAWS(以下、Amazon Web Services)が注目を集めているが、2011年、AWSの東京リージョンができたころから、「クラウドによるITコスト削減」を旗印に、多くの日本企業がAWSをはじめとするIaaSの利用に乗り出すようになった。ただ新島氏が語るように、クラウドといっても、ビジネスの目的や状況に応じたシステム設計・構築が求められることは、従来のオンプレスミスと変わらない。「コスト削減」ばかりに注目して、安易にIaaS利用に乗り出してしまえば、かえって逆効果にもなりかねない以上、IaaSを役立てるためには、その本来のビジネスメリットを見据え、自社の目的に照らして導入を考える必要がある。“クラウドブーム”を通過した今、幻滅期にある多くの企業が、そうした視点を取り戻しつつあるというわけだ。
そうした中、IBMは2013年7月に米国のクラウドベンダー「SoftLayer」を買収した。SoftLayerは日本ではまだ知名度が高いとはいえないが、グローバルではAWS、RackSpaceに次ぐシェアを持つ大手ベンダーとして知られている。周知の通り、IBMはIaaSとして「IBM SmartCloud Enterprise」を提供してきたが、今後はSoftLayerに統合するため、現在はSmartCloud Enterpriseの既存ユーザーの環境を適宜SoftLayerの環境に移行中だという。
ではなぜ、同社はここまで思い切ったポートフォリオの組み換えに踏み切ったのだろうか? それは前述のようなIaaS利用の現況とあるべき姿、また実際にIaaSを使いこなしている企業の期待などに照らして周囲を見渡した際、「SoftLayerがこれまでにない機能を持った斬新なサービスだったからだ」という。
「SoftLayerはSmartCloud EnterpriseにもAWSにもない、極めてユニークな特徴を幾つも備えている。そうした特徴の1つ1つが、前述した“市場変化が激しい中でも、迅速かつ低リスクでビジネスを発展させるIT基盤”を実現する上で役立つものとなっている。この点で、より付加価値の高いIaaSを提供できると考えた」
特にSoftLayerのサービスがフィットするのはグローバル企業だという。SoftLayerは現在、北米を中心に世界中の複数個所にデータセンターを設けている。SoftLayerでは、これらのデータセンターをあたかも1つのデータセンターかのように扱うことができるためだ。
具体的には、SoftLayerのデータセンターは、互いに高速の専用ネットワークでつながっている。ユーザーがあるデータセンターでサーバーのインスタンスを作成すると、簡単な操作でそのサーバーインスタンスのコピーを、他国にあるデータセンター上に半自動で作成することができる。つまり、これまではシステム構築スタッフを派遣したり、現地のSIerを確保したりと、手間と時間が掛かりがちだった海外拠点へのシステム展開を、大幅に迅速化・省力化できるのだ。
もちろん、データセンター間でのサーバーインスタンスのコピー自体は、他のクラウドサービスでも可能だ。しかしサーバーインスタンスのイメージをバックアップして、エクスポートして、それをさらにコピー先のクラウド環境に転送して、といった一連の作業を基本的に全て手作業で行わなければならず、どうしても煩雑な作業を強いられやすい。その点、SoftLayerの場合は管理コンソール上で、ほぼワンアクションでサーバーのコピーを任意のデータセンターにコピーすることができる。
「この点はグローバルにビジネスを展開している企業をはじめ、自社のクラウドサービスを海外に展開したいと考えているクラウドサービスプロバイダー、キャリア企業にも高く評価いただいている。また、こうした機能は災害対策のバックアップサイトを設ける手段としても多大なメリットをもたらすと考えている」
これ以外にも、SoftLayerには既存のIaaSにはないユニークなサービスが多数備わっている。図2はサービスポートフォリオの全貌だ。以下では代表的なものを幾つか紹介しよう。
まずSoftLayer独特のものとして、プライベートネットワークのサービスが挙げられる。一般的に、クラウド環境上に設置したサーバー間を結ぶプライベートネットワークの設置は、オプションサービス扱いとなる例が多いが、SoftLayerの場合はサーバーのインスタンスを作成すれば、基本的にデフォルトでプライベートネットワークのサブネットとIPアドレスが付与される。このプライベートネットワークは、異なるデータセンター間をまたがって設置することも可能だ。
また、クラウドで作成するサーバーといえば仮想サーバーが当たり前だが、SoftLayerではこれに加え、物理サーバーをユーザーが占有できる環境も提供している。しかも、この環境を仮想サーバーと同じく、管理コンソールからのリクエスト操作だけで、極めて短期間で入手できるのが大きな特徴だ。この物理サーバーには「BMC」と呼ぶ標準的な構成を提供するサービスと、「Dedicated Server」と呼ぶユーザーが構成を自由に決められるサービスの2種類がある。前者であればわずか1時間ほどで、後者でも1日程度の待ち時間で環境を提供できるという。
このうちBMCは仮想サーバーと同様に、時間当たりの料金で利用することもできる。これは他のサービスでは決して見られない極めてユニークなサービスといえよう。これをうまく利用すれば、例えば「高負荷の計算処理を、物理サーバーを3時間だけ借りて行う」といった柔軟な利用も可能になる。
さらに、仮想サーバーと物理サーバーの間で、サーバー環境のイメージを移行することもできる。例えば仮想サーバーのイメージコピーを作成し、物理サーバー上でそれを復元したり、逆に物理サーバーのイメージを作成して、それを仮想サーバー上で復元したりといったことが可能だ。この機能を活用すれば、例えば新たなサービスを立ち上げる際に、「まずは仮想サーバー上で、限られた規模のサービスを稼働させ、ビジネスが進展する見込みが見えてきたら、仮想サーバーのイメージを複数の物理サーバーに移行させて、ビジネスを本格展開する」といった、無駄のない段階的なビジネス展開が行える。
サーバースペックを動的に増減できることもSoftLayerの大きな特徴だ。一度インスタンスを立ち上げた後、CPUやメモリ、ディスクなどのリソースを増強したくなったら、通常はインスタンスを一から作成し直さなくてはならないが、SoftLayerの場合、任意のリソースを追加してインスタンスを立ち上げ直すだけで済む。同様に、リソースのスペックをダウンさせることもできる。すなわち、先の新興スタートアップ企業の例で述べたような、「素早い立ち上げ」「素早い撤退」を可能にするIaaS本来のメリットをさらに伸ばしながら、より運用しやすい仕様となっているのだ。
さらには、ストレージのサービスにも特徴がある。基本的には、NASやiSCSIのストレージを素の状態で使えるようになっている。もちろん、これらのストレージもデフォルトでプライベートネットワークとつながっており、サーバーとの高速通信が可能だ。例えば異なるデータセンターにあるNASにアクセスする、といった使い方も容易に実現できる。
「Amazon S3」のようなオブジェクトストレージのサービスも用意されている他、バックアップサーバーやコンテンツの高速配信インフラを提供するCDN (Contents Delivery Network)のサービスが、IaaSとセット提供される点も特徴の1つだ。
以上のように、充実したサービスを用意しているSoftLayer。特に海外でのデータセンターをまたがった環境構築やコンテンツ配信などが可能な点は、特にグローバル企業において、優れた使い勝手を約束するものといえるだろう。ただ新島氏は「技術サポートが極めて親切な点も他サービスとは大きく異なる点だ」と付け加える。
「現在は英語対応のみだが、そのサービス内容は明らかに既存クラウドベンダーとはレベルが異なる。というのも、海外のクラウドサービスのサポートは、得てして『自己責任』のスタンスを求められ、冷たく突き放されることも少なくないが、SoftLayerの場合はこちらの要望を細かく聞いて親身になって対応してくれる。これは使ってみれば実感できると思う」
なお、現時点では日本からSoftLayerのサービスを利用する場合、シンガポールのデータセンターを利用することになるが、IBMは2014年1月、「2014年内に、日本を含む複数のロケーションにSoftLayerのデータセンターを新設する」と発表している。新島氏は以上を基に、IaaS利用の在り方を、今あらためて見直すことの重要性を訴える。
「今後は『クラウド万能論』から脱して、クラウドをよりうまく使いこなすための方法論を確立した企業ほど、ビジネスで実際に成功を収められる傾向がますます顕著になっていくだろう。こうした中で社業を発展させるためには、単に『安いから』『はやっているから』という理由だけでIaaSを選ぶのではなく、“自社のビジネスニーズに合致するサービス”を精細に見極める目利きの力が一層重要になるはずだ。今後はSIerやサービスプロバイダーがそうした目利きを代行するサービスも普及してくるかもしれない。いずれにしても、IBMとしてはSoftLayerを通じて、より多くの企業の目にかなうサービスを提供することで、さまざまなビジネスを柔軟かつ効率的に後押ししていきたいと考えている」
徹底特集:5つの特徴からベンチマーク、事例まで「SoftLayer」のすべてがわかる
IBMの新たなハイパフォーマンスクラウドサービス「SoftLayer」。他のクラウドと一味違う強みと真価はどこにあるのか。詳細な解説に加え、ベンチマークや事例、インタビューから解き明かす。
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アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2014年3月18日
IBMの新たなハイパフォーマンスクラウドサービス「SoftLayer」。他のクラウドと一味違う強みと真価はどこにあるのか。詳細な解説に加え、ベンチマークや事例、インタビューから解き明かす。