コンシューマーだけではなくエンタープライズ用途でも、さまざまな業界で幅広く活用される状況になりつつある地図アプリ。しかしWebベースの地図ではエンタープライズ用途で利用する場合には信頼性やコスト面で大きな課題がある。そのソリューションとなるのがAndroid/iOSで使える「MapFan SDK」だ。本稿では、オフライン地図の有効性や多種多様な業界での用途、震災体験がきっかけとなったというSDKの誕生秘話を伺った。
スマートフォンやタブレット端末の普及により、外出先でも手軽に地図情報を確認することができるようになった。Webベースで提供される地図サービスや地図アプリが、コンシューマーだけではなく、エンタープライズ用途でも、さまざまな業界で幅広く活用される状況になりつつある。企業によっては、配布した業務用モバイルデバイス向けに、独自の業務アプリを開発して利用しているケースも少なくない。このとき、アプリ開発での地図組み込み用途によく使われるのが、Google Maps APIなどだ。しかし、これらの開発ツールは、エンタープライズ用途で利用する場合には大きな課題を抱えているという。
「Google Maps APIなどは基本的にWebベースで、地図データはWeb上の情報が利用時のみ端末側に展開される仕組みです。そのため、ネットワークにつながらない場所や電波が弱い場所では、地図情報を見ることができなくなります。例えば、業務で地方の山間部に行ったり地下の施設に入ったりする場面や、また災害によって通信網が遮断されてしまった状況などです。肝心なときに使えなくなるのは、エンタープライズ用途では致命的と言わざるを得ません」と指摘するのは、インクリメントP 第二事業部 ソリューション企画部 部長の米澤秀登氏。
さらに、Webベースの地図を組み込んだアプリでは、大容量の地図データをその都度ダウンロードして表示するため、利用者が多い企業ほど、配布した業務用モバイルデバイスごとに掛かる通信費用やアクセスに応じた地図利用料金が膨らんでしまうことも大きな課題として挙げている。
これらの課題を解決する開発ツールとして、インクリメントPが提供しているのが「MapFan SDK」だ。MapFan SDKは、スマートフォンやタブレット端末向けの業務用アプリ開発において、地図機能を簡単に組み込むことができるオフライン地図アプリ開発キット。地図データを全てモバイルデバイスのローカルに格納するため、電波が届かない場所でも、地図情報の利用が可能となる。
さらに、地図情報をその都度ダウンロードする必要がなくなり、通信費用を抑えられるとともに、モバイルデバイス自体も4Gなどの通信回線内蔵モデルではなくWi-Fiモデルでの運用ができるため、コストを大幅に削減できることも大きなメリットといえよう。
同社が、MapFan SDKの開発に着手したのは、今から5年ほど前にさかのぼる。当時は、まだエンタープライズ用途でモバイルデバイスが使われるケースは珍しかったが、後に、飛躍的に性能が向上し普及することを予測してのことだ。また、同社は地図データ整備を事業として手掛けていることから、地図情報の現地調査作業をモバイルデバイス活用により効率化したいという社内的なニーズもあったという。そうした中で、MapFan SDKのリリースを決定付けた出来事が、2011年3月11日に発生した東日本大震災であった。
「当社は、岩手県盛岡市に、国内地図データベースを整備する中心拠点として東北開発センターを構えています。東日本大震災の発生時、私はそこで勤務しており、大震災の大きな揺れや交通機関が混乱した状況を現地で体験しました。このとき、被災地域のネットワークは完全に遮断され、当社がWeb上で提供していた地図サービス『MapFan Web』なども使えなくなってしまいました。こうした非常時にこそ、地図情報を確認したいビジネスマンも多かったはずです。これを機に、エンタープライズ向けに地図データをモバイル端末内に保持できるサービスが必要不可欠であることを痛感し、MapFan SDKの開発を急ピッチで進めました」と、米澤氏はMapFan SDKの誕生秘話を語る。
「また、東日本大震災発生後の3月18日から4月7日まで、オフラインで利用できるiPhone向け地図・ナビゲーションアプリ『MapFan for iPhone』の無償提供を行いましたが、予想を大幅に上回るダウンロードや反響があり、サーバーの増強が必要になるほどでした。これもエンタープライズ用途でのニーズの確信となり、MapFan SDK開発の後押しになりました」(米澤氏)という。
そして、2013年9月にMapFan SDKのAndroid版、2014年10月にはiOS版をリリース。モバイルデバイスの2大OSをカバーし、両プラットフォーム共通での業務用地図アプリ開発への展開を実現している。
MapFan SDKは、日本全国のオフライン地図データと、その地図データを利用した各種の機能インターフェースをセットで提供している。また、地図データの管理基盤となる組み込みデータベースには日立ソリューションズの「Entier(※)」が活用され、高パフォーマンス、高信頼のデータアクセスを実現している。開発に当たっては、AndroidおよびiOSのアプリ開発環境でMapFan SDKの利用設定を行うのみで、OS標準ライブラリのような使い勝手で各種提供機能の利用が可能だ。開発したアプリの配布は、各OSで許容された業務用アプリ配布手法で行える。
※Entier(エンティア)は、日立製作所の日本における登録商標です。
MapFan SDKで提供される主要な機能を紹介しよう。地図表示に関しては、スマートフォンやタブレット端末などのモバイルデバイス向けに最適化した地図を自由な描画サイズで利用できる他、モバイルデバイス特有の各種操作に対応した地図操作制御などが可能だ。その他、住所検索、駅名検索、郵便番号検索などの各種検索機能や、細かな条件指定が可能なルート検索など、地図表示以外の機能も充実している。
もちろん、地図データの精度と信頼性の高さもMapFan SDKの大きな特徴だ。日本全国をくまなく網羅した計15段階スケールの地図データを利用でき、1300以上の自治体で、家の形まで詳細に分かる詳細都市地図が収録されている。地図データは、同社子会社のグローバル・サーベイが実際に車両を使って現地に赴き、道路を撮影して最新状況を調査・検証。また、一般利用者から地図の更新情報を投稿してもらう「地図の素」というWebサイトも立ち上げており、これらの情報提供なども基に、年12回、毎月の地図更新データを提供している。なお、毎月の更新データは、前述した「Entier」の活用による差分更新機能を備えており、Wi-Fi環境での地図ダウンロード更新が短時間で実現可能となっている。
さらに、MapFan SDKでは、地図データの見た目に関連する部分を、細かくカスタマイズ設定できることも見逃せない。例えば、地図上の各種表示物を任意の表示内容に変更したり、地図の付属表示物(中心点アイコン、コンパスアイコン、スケールバー、コピーライト表示)や企業ロゴアイコンの表示ON/OFF制御、用意された地図デザインパターン(昼/夜表示、グレーマップ表示、注記削減表示)を切り替えたりと、業務用途に合わせて柔軟にカスタマイズできる。その他、家形ポリゴンの形状を取得する機能や、WMTS(Web Map Tile Service)規格に準拠した画像データを端末ローカルに格納して地図データと重ね合わせて表示できる機能も備えている。
地図の注記文字列の表示言語は、日本語以外に、英語、韓国語、中国語(繁体字)、中国語(簡体字)に切り替え表示することが可能。「外国人が観光や旅行、ビジネスで日本を訪れて、モバイルデバイスで日本の地図情報を確認しようとした場合、通常は国内キャリアとの契約がないので、ホテルなど無償開放されたWi-Fi環境がある場所以外でGoogleマップなどを使うことは難しくなります。そうしたときに、MapFan SDKであれば、各言語に対応した日本地図をローカルに格納しておくことができ、観光や旅行分野のアプリ開発への活用も見込めます」(米澤氏)としている。今後、2020年の東京オリンピックに向けて、対応言語数を増やしていく考えで、13言語まで順次拡張していく計画だ。
MapFan SDKのリリース以降、物流/配送を始め、自治体防災、災害対策(DR)、学術研究、インフラ/道路調査、農業、林業、旅行/観光、不動産/建築、営業、巡回介護など、幅広い業界の企業・団体から問い合わせがあり、導入事例も着実に拡大しているという。
米澤氏は、「名前を出せる代表的な事例として、MapFan SDKは総合建設コンサルタントのパシフィックコンサルタンツが提供する道路パトロール支援システム『道路パトロイド』に採用されています。同システムでは、通信圏外の山間部などでのオフライン地図利用のニーズを満たせただけではなく、日々の道路点検調査業務において、道路データを含めた最新の地図が毎月更新入手できる点も採用の決め手となり、道路パトロール作業の大幅な効率化を実現しました。
また、観光ナビゲーションアプリにMapFan SDKを使った地図表示を組み込み、インバウンド向け多言語観光アプリとしてのソリューション提供も行っています。多言語地図表示とARナビゲーション機能を搭載したオリジナル観光地図アプリを当社が受託開発し、すぐに利用可能な完成したアプリとして提供します」と、MapFan SDKの具体的な活用事例についても紹介してくれた。
MapFan SDKの製品利用ライセンスとしては、アプリ開発時における開発キットの利用ライセンスと、開発後にアプリを配布するモバイルデバイス単位での地図データ利用ライセンスで構成される。地図データの用途や利用デバイス数によって、価格は異なるとのこと。対応OSバージョンは、Androidが4.0〜4.4、iOSが7.0〜7.1.2となっている。「現在、Androidについてはバージョン5の動作検証を進めている状況で、iOSのバージョン8へは2015年2月上旬には対応できる予定です」(米澤氏)という。
今後のMapFan SDKの展開について米澤氏は、「これまでは、日本全国のデータを提供してきましたが、地域別のデータで活用したいというニーズも高まってきました。そこで、都道府県ごとの地図データ提供を2015年2月上旬から開始したいと考えています。これにより、全国データと比較して、端末内のデータ容量を削減でき、地図データ利用ライセンスも提供価格を抑えることが可能です。
また、道路の標高データや等高線データのオプション提供、地図APIサービス『MapFan API』で提供開始しているRPG風マップや古地図風マップといったエンターテメント用途の地図デザインパターンの追加など、さまざまな用途の顧客ニーズに応じた内容をMapFan SDKのオプションとして提供していくことも検討しています」との考えを示した。
将来的には海外展開も視野に入れており、「弊社は2014年12月を目標に、ASEAN地域のデジタル地図データの整備拠点として、タイにMappointAsia社との合弁会社『INCREMENT P ASIA(仮称)』を設立準備中です。ASEAN地域は、ネットワーク環境が整備されていないエリアも多いので、日本企業が現地でモバイルデバイスを活用したビジネスを展開する際などに、オフラインで地図データが利用できるMapFan SDKのニーズは高いはずです。この合弁会社設立をきっかけに、MapFan SDKの海外展開も同時に進めていきたいですね」と、米澤氏は意欲を見せていた。
なおインクリメントPでは、MapFan SDKの導入を検討する企業に向けて、無料体験版を提供している。無料体験版は、東京駅周辺の一部データが収録対象で、地図表示上に「Sample」という文字が表示されるが、基本機能はほぼ全て利用できるという。同社Webページから申し込みを受け付けているので、地図を活用した業務アプリの開発を検討している企業はぜひ試してみてはいかがだろうか。
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提供:インクリメントP株式会社
アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2015年3月12日