今、最も勢いのあるFinTech企業の1つ「freee」が明かすクラウドサービス開発の裏側とエンジニアの価値顧客にとって「本質的(マジ)で価値ある」とは、どういうことか?

中小企業向けクラウド会計・給与ソフトを開発・提供するfreeeにおけるシステム開発の事例や人材採用・育成戦略から、「市場に求められる」「本当の価値を持つ」エンジニアであるために必要な考え方や、手法をITアーキテクトの視点で考察したい。

» 2016年05月26日 10時00分 公開
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 クラウドによって誰しもが大量のコンピューティングリソースをすぐに使える時代になり、開発・運用エンジニアにおいても「技術を実際のビジネスサイクルの中でどう効率良く、かつスピーディに生かすか」が重要視されている。そのために必要な技術や手法にも目を向けることによって、エンタープライズにおける、あるべきアーキテクチャ設計が見えてくる。

 本稿では、freeeにおけるシステム開発の事例や人材採用・育成戦略から「市場に求められる」「本当の価値を持つ」エンジニアであるために必要な考え方や、手法をITアーキテクトの視点で考察したい。

ビジネスを加速するために重要なプラットフォーム選定の要素

freee ソフトウェアエンジニア 海老原雄一郎氏

 freeeは、同名の中小企業向けクラウド会計・給与ソフトを開発・提供する2012年7月設立の若い会社だ。Excelに依存する中小企業の経理業務をスムーズにクラウドサービスへ移行し、記帳や決算書作成、請求書作成はもちろんのこと、入金・出金予定から現在の経営状況を可視化、時機を見た経営判断を実現する。使いやすさを追求したユーザーインタフェース(以下UI)やセキュリティ対策などが評価され、法人向けに事業規模を拡大。社員数も200名弱まで増えており、今、最も勢いのあるFinTech企業の1つといっていいだろう。

 そんな同社を支えるのが、SalesforceのクラウドサービスSales CloudおよびForce.com(以下、2つまとめて表す場合は「Salesforce」と表記)だ。

 Salesforceを採用したのは、ちょうどセールスチームを立ち上げるときだった。「CRMやSFAとしての機能がしっかりしており、Force.comの機能としてAPIで連携できる機能が充実していること」が採用の理由とfreeeのソフトウェアエンジニア、海老原雄一郎氏は言うが、「元セールスフォース・ドットコム社員で同製品に詳しい海老原の入社が決まったことも後押しになった」とfreeeのCTO(最高技術責任者)で共同創設者の横路隆氏は付け足す。「もちろん、それだけではない。エコシステムが確立された実績あるプラットフォームであることや、セールスチームの規模が大きくなりオペレーションが変わっていく中で、現場のメンバーだけでも画面UIなどを簡単に変更できることなども、大きな理由だ」と横路氏は話す。

業務を一番知っている現場の人間が画面UIをカスタマイズできるかどうか

 セールスフォース・ドットコム入社以前にはユーザーとしてSalesforceを使っていたという海老原氏も、「小さな組織でも大きな負担なく業務システムを作れるところが魅力」とSalesforceを評価する。

 セールスフォース・ドットコムの会長兼CEOであるマーク・ベニオフ氏は、「エンタープライズアプリケーションの“民主化”を実現する」と述べている。「自社の業務にマッチする高機能な業務システムは、以前は大企業しか利用できなかったのが、Salesforceを使えば小規模な組織でも低コストで利用できるようになった。現場の人たちが少し勉強するだけで、自分たちが使うシステムを使いやすくカスタマイズできることは大切だと思う。実際、freeeでは初期のセットアップは手伝ったが、後は現場がセールス活動に関わる画面UIのレイアウトを変更したり入力項目を追加したりと、使いやすいように進化させている」(海老原氏)。そのため、システムがボトルネックで業務プロセスの改善が進まないような話とも無縁という。

自社システムや外部SaaSとCRM・SFAのデータ連携をAPIによる疎結合で実現

 freeeは、Salesforceをどのように活用しているのだろうか。「APIによる疎結合で、いわば情報連携のためのハブの役割を果たしている」と海老原氏は述べる。

 freeeでは、無料で使用感をチェックできるお試しプランを用意している。その際にユーザーが無料サインアップをすることで、freee独自のデータベースに顧客情報が格納されていく。その後、顧客データの一部は、セールスチームが使うSales CloudのデータベースにAPIを介して提供される。セールスチームはユーザーへのセールス活動において、このデータを活用しているのだ。

 また、同社はオウンドメディア「経営ハッカー」を運営しているが、Webサイトを訪問した後にサインアップしたユーザーについて、サインアップ前からの行動をマーケティングオートメーションツール「Marketo」で追跡している。その情報をAPI連携でSales Cloudのデータベースに提供し、「ユーザーがどんなコンテンツに興味を示し、どのような提案が最適か」を考える材料として活用している。セールスチームとマーケティングチームは共通の最新顧客情報を共有し、スコアリングされたユーザー行動のうち高スコアの顧客から優先的に営業をかける。

 この他、サポートチームが使うサポートデスク「Zendesk」とSales Cloudのデータベース連携については、「Zendesk for Salesforce」を通して行っている。

 このように、freeeでは、セールス、マーケテイング、サポートの現場のチームと開発チームが一体となって事業を展開しており、そこでは自社システムだけではなく、外部SaaSも活用。SaaSを活用してデータをトラッキングできる強みがあるという。

 自社システムと外部SaaSで任せるサービス内容の切り分けについては、「顧客に直接価値を届けるプロダクトや秘匿レベルの高い部分以外は外部SaaSでも良しとし、外部SaaSを使う方が妥当と判断したら積極的に採用している」と横路氏は述べる。

 また、Salesforce側に複雑なロジックを実装することを避けるなど、「外部SaaSに依存し過ぎず、かつコスト負担なく移行できるような仕組みを考えてバランスを取っている」と海老原氏は付け加える。

今後のB2Bに最も求められるサービス提供のスピード感

 もう1つ、同社がシステム開発で重視するのは顧客にサービスを提供できるようになるまでのスピードだ。「例えば、無料サインアップした顧客データをSales Cloudに提供するAPI連携は、立ち上げるのに約2週間で実現できた」と明かす海老原氏。そのスピード感は今後のB2Bに最も求められる要素であり、「機敏性をサポートするプラットフォーム選びはとても重要」という。

 なお今後は、「freeeのデータベースとSales Cloudとの情報連携を双方向になるよう実装したい」と海老原氏は言う。現在はfreeeのデータベースにしかない情報の参照や更新は内部向けの管理画面で対応しているが、結果的にfreee用管理画面とSales Cloud用画面を併用している状態だ。業務を効率化するためにSales Cloudの画面にfreee用管理画面を統合する方法も検討したいという。

freee独自の人材採用・育成から見る、今後のエンジニアに求められる価値

 そんなfreeeでは、自社内に60人近いエンジニアがおり、人材の採用や育成で独創的な取り組みを行っている。

顧客にとって「本質的(マジ)で価値ある」とは、どういうことか

 人材採用の重要な観点の1つが、企業文化にフィットするかどうかだ。同社では現在、企業文化として5つの価値基準を設定している。

freeeの価値基準(freeeの会社概要ページから引用)

 どれもユニークな言葉だが、「耳に残る言葉を用いることで、社員の印象にしっかり残り、推進しやすい」と横路氏は説明する。しかも、これはトップダウンで決めているのではなく、年に1回、参加できる社員全員で合宿を開催し、議論して改定しているという。つまりは、1年ごとに変更される可能性があるが、ビジョン達成が目標であって、それに合わせて価値基準が柔軟に変わることは問題ないという。

 「現在の価値基準で一番重要」と横路氏が考えるのは、「本質的(マジ)で価値ある」だという。これは、「顧客にとって本質的な価値があると自信を持って言えることをする」ことを意味する。答えのないサービス開発の中で、迷ったときに「顧客のマジ価値になるのはどちらか?」が各自の判断のよりどころとなっている。

 「技術やビジネスが変化し続ける中で、自分自身も柔軟に変化していけることは、今後のエンジニアにとって絶対必要な要素だと考える。それには、SaaSやコンピュータ、インターネットの仕組みといった技術の原理原則を理解した上で、何が課題なのか、何を作るのか、なぜ作るのかを徹底的に考え抜いて行動する力と、それに向けて技術力を磨くことが大切だ」(横路氏)

セールスチームと一緒に顧客先へ出向いたり、「サポート留学」も

 もっとも、B2Bの場合、自身が使っていないソフトウェアをエンジニアは作ることになり、「顧客にとって本質的な価値があるのか?」という疑問に対して腹落ちした開発が難しい。そこで同社では、セールスチームの顧客提案に同席して話を聞くなど、必要な機能やニーズを考える機会を設けているという。

 これに加えて面白いのが、「サポート留学」という制度だ。これは、エンジニアがサポートチームの現場へ行き、顧客からの問い合わせや応対などを自ら体験してプロダクトへのフィードバックを得るというもの。「顧客やサポートの声を直接知ることで、製品開発のインスピレーションにつなげている」(海老原氏)という。

“あえて”、コミュニケーションする意味

freee CTO and Co-Founder 横路隆氏

 実は同社にはITアーキテクトのような職種はないという。「全体を把握する役割の人はいるが、それは業務を進める中である程度自然と決まっていくものであると考えている。あえて固めず、柔らかい部分を残したい意図もある」(横路氏)。

 そもそも、サービスの未来は現場のエンジニアが一番見えており、彼らがコミュニケーションしやすい、柔らかい環境を用意することの方が大切だ。「そうしたコミュニケーションの部分を活性化させるのが、5つの価値基準の1つである『あえて、共有する』だと思う」(横路氏)。

 「エンジニアはコミュニケーション能力が乏しいというイメージがあるが、freeeのエンジニアに関しては、それを感じない」と海老原氏は指摘。横路氏は「迷うくらいなら、“あえて”共有する。そうすればコミュニケーションは活性化され、組織が大きくなる中で自分しか知らないものが暗黙的に増える状況を打破できる。また、アイデアもどんどん生まれるようになり、そんな環境であればITアーキテクトがいなくてもうまく回せる。エンジニアは自発的に勉強会を実施するなど、“あえて”コミュニケーションをとることを心掛けている。それができる環境も、freeeの魅力の1つ」と述べていた。



 このように、freeeへのインタビューを通じて、現在の「市場に求められる」「本当の価値を持つ」エンジニアであるためには、何が必要なのかを考察してきたが、いかがだっただろうか。本稿で述べられた通り、freeeではSalesforceのようなSaaS・PaaSを積極的に取り入れ、柔軟かつスピーディに進化するプラットフォームを基盤にすることで、顧客にとって「本質的(マジ)で価値ある」サービスを提供し続けている。また、そのサービス開発を支えるエンジニアが「本質的(マジ)で価値ある」ために必要な施策も、企業として数々行っており、エンジニアにとって重要な話が多かったのではないだろうか。

 ITアーキテクトがいないというfreeeだが裏を返せば、それはエンジニア全員がITアーキテクトの視点を持って開発業務に取り組んでいることに他ならない。セールス、マーケテイング、サポートなどビジネスの“現場”を支えながら、顧客の声を聞き柔軟に次の業務改善に生かす。そして、自分が持っている情報を共有する。システムだけではなく、業務や組織全体を見渡しながら“価値”を作り上げるfreeeのエンジニア像は、今後市場から必要とされるエンジニアのモデルケースの1つなのかもしれない。

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提供:株式会社セールスフォース・ドットコム
アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2016年6月25日

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