DXの取り組みを進めている企業は増えているが「新たな価値を生み出す」ことに目を奪われてしまい、成果を挙げている企業は限定的だ。既存資産を生かしてDXに取り組んでいるクレディセゾンの小野氏に、企業におけるDXの進め方や組織文化を変えるヒントを聞いた。
社会全体でデジタル化の取り組みが進む中、企業にはデジタルの力で強みを伸ばし、新しいビジネス価値を創造するDX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みが求められている。多くの企業がDXの実現を掲げて取り組みを進めているが、成果を挙げている企業は限定的だ。
特に目立つのは「デジタル推進室」のような新事業創出の専門部署を立ち上げたものの「既存ビジネスと連携できずにPoC(概念検証)で終わってしまう」ケースだ。経営層が「新しい価値を生み出す」という言葉を曲解して既存業務を否定するスタンスを取ってしまい従業員の反発に遭う例もある。
こうした状況でどうすればDXを推進できるのか。成果につなげた実体験を持つクレディセゾン 取締役兼専務執行役員CTO(最高技術責任者)兼CIO(最高情報責任者)の小野和俊氏に、DX推進の現実的なアプローチや組織文化を変革させるヒントを聞いた。
「既存の強みを伸ばすとともに、新しいビジネス価値を創造する」上で、小野氏が実践したのはガートナーが2015年に提唱した「バイモーダル」のアプローチだ。
バイモーダルとは「安定性、堅牢(けんろう)性を重視するモード1」のビジネス/システム領域と「スピードや柔軟性を重視するモード2」のビジネス/システム領域を両立させる考え方だ。
企業経営者やITシステム担当者にバイモーダルの考え方は浸透しており、実践企業も増えつつある。小野氏はデータ連携プラットフォーム「DataSpider Servista」の開発者としてベンチャー企業を経営し、その後、データ転送ツール「HULFT」を扱うセゾン情報システムズとクレディセゾンで、金融、決済などのサービス開発や経営に携わってきた経歴を持つ。いわば、モード2とモード1の両領域に身を置きマネジメントしてきた立場だ。
「バイモーダルとは車の両輪のようなものです。お互いの協調、協力が欠かせません。しかし取り組んでみると、ほとんどの場合で両者が対立します。その要因は『まだCOBOLを使っているのか』というような開発手法や技術の違いと『あいつらはチャラチャラしてルーズだ』といった組織文化の違いが挙げられます。歴史がある大企業ほど、モード2を取り込めず悩んでいる状況です」
こうした対立は「あるある話」のようにも思えるが事態は深刻だ。ときには自社が立脚してきたモード1自体を「ディスラプション」する発想につながることもあるからだ。
「全く新しい価値を作ろうとして、既存事業、システム、組織、文化を破壊してもスタートアップには勝てません。彼らには破壊すべき既存資産がなく、作り直す手間もないためです。過去を否定すると強みがなくなってしまいます。重要なのは、バイモーダルを通して自社の強みを突き詰めて、これから伸びていく領域に当てはめていくことです」
小野氏はバイモーダル実践例として、セゾン情報システムズのデータ転送ソフト「HULFT」のプロダクト戦略を挙げる。
「HULFTはメインフレームやUNIXで定評のあるツールですが、一時期までクラウドに適応できておらず、ユーザーの間で『脱HULFT』が叫ばれていました。そこでHULFTの強みを見直し、展開の仕方を変えることに取り組みました。クラウド対応を実現し、安定性、安全性というモード1の強みにモード2の要素を組み込むことで『時代遅れなツール』から『安全かつ安定したクラウド時代のデータ転送ツール』に変革したのです」
バイモーダルの理屈やメリットは理解できても、組織や文化という人が関わる部分で実践するのは容易ではない。モード1は安定性、安全性を重視するため「動きが重く、遅い」。モード2はスピードや柔軟性を重視するため「不安定さや致命傷につながりやすい」。
「よろいを着た侍か、身軽な忍者かの違いです。どちらか一方だけを集めても勝てるチームにはなりません。ただ、両者は『混ぜるな危険』です。そこで重要になるのがチーム編成です。自社の状況に応じてバイモーダル組織を作ることが大切です」
小野氏の場合、セゾン情報システムズではモード1の流儀が全社に浸透していたため、社内公募で先端技術やモダンな開発プロセスを全社に広めていく新規チームの人材を募り、そこにモード2の文化やスキルを取り入れるようにした。一方、クレディセゾンで新規に立ち上げたチームでは、モード1、モード2双方の人材を確保した。
「両者の作法は全く異なります。クラウドサービスを利用する場合は、モード1チームは集合研修から入り、モード2チームはサービスや機能に触れることから始めるといった具合です。組織を分けることで、無用な対立を防ぎ、取り組みをスムーズに進められます」
とはいえ、両者の連携がなければビジネスとして成立させたり、スケールしたりすることは難しい。よって、両チームを仲介、調整するメンバーも存在する。「モード1寄りの担当者」「モード2寄りの担当者」がおり、両チームの知見を基に、案件の内容、技術レイヤーなどに応じて担当者が柔軟に調整しているという。
「スマートフォンアプリ開発を例に挙げてみると、アプリ部分を開発するのはモード2チームで、決済や入金などのシステムを開発するのはモード1チームといった具合です。しかしアプリから決済するためには、APIを利用した連携が必要です。こうした連携内容に応じて調整役が両チームを橋渡しします。バイモーダル組織は、サービス、機能、技術レイヤーごとに複数の小さなモード1/モード2チームが存在し、さまざまな粒度で相互に連携するグラデーション型の組織となるのです。『コンウェイの法則』のように、システム設計もこうした組織構造と似たアーキテクチャになっていきます」
ただ、こうした組織編成ができた上で、最も難しいのは組織文化の変革だという。
「モード2の文化を組織に浸透させようとする際に、相手を全否定する動きが起こりがちです。そこで重要になるのが『感動体験』の提供です。セゾン情報システムズでは、ブロックチェーンを使ったサービスを開発する際に『ビットコイン体験会』を開きました。本を読むだけではピンとこなくても、QRコードを読み込んで手元のスマートフォンでビットコインが口座に追加されれば、どのようなサービスを作るのか体験として理解できます」
こうした「感動体験」を施すことで、ゴールに向けた自身の役割の理解、チーム間の相互理解が進みやすくなるという。小野氏はそれぞれの態度として「インクルーシブであることが重要です」と強調する。
「インクルーシブとは『異なる意見を受容する姿勢を大切にすること』。われわれはシンプルに『短所に言及しない』と表現しています。各メンバーのスキルを多角形のレーダーチャートで表現した際、どこかの項目が欠けていても、全員のチャートを重ねて透かして見たときに、きれいな多角形が浮かび上がれば問題ありません。インクルーシブを大切にすることで、多様なメンバーが集まり良いチームになるのです」
こうした組織文化の課題に比べると、技術面の課題は大きくないという。モード1とモード2のシステムは「APIなど連携の仕組み」さえ整備できればよいためだ。むしろ、互いを尊重し合うことで技術面の交流は生まれやすくなるという。
「モード1の運用担当者の間で、Slackのチャットbotを用いてサービス稼働状況を監視する文化も根付きました。もともとはモード2の開発担当者がパフォーマンス監視を目的に利用していたものです。こうした取り組みも組織の壁を越えて広まっているのです」
こうしたバイモーダルの取り組みは、DX実践のアプローチとして多くの企業に不可欠となることだろう。だが、小野氏のような旗振り役が存在しない場合、自社単独で取り組むのは難しい面がある。そこで技術面だけではなく、組織文化の変革も含めて支援するベンダーも現れつつある。
SB C&Sもその一社だ。「DevOps Hub」と呼ばれる支援サービスを提供し、組織、文化、プロセス、技術を組み合わせて「自社に最適なDevOpsの在り方」を見つけるためのコンサル、実践トレーニング、手段までセットで提供している。
中でも、新事業を着想してからリリースするまでのプロセスを可視化し、ボトルネックを特定、解消する「バリューストリームマッピング研修」や、架空の会社の売り上げ、株価を伸ばすことをミッションにDevOpsを学ぶ「フェニックスプロジェクト DevOpsシミュレーション研修」(※)は、モード2やバイモーダルを体得する上で効果的だろう。まさに小野氏が語る「感動体験」を経験できるわけだ。
(※)DevOps関連書籍として知られる『The Phoenix Project』(ジーン・キム著/邦題『The DevOps 逆転だ!』:日経BP/2014年)に沿った研修。「3カ月で新サービスをリリースできなければ部門がなくなる」と、窮地に追い込まれた開発、運用チームが数々の課題を解決してDevOps実践に至るまでを描いた小説。この物語を追体験できる研修内容だという。
アジャイル、スクラム開発やDevOpsの実践方法、内製化の取り組みを実地で体得できるVMwareの支援サービス「Tanzu Labs(旧Pivotal Labs)」も支持を集めている。セゾン情報システムズも活用した他、東京証券取引所やJR東日本でも利用実績がある。小野氏も指摘するように、こうしたサービスを使ってモード2やバイモーダルを「体験」してみるのがブレークスルーの近道かもしれない。
「バイモーダルは過去を否定するものではなく、歴史に敬意を払い、新たな人、文化を受容し、協働する取り組みです。謙虚(Humility)、尊敬(Respect)、信頼(Trust)するHRTの原則を大切にしてください。『全てを壊してクラウドでやり直す』のではなく、既存の強みを認識し、新たな取り組みに意欲を持つ人材を迎え入れ、既存の領域、新しい領域、それぞれの人、文化、技術を互いに尊重しながら協働していくことは、日本企業にとってDX推進の現実的なアプローチになるはずです」
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