埼玉県町村会に聞く、ガバメントクラウド移行における「コストと成果」の現実「クラウドは高い」は本当か

政府共通のクラウドサービスの利用環境として自治体システムの標準化・共通化にも活用可能なデジタル庁主導で推進している「ガバメントクラウド」。クラウドがもたらす多くのメリットは既に認知されてはいるが、移行に対する懸念や不安を抱く声も聞こえる。実際のところはどうなのか。ガバメントクラウド先行事業でクラウド移行を果たした美里町、川島町の事務局を務めた埼玉県町村会に“ガバメントクラウド活用の現実”を聞いた。

» 2023年03月10日 10時00分 公開
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 既に多くの組織が実践している既存システムのクラウド移行。インフラ整備のスピードや柔軟性、運用効率、コスト効率など、その基本メリットは広く認知されている。一方で「コストや負荷が増大した」といった声もあるが、社会全体でデジタル化が進むいま、その中核手段となるクラウドを避けて通ることはできない。

 では、クラウド移行は本当に「不安」なのか、「高くつく」のか。2022年、政府主導の「ガバメントクラウド先行事業」(以下、先行事業)に参加した複数の団体に話を聞く本シリーズ。盛岡市の事例に続いて、埼玉県町村会の本山政志氏にクラウド移行の実体験に基づいた“現実”を聞いた。

「自治体クラウド」での成功体験を基に、住民サービスのさらなる向上を目指す

ALT 埼玉県町村会
情報システム共同化推進室長
総務省 地域情報化アドバイザー
本山政志氏

 町村事務の円滑な運営と地方自治の振興発展を目的に、1918年に設立された埼玉県町村会。23町村で構成され、うち美里町(児玉郡)と川島町(比企郡)の2団体が先行事業に参加した。パートナーSI事業者であるTKCのサポートを受けて基幹システムを「アマゾン ウェブ サービス」(AWS)に移行した現在は、2団体共同で移行後の検証作業を続けている。

 実は、埼玉県町村会にとってクラウド移行は今回が初めてではない。地方公共団体の情報システム集約と共同利用によるコスト削減、住民サービス向上などを目的とした総務省の「自治体クラウド」計画を受け、2013年10月から埼玉県町村会システム協議会が中心となり「情報システム共同化事業」を実践した経験を持つ。美里町、川島町を含む18町が基幹系の業務システムをクラウドに移行し、運用コストを約4割削減するなどの成果を得ている。今回、先行事業をリードした埼玉県町村会の本山政志氏はこう話す。

 「情報システム共同化事業は現在、21団体が参加しています。情報システム共同化事業でクラウドのメリットは確認できていましたが、ガバメントクラウドでは政府方針によるシステム標準化・共通化として一定の要件を満たすことが求められます。さらなるレベルアップが見込めると考え、パートナーのTKCさんと相談して先行事業に参画することを決めました。今回の先行事業は、当協議会会長の原田信次美里町長および副会長の飯島和夫川島町長から全庁的な取り組みとして進めてはとの意向を受け、2団体で検証をすることにより移行に向けての教訓やノウハウを続く団体に活かす計画としました」

 かつて埼玉県川口市の情報政策課に在籍経験もある本山氏によれば、システム担当に一定数の人員を確保できる市と異なり、町村では“ひとり情シス”に近いケースが多いそうだ。ガバメントクラウドへの参画は、コスト削減だけではなく、職員の運用負荷軽減による行政サービス向上という意味でも意義があると考えたという。

 「前回の共同化事業で、クラウド化以前に抱えていた運用課題は大きく解消したと考えています。今回の先行事業では『通常業務を止めないこと』を第一の目的とし、運用していく中で『コスト3割削減』を目指したいと考えました。そうした中で、SI事業者、クラウドベンダーとより良い関係を作り、最終的に住民の皆さんにより多くのメリットを提供していきたいという思いがあります」

3つの移行方式を検討 全体業務の約半数となる計35業務をクラウドへ

 ガバメントクラウドに「リフト(移行)」した基幹システムは、美里町が17業務、川島町が18業務。全体業務の約半数となる。

 「通常業務を止めない」を第一義に、まずは既存環境を可能な限りそのままの状態でクラウドに移行する「リホスト」に絞った。これにより短い期間でのクラウド移行を確実に実現させ、システムの最適化を次のステップとする目的だ。

 先行事業では、3つのモデルで移行を検討した。可能な限り試行して、コストや期間、品質、セキュリティ、作業負担などを精査した上で、他団体が移行する際の標準的な移行モデルを作る方針とした。検討した移行モデルは以下の3つだ。

1. 既存の仮想マシンをそのままクラウドに移し、アプリケーションや運用方法を変えない「リホスト
2. サーバ環境などはクラウドネイティブなサービスを利用しつつも、アーキテクチャを既存のものから変更しない「リプラットフォーム
3. システムの一部、または全体をクラウドネイティブに適したアーキテクチャに変換しつつ移行する「リファクタリング


 2021年7月に先行事業参画の意向を示し、10月に採択が決定してからは月2回の定例会を実施。ガバメントクラウドの基盤には、情報システム共同化事業の経験などを受けてAWSを選び、まずは「リホスト」に取り組むことを決定した。美里町が2022年10月31日に、川島町が12月13日にAWSのガバメントクラウド上に既存システムを移行し、2023年2月現在、稼働中である。

ALT 美里町と川島町がガバメントクラウドへの移行モデルとして取り組んだ「リホスト」(提供:埼玉県町村会システム協議会)《クリックで拡大》

 「移行計画につきましては、どのようにリフトすればコスト面も含めて安心・安全な移行が実現できるのか、TKCさんと密接に議論してきました。TKCさんとAWSさんの技術力とサポートの支援のおかげでスムーズに移行できたと考えています。丸投げではなく、TKCさんとコミュニケーションを取りながら進めたこと、リフトの目的を明確化したことが成功のカギだと思っています」

 TKCは前回の情報システム共同化事業でも、埼玉県町村会システム協議会の思いをくみながら移行作業に取り組んだ実績がある。今回もこれまでのいきさつを踏まえつつ、「止めてはならない」「行政サービスのさらなる向上」という思いを移行作業に落とし込んだ格好だ。

単なるコスト削減ではなく、「住民のメリット」とのバランスが大切

 本山氏は「移行を控えている他団体にとって大きな参考材料になりました」と今回のプロジェクトを振り返る。

 「美里町と川島町、それぞれの移行作業に立ち合いましたが、最初に取り組んだ美里町のノウハウを川島町の作業にうまく生かしていることが印象的でした。美里町では土日を使って進捗(しんちょく)をしっかり管理しながら慎重に移行しましたが、川島町ではその経験を基に、より効率的な手順で作業を進めていました。各プロセスの作業時間が短くなり、判断も速くなったことで、川島町は美里町より短時間で移行できました」

 コスト削減については、今後の利用の在り方で効果創出を狙っていくという。

 「『コスト3割削減』という目標はすぐに達成できるとは考えていません。というのも、現時点ではまだ2団体の移行であり、より多くの団体で利用ノウハウを共有したり、リソースを共同利用したりする段階には進んでいないからです。今後、移行する団体が増えていくことでガバメントクラウド活用のメリットの一つである、費用案分効果の発生によってコスト削減効果が段階的に現れてくると見ています」

 また、クラウドならではの柔軟なリソース活用もコスト削減に効くと見込んでいる。現時点では「まずは業務に影響を与えることなくそのままクラウドへリフトする」ことが目標であったため、リソースを固定した運用方法を採っているが、「利用していない時間帯にシステムを停止したり、ピーク時だけリソースを増強したりできるクラウドの特性を活かすことでコスト効率を高める余地は十分にあります」と本山氏は話す。

 一般に、既存のシステムを単純にリフトしただけではクラウドのメリットを活かすことは難しい。特に高度な安定性が求められるシステムの場合、オンプレミスではリソースに一定以上の余裕を持たせてサイジングしていることが一般的だ。その設計のままシステムをクラウドにリフトしたのではコストについてもクラウドの優位性を活かせない。

 だが、埼玉県町村会が事前に3つの移行モデルを検討したように、システムの目的や要件を基に適切なクラウド環境を整備し、クラウドならではの柔軟性を活かして本当に必要なリソースを調整することで、コスト効率を高めることができる。例えば「リファクタリング」モデルでは、オートスケール機能を活用して平常時に利用料金を下げ、ピーク時には必要なリソースを拡張できるようにするといったことが可能だ。

 また、システムとしての安定性を高めるために、アベイラビリティゾーン(AZ)やマルチリージョンでの災害対策(DR)を行うなど、これまでのシステム投資をコスト効率よく、新たな強化施策に活かすこともできる。

 埼玉県町村会がステップを分けたように、クラウドへのリフトだけを目標に据えるのではなく、リフト後もシステムを改良し続けるという発想のもとで取り組みを進めることが重要だ。

 「ただ、難しいのはコストと性能のバランスを取ることです。もちろん、可用性や処理速度はお金をかければどんどん高くできます。しかし、それが住民のメリットにつながらないのであれば意味がありません。逆もまたしかりです。行政として投じる予算と住民サービスとして得られるメリットのバランスが大事です。実運用を進める中で、職員、TKCさんと力を合わせて最適解を探っていきたいと考えています」

先行事業で得た知見を生かし、主体的かつ積極的にクラウドに取り組む

 埼玉県町村会では今後、システム協議会に所属する21団体のガバメントクラウド移行の検討をしていく。美里町の移行で得たノウハウを川島町で活用したように、移行団体が増えるほど共同化の効果は高まっていく。

 もっとも、先行して移行したことで課題も見えてきたという。その1つが、関係者間でのコミュニケーションの在り方だ。移行プロジェクトは、デジタル庁、自治体、自治体を支援するSI事業者、クラウドベンダーで進めるわけだが、それぞれにビジョンや考え方があり、コミュニケーションの食い違いが生じる可能性も垣間見えたという。

 「例えば、デジタル庁やクラウドベンダーは『モダナイゼーション』という言葉をよく使いますが、この言葉が具体的に何をすることなのか、町村のひとり情シスの方が100%正しく理解することは困難なこともあるのではないでしょうか。仮に理解できて実践しようとしても、どのSI事業者が技術に長(た)けているのか、パートナー選定が難しい場合もあると思います。また、移行計画も自治体の規模によって導入効果は大きく変わってくるはずです。特に小規模な自治体は、システムにコストをかけるという発想を持つこと自体が難しい状況です。前述したように、得られるメリットとのバランスでコストを正しく捉えること、また、システム投資が中長期的に住民サービス向上につながることを、担当者レベルで分かりやすく示していくことが重要だと感じます」

 クラウド利用でポイントになる「責任共有モデル」についても、お互いの理解を深めておく必要があると本山氏は指摘する。

 「責任分界点を明確にしてデジタル庁、自治体、SI事業者、クラウドベンダーそれぞれが責任を果たすわけですが、何か問題が起きた際、これが責任のなすり合いをするための道具になり、住民サービスが低下することだけは避けなければなりません。そもそも責任共有モデルは問題に効率よく対処する仕組みであるはずで、正しく責任を分担、共有するモデルを関係者同士でどう徹底していくか、引き続き議論が必要だと感じています。より良い社会を作っていくために、全関係者で真剣に対話し、意識を合わせていくことが重要です」

 そのためにも、住民のメリットを直接的に支える自治体は「主体的かつ積極的にクラウドに取り組むことが大切」と本山氏は強調する。

 「担当者は『誰かがやってくれる』ではなく、たとえひとり情シスであっても“できること”から進めることが大切です。もちろん、情報システム担当だけではなく、職員全員が意識しなければなりません。一番大切なのは住民の安心と利便性です。われわれも先行事業で得た結果を生かし、あるべき責任共有の在り方に向けて、国、AWSさん、TKCさんと対話を重ねつつ、主体的に取り組んでいきたいと考えています」

 冒頭で述べたように、クラウドは多くの組織に浸透する一方で、「高い」「不安」といった声もいまだに聞こえる。だが、埼玉県町村会、前回記事で紹介した盛岡市、ともに「止められないシステム」を安全に移行したのはもちろん、クラウドならではの柔軟性を生かし、サーバリソースの最適化によるコスト削減効果を見込んでいた。

 システムの安全な移行は大前提として、クラウドの特性が「コスト」「スピード」「システム強化」の全てにメリットをもたらすことがあらためて理解できるのではないだろうか。また、自治体によってシステムの状況や課題は異なるが、盛岡市が途中でシングルAZからマルチAZに変更したように、自組織に最適な移行の在り方を柔軟に計画、変更、実施できる点もクラウドならではの利点だろう。

 そうであるが故に「まずは目的を明確に」「主体的にクラウドに取り組む」といった盛岡市の本舘氏、埼玉県町村会の本山氏、両氏の言葉が響く。これは一般企業にとっても重要な指摘といえるだろう。まずは目的を見据えた上で、懸念点を調べてみる、パートナーSI事業者やベンダーに聞いてみるなど、“できること”から進めてみてはいかがだろうか。「高い」「不安」といった漠然としたクラウドへの懸念は、おのずと具体的な解決策に変わっていくはずだ。

自治体向けウェビナー開催、事例も多数ご紹介

 AWSでは本記事で取り上げたガバメントクラウドのコストに関する自治体さま向けのウェビナーを開催いたします。ウェビナーでは令和3年度、4年度の先行事業として取り組まれた埼玉県町村会様が、美里町、川島町のガバメントクラウド移行にどのように取り組まれたのか、中間報告で公表されているコストについてもご説明いただき、AWSのクラウドエコノミクス担当者から「クラウド活用で享受する経済メリット」、ソリューションアーキテクトから「今後のガバメントクラウド移行に向けて検討すべきポイント」を解説いたします。


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アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2023年3月26日

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