学生たちは地域の課題を解決するために、ローコード開発ツールとAppleが提供する機械学習モデル作成ツール「Create ML」を組み合わせて、支笏湖の鏡面現象予測アプリを構築した。
北海道新千歳空港の近くに位置する公立千歳科学技術大学は、千歳市の産学研究および地域活性化の拠点となることを目指し、千歳市が出資して民間の学校法人が運営する公設民営の私立大学として1998年に開学した。
2019年に公立大学として新たな出発を果たした同大学は、大学を地域の知の拠点として、大学が有する人材と知恵を社会に提供し、地域との連携を通して社会と共に発展する大学を目指している。
その取り組みの一つとして、PBL(Project Based Learning:課題解決型学習)を実施し、具体的な地域課題の解決に取り組んでいる。課題解決に当たり、新しいデジタル技術を活用するために導入しているのが、Clarisが提供する「Claris FileMaker」とAppleが提供する機械学習モデル作成ツール「Create ML」だ。
理工学部 情報システム工学科 地域連携センター副センター長 特任教授 工学博士の曽我聡起氏は、公立千歳科学技術大学に着任して10年になる。同大では曽我氏の着任と同時期に「FileMaker キャンパスプログラム」を採用した。これは、ローコード開発プラットフォームClaris FileMakerを使って演習を行う教育機関に、Claris Internationalが認定講師を派遣したり、無償でライセンスを提供したりする教育機関向けプログラムだ。
10年前というと、「ローコード開発」という手法がIT業界で話題になり始めたころだ。「大学の限られた授業期間の中で、容易にUI(ユーザーインタフェース)を実装できるツールはFileMakerしかありませんでした」と、曽我教授は採用理由を振り返る。
この10年で、大学の在り方もITに対する社会の在り方も大きく変わった。中でもスマートフォン(スマホ)やタブレットの登場は極めて大きな変化だ。エンジニア側にも、PCをベースとしたアプリケーション(アプリ)とは異なるUI/UX(ユーザーエクスペリエンス)のデザインが求められる。そのような変化にFileMakerは着実に対応し、進化してきた。
さらに、最近の大きな変化がAI(人工知能)の進化だ。「AIやデータサイエンスのニーズが急激に高まっています。FileMakerはAppleが提供する機械学習技術も取り込め、さまざまなアルゴリズムに容易にチャレンジできます。それも使っていて良かった点です」と10年以上FileMakerを大学の授業で継続利用している理由を説明する。
今から38年前の1985年に生まれたFileMakerは、もともとメインフレームのエンジニアが開発したデータベースソフトウェアとして始まった。当時これを扱うユーザーは、修士号や博士号を持つような医師、教員、研究者、エンジニア、弁護士、会計士など、限られた職種のMacユーザーだったが、その後PCが登場してWindows OSユーザーにも利用が広がった。近年では、iPhoneやiPadの登場で、ビジネスにおけるモバイル活用とそれに伴うモバイル向けカスタムアプリ需要の増加から、各企業も続々とFileMakerを導入するようになっている。
「今やアプリやコンテンツは、あらゆるところで使われています。若い世代の人たちは、全てがデジタル化されているのが当たり前になりつつあります」と話すのは、Claris International CEOのブラッド・フライターグ氏だ。
あらゆる場面で利用されるデジタルソリューションには、それを作る人が必要だ。彼らは技術的なことをある程度学んだら、どんどん新しいアプリを開発して課題解決したい。そこに貢献できるのがFileMakerだ。
「コンピュータの高度な専門家でなくとも、自分たちに役立つ技術を学ぶことで、身近にある課題を解決できる。FileMakerは、そのために使えるツールです」とフライターグ氏は胸を張る。
公立千歳科学技術大学に在籍する学生は1150人ほど(研究科を含む)。小規模大学だからこそ、他の大学とは違ったユニークな教育を実践している。
情報システム工学科では、4年間で段階的な教育を行っている。最初にJavaプログラミング、情報通信システム概論、統計学などを含めたデータサイエンスの基本を学ぶ。その後はプログラミング技術を深掘りし続けるのではなく、UI/UXや具体的なデジタル技術を活用するサービス、ICTソリューション分野などについて学べるようなカリキュラムになっている。「アルゴリズムやコーディングを教えて終わる教育機関が多い中、大学でここまで学べるのは珍しいでしょう」と曽我教授。
初期のプログラミングの授業を履修した際、自分はコーディングに向いていないと挫折する学生もいる。そういう学生がUI/UXの授業でFileMakerを使い、コードを書かずに自身のiPhone上で動作するモバイルアプリを構築している。
「その学生が苦手だったのはアルファベットを打ち込むコーディングであって、アプリの動きのイメージやデザイン、画面遷移と機能の構想はしっかりとありました。それがあれば、ストーリーボードを書くようなアプローチで、イメージ通りのアプリを作れるのがFileMakerです」(曽我教授)
FileMakerは、英語はもちろん日本語でもスクリプトを記述でき、ドラッグ&ドロップでUIのパーツを組み合わせてレイアウトをデザインしていくことでアプリが出来上がる。実際に上記の授業を履修した学生も「スマホのアプリを使うことには慣れているが、アプリを自分で作れると思っていなかった」と言う。
「学生自ら作ったアプリが自分のスマホで動くと、彼らの目が輝きます。教えている側からするとこんなうれしいことはありません。この瞬間を毎年目の前で味わっているから、教える側としてもやめられないですね」と話す曽我教授も楽しそうだ。
同大学のもう一つユニークなところは、5年前に公立大学化したことにより、地域との連携に力を入れていることだ。地域貢献、社会貢献につながるように各研究室の研究内容について紹介する研究シーズ集を作成して発表したり、市役所や地元企業などから大学に寄せられる具体的な相談に地域連携センターが対応したりしている。
その実践の取り組みの一つが、PBLでの地域課題の解決だ。大学に相談として寄せられた地域課題の解決に学生が取り組む。「これは小さな大学で地域に密着しているから可能な取り組みです」と曽我教授は言う。
PBLはCDIO(※)をベースにデザイン思考で問題を解決するところに注力する。理論を学ぶだけでなく実践を学ぶこの手法を大学教育に取り入れる意味は大きなものがあるとフライターグ氏も話す。
「デジタル技術で解決できる社会課題はたくさんあります。それを実践できる問題解決型の人材ニーズは高く、ClarisとしてもFileMaker キャンパスプログラムを通じて、そういった人材を数多く生み出したい。それを実践している曽我先生のような教育者も極めて重要です」と力を込める。
学生がPBLで地域課題を解決するアプリをFileMakerを使って開発している例として、支笏湖の鏡面現象予測を挙げてみよう。日本最北の不凍湖 支笏湖では、景色が鏡のように水面に反射する鏡面現象がしばしば発生し、観光資源となっている。しかし発生が予測できないという課題があり、観光客の集客のためにこの鏡面現象を予測できないか? という地元の要望があった。
この課題を解決するのに、Appleが提供するMac上で機械学習モデルをトレーニングするツール、「Create ML」を活用している。
「2年前からFileMakerでAI、機械学習の技術を扱えるようになり、学生でも機械学習を問題解決に活用できると考えました」(曽我教授)
支笏湖の鏡面現象予測では、2つのAI技術を使っている。1つはカメラの画像を分析し、鏡面現象が起きているかどうかを自動判定するもの。
もう1つが、気温や風力など気象に関するセンサーデータを用いた鏡面現象の発生予測だ。この2つの情報をMac上でCreate MLを使って学習させて、アプリに組み込む「Core MLモデル」を生成し、FileMakerと組み合わせてiPad用アプリを開発している。「鏡面かどうかの判定は比較的簡単ですが、いつ鏡面になるかを予測するのは難しいものがあります。PBLでの鏡面現象予測の研究開発は3年目に入っており、今はCreate ML上でトレーニングを繰り返して予測精度を高めています」と曽我教授は話す。
FileMakerでAIや機械学習を扱えるようにしたのは、これらの技術ポテンシャルが極めて高いからだと話すのは、Claris International プロダクトマーケティングおよびエバンジェリズム担当ディレクターのアンドリュー・ルケイツ氏だ。
「機械学習は生産性を高めることのできるもの、ローコードも物事を進める速度を上げられるもの。この2つはシナジー効果(お互いに能力を高め合う相乗効果)があり、FileMaker上で機械学習が使えることで、それを使う学生の学びの生産性も向上します」とルケイツ氏。Appleが提供するハードウェアと融合してAI技術を使うことで、新たな価値を提供する。
高度な技術を使うとなるとコストも高くなるのが普通だが、FileMakerでの利用を可能にすることで「最新技術をリーズナブルに提供できます。それもClarisの役割だと考えています」ともルケイツ氏は言う。学生はもちろん中小企業も「大量のデータから新たな価値を得たい」と考えている。そのためにも、AIモデルをMacとFileMakerで安価で容易に扱えるようにしたのだ。
また今後は、FileMakerと外部の生成AIのLLM(大規模言語モデル)などとも連携させて活用できるようにする。「トレーニングされたLLMを使うことで、問題解決の効率性が向上するはずです。FileMakerを使えば、データを外部に送信することもありません」とフライターグ氏。LLM活用のためのトレーニングコンテンツの提供も計画しているという。
Mac(Create ML)とFileMakerでAIや機械学習が使えることが分かり、学生たちからは課題解決のさまざまなアイデアが出るようになった。
例えば、近年指導者不足が課題となっている小中学校のスポーツ部活動において、地元の大学生が指導に出向く取り組みがある。その際、指導の様子を映像や音声データで記録し、それらを共有するだけでなく内容を分析して適切な指導かどうかを判断するのに生成AI技術が使えるのではないか? とのアイデアが出ている。
こうしたアイデアを実現させるためにも「早く生成AIを融合させて使いたい」と曽我教授。さらに、オフラインでもiPadを用いてAIとFileMakerを活用できることから、北海道ならではの農業分野の課題を解決することにも興味があるという。
最後に、われわれも学生も気になる質問、「AIが人間の仕事を奪う可能性」について聞いた。
「世の中には、AIを使うことで人間の仕事がなくなるのではと心配する声もあります。そうではなく、仕事の中でAIを使いこなすことが重要です。これがまさに日本政府もいうリスキリングであり、AIを積極的に使えるようにリスキリングすることが大事なのです」(フライターグ氏)
「AIの判断の精度は100%ではないので、まだまだ企業が本格的に適用するのは難しいところもあります。一方大学のような研究や学びの場では、必ずしも100%の成功例ばかりである必要はなく、失敗することは当たり前です。PBLを通して学んだ学生は、失敗を恐れなくなるどころか、改善を繰り返して良いモノを生み出そうとするマインドが生まれるというメリットもあります。
実際に最近、卒業生が、地元千歳市で医療系のIT企業を起業する事例が生まれました。失敗を恐れずに地域課題解決のためにチャレンジする人材が誕生したのは、とてもうれしいことです」(曽我教授)
キャンパスプログラムを活用してPBLで学ぶこと、そしてAppleが提供するCreate MLで、容易にMac上で機械学習モデルを作成できること、さらに機械学習モデルをアプリとして実装できるClaris FileMakerの存在が、彼らのチャレンジを後押ししている。
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アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2024年1月24日