DXの重要性が指摘される中、企業が競争力を得るためには、自社に最適なアプリケーションを自ら開発することが重要だ。ローコード開発ツールとして広く利用されている「FileMaker」を提供するClaris。そのCEOにカスタムアプリケーション開発への取り組み方について話を聞いた。
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ローコード開発ツール「FileMaker」を提供するClaris。ブラッド・フライターグ氏は、3年前に同社のCEOに就任した。就任前は営業担当のバイスプレジデントを7年間勤め、それ以前はOracleやIBMの他、スタートアップなどで、主にB2B(Business-to-Business)のソフトウェア分野のビジネスを経験している。IT業界での豊富な経験を有する同氏に、企業が競争力を得るために重要な「カスタムアプリケーションの開発」にどのように取り組めばいいのか、話を聞いた。
「企業には独自のワークフローや文化、ブランドアイデンティティーがある。DX(デジタルトランスフォーメーション)実現のためには、それら全てをデジタル化し、可視化する必要がある」とフライターグ氏は話す。
「DXを進める際には、カスタムアプリケーション(自社業務に最適化したアプリケーション)の開発が欠かせない。それこそが、企業の差別化を図るための“核”となるからだ」
もちろん、カスタムアプリケーション以外にもパッケージアプリケーションという選択肢はある。ある一定の条件下ならば直ちに利用できるというメリットがある一方で、アプリケーションの仕様に業務プロセスを合わせなければならず、企業独自の業務フローは諦めなければならない。その点、カスタムアプリケーションであれば、自社要件を全て満たした上で現場の運用要求に応えることが可能だ。
「『パッケージアプリケーションを導入したら競合他社と同じようなやり方になった』では意味がない。重要なのは、企業としての差別化の要素を失わないようにすることだ」とフライターグ氏は指摘している。
ただ、要件によってはパッケージアプリケーションの方が適していることもある。例えば財務会計のシステムは、法規制などに準拠する必要があるため、「決められた処理から逸脱しないこと」に意味がある。カスタムアプリケーションは「独自性を発揮し、自社のビジョンや価値観を発揮できるようにすべき領域に最適だ」とフライターグ氏は言う。
カスタムアプリケーションの構築には課題がある。1つは「フルカスタマイズ(フルスクラッチ)で一から作ろうとすると膨大な費用がかかること」。もう1つは「開発する人材の不足」だ。経済産業省の調査(IT人材需給に関する調査)では「2030年にIT人材が約79万人不足する」という試算があり、人材不足の問題は今後ますます深刻な問題になるだろう。
これらの課題を解決するには、どのように取り組めばよいのか。フライターグ氏は、ローコード開発ツールを用いた「高速アプリケーション開発」を勧める。ローコードの開発プラットフォームを利用することで、開発スキルのあるエンジニアはもちろん、事業部門の担当者でも高速なアプリケーション開発ができる。
「あらゆる人がアプリケーション開発の能力を手に入れ、複雑な問題の解決も可能となる。拡張性と耐久性に優れたツールもあり、それらを活用することで、人材の不足を補い、コストを抑えた迅速なアプリケーション開発が可能になる」
ローコード開発ツールのもう1つのメリットとして同氏は「組織のインクルージョン(多様性を生かし、価値発揮できる状態)が進み、従業員個々の能力を発揮できるようになること」を挙げる。
「ローコード開発ツールを導入する際には、カスタムアプリケーションをどのように構築するかを考え、そのための新しいビジネスプロセスも考慮しなければならない。それらに誰が関わるかも重要だ。これまでと異なる視点で考えることで、新しいタイプの開発者が企業に貢献できる機会が生まれる」
同氏の指摘にあるように、ローコード開発ツールを活用するためには、これまでとは違う視点と開発手法が必要だ。組織にアジャイル的な手法を浸透させるためには、「まずは組織の構造を見直し、意思決定の場が偏らないようにする。課題に直面している従業員の見解を信頼するといった取り組みが重要だ」とフライターグ氏は指摘している。
「重要なのは、問題解決の最適な方法を現場従業員が選べるようにすることだ。それによって意思決定が民主的に行われるようになり、組織のカイゼンのサイクルがより速く回せる」
アジャイルな手法が組織に定着すれば、「顧客への迅速な価値提供」「生産性の向上」「品質の向上」「課題解決に取り組む多様な人材の持続性の向上」などの効果が期待できる。これらは、組織にとっても大きなメリットとなる。
組織における採用を考えた場合も、アジャイルな手法の定着にはメリットがある。
「仮に『経験、職務の専門性を問わず、DXに本格的に関われる仕事をしませんか』という募集を出したとしよう。このような条件は応募者に、長期的なスキル向上を期待させ、組織の発展性も感じさせるはずだ。そしてこういった組織で働くことは、時代の変化にも追随できるとも考えるだろう。採用から定着に至るまでの継続的な人材育成という点でも、採用上の他社にはない優位性となる」
また、アジャイルな開発体制があることは顧客にもメリットがあるという。
「既存のITを見直し、顧客との関係性を改善することで契約の機会が向上している製造業がある。この会社には優れたデジタル戦略があり、洗練されたシステムアプローチを持っている。そのことが顧客に伝われば、見込み客の信頼を得ることにつながる」
ローコード開発ツールを活用し、アプリケーションの内製化に取り組むにはどうアプローチすればよいのか。「内製化を始めるには『人』『プロセス』『技術』の3要素を総合的に考える必要がある」とフライターグ氏は言う。
開発に参加するメンバーは広い視点で、多様性を生かせる体制にすることが重要だ。そうすることで「具体的な問題にフォーカスしてメンバー間で連携し、従業員が一致団結して問題解決に取り組めるようになる」という。チームワークが向上し、社風を良くするメリットもあるため、内製化は極めて重要だ。同氏は「最高のシステムを手に入れるには欠かせない方法だ」と話す。
FileMakerを始め、ローコード/ノーコード開発ツールを使えば内製化は実現しやすいが、テクノロジーパートナーと連携するケースもある。Clarisもテクノロジーパートナーとの連携を推奨している。テクノロジーパートナーはコンサルタントや開発者、トレーナーなどの役割を果たし、内製化チームのメンターにもなって継続的なスキルの向上もサポートする。
「パートナーは最新技術の習得や新技術の細部も違いなども把握しており、専門的な情報を共有することで開発チームはより良いものになる。そのため最適なパートナーを探すことも成功の鍵となる」
内製化は組織のマインドを変え、社風を変革することにもつながる。そのとき重要なのが挑戦を恐れない文化を醸成することと、失敗に対する許容度を上げることだ。フライターグ氏は「失敗を許し、失敗を迅速に修正して必要な改善を実行すればよい」と言う。
また、従業員を「市民開発者」(自らアプリケーションを開発する、事業部門の担当者)にするためには他にも重要な観点がある。「従業員をどう巻き込むか」「組織全体でどう実践するか」「メンタリングをどうするか」の3つだ。
「市民開発者となる候補者を選び、開発のコミュニティーに参加するように促し、オンライントレーニングなどを受けてもらう。さらに組織全体でアジャイル原則を取り入れ、経営層にもそれを浸透させる。メンタリングでは、経験とスキルを有したITプロフェッショナルの支援を得るようにする。専門家に育成を支援してもらうことで、スムーズに市民開発者になれるだろう」
市民開発者に向いているのは、改善に取り組むマインドを持った人だとフライターグ氏は指摘している。
「相手を受け入れ、一歩踏み込んで手を差し伸べる人がよい。問題を見過ごせない資質も重要だ。問題を見つけたら放置せず解決策を見つけ出そうとする人が、市民開発者には向いている」
その上で、企業においてカスタムアプリケーションの開発に取り組む際には「他社にない優位点を大事にすることが重要だ」と繰り返す。自動化などを実現できる小さなアイデアを見いだし、現場の担当者と問題を調べ改善に取り組む。「小さい予算感で改善を重ね、小さな成功から学び、より多くの成功を積み重ねられるだろう」と、フライターグ氏はまとめた。
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