「目的や前提を明確にする」
前回の記事では「目的や前提を明確にする」ことの大切さについてお伝えしました。
記事の中で紹介した若手プログラマの例では、単純に「この資格を取るべきか?」を考えるのではなく、あらためて目的を問い直したうえで、「この資格を取ることが、考え得る多くの手段の中で最も目的に合致しており、かつ取得が可能で、コストに見合うと判断できるのなら取るべき」という思考プロセスが必要でした。
ここで、彼は新たな問題に直面することになります。
- 自分の「目的」とは何なのか?
- 目的を達成するためにどんな手段が考え得るのか?
- 何が有効な手段かを決める際の判断基準は何なのか?
- どういう指針に従って今後のキャリアを考えればいいのか?
これらの問いに答えるための指針、すなわち「自分戦略」を明確にしておけば、より目的に合致した判断を行うことができます。
従ってここからは、「自分戦略を作る」という目的を掲げ、それについて考えていきたいと思います。
「目的を定義し具体化する」
これは「目的や前提を明確にする」の一部ともいえるのですが、漠然と「分かったつもり」になっていることを、あらためて「定義して具体化する」ことは意外と難しく、つい怠ってしまいますので、あえて入れました。
「自分戦略を作る」という目的を掲げたら、次は「自分戦略」という言葉を定義して具体化しなければなりません。では、このつかみどころのない言葉をどのように具体化すればよいのでしょうか。
そもそも「戦略とは何か?」――この問いに明確に答えられる人は少ないと思います。戦略という言葉は、「普段よく使っているけど、それが何かと聞かれるとうまく説明できない言葉」の代表格です。みんなが当然のように戦略、戦略と唱えるので、その意味や定義を改あらためて問わずに、使用してしまいがちです。
ここで自分戦略という言葉を考えるに当たり、まずは経営戦略の定義を流用するところから始めたいと思います。『新版MBAマネジメント・ブック』(ダイヤモンド社)によると、戦略とは「企業または事業の目的を達成するために、持続的な競争優位を確立すべく構造化されたアクション・プラン」と定義されています。これに従えば、自分戦略とは「自分自身の目的を達成するために、持続的な競争優位を確立すべく構造化されたアクション・プラン」といえるでしょう。
「自分戦略」とは?
自分戦略とは「自分自身の目的を達成するために、持続的な競争優位を確立すべく構造化されたアクション・プラン」と定義しました。ただこれではまだ抽象的なので、さらに具体的に見ていきましょう。
【自分自身の目的】
これは「ビジョン」といい換えてもいいでしょう。ビジョンというと、夢や目標、成し遂げたいこと、などの意味があると思いますが、では、どこまで考えればビジョンと呼べるものになるのでしょうか?
理想的なのは「その状態を映像ではっきりと思い浮かべることができる」レベルです。「vision」とはもともと映像を意味する言葉。そこまでイメージできて初めて、ビジョンに向かって努力するパワーもわいてきます。いろいろな場面を想像してみて、心からそうなりたいと思えるかどうかを日々考えることで、最初はおぼろげだったビジョンがだんだんはっきりしてくると思います。
【持続的な競争優位】
競争優位とは、要するに「競争に勝てる理由」のこと。デルコンピュータのサプライチェーン・マネジメントやシャープの液晶技術、トヨタ自動車のカイゼンなど、それによって他社に差をつけられる要素のことです。IT人材でいえば、「JavaやLinuxなど特定の技術に秀でている」「見事にプロジェクトをマネジメントできる」「技術と経営の両方を理解している」などが挙げられます。
ただし、「持続的な」とあるように、すぐに通用しなくなるような優位性では意味がありません。例えば、エンジニアにとっての「Javaを使ったWebページが作れる」というウリを考えてみましょう。1990年代後半にはこれでも十分優位性がありました。企業からも重宝され、苦労せずに仕事がある状態でした。
しかし、状況はすぐに変化しました。Javaは将来性の高いインターネットビジネスの分野で中核技術になるという認識が広まり、Java関連の講座が次々と開催され、気が付くと「Javaを使ってWebページを作れる人」が数多く生まれました。
これを経営戦略用語で表現すれば、「有望市場への新規参入が相次いだ結果、競争が激化した」状態です。その結果、簡単に習得できるプログラミングの基礎技術は持続的な競争優位になり得ないことが分かったので、より高度な応用技術や、プロジェクト・マネジメント力など新たな競争優位の源泉が模索されているというのがいまの状況でしょう。
【構造化されたアクション・プラン】
アクション・プランとは、取るべき行動を具体的に記述した計画のこと。方針でもスローガンでもなく、あくまで具体的な行動に落とし込むことが重要です。せっかく貴重な時間を使っていろいろ考えても、それによって現実を変えられなければまったく意味がありません。現実を変えられるのは、ただアクションによってのみなのです。
では「構造化された」とはどういう意味でしょうか。一言でいえば「全体像を見極めたうえで、要素間の関係が分かりやすく整理された状態」のことです。
例えば、IT人材がキャリアアップのためにできることはたくさんあります。IT技術の講習会、ビジネススクール、英会話、あるいは異動、転職、プロジェクトアサイン、専門書、技術雑誌……など挙げればキリがありません。実際に、読者の中にはこれらの手段を検討・実行されている方は多いでしょう。
しかし、これらの手段が相互にどういう位置付けにあり、長期的な視点でキャリアアップ(最終的にはビジョンの達成)にどう効いてくるのか、どういう組み合わせが最適なのかを考えている方はあまりいらっしゃらないのではないでしょうか。
構造化されたアクション・プランでは、数ある選択肢を漏れなく洗い出して最適な方法の組み合わせを検討しているので、無駄打ちが少なくなり、個別のアクションの相乗効果によって、より良い結果が生み出せます。また、そこまで考えておけば実行段階での迷いもなくなるでしょう。
「下手な鉄砲も数打てば当たる」といいますが、キャリアの選択肢にはいや応なく年齢的な要素が絡んできますし、講習会なども多くは有料です。「下手な鉄砲」で貴重な時間とお金を無駄にしては取り返しがつかなくなってしまいます。
構造化はクリティカル・シンキングにおいても非常に重要な概念ですので、ここで挙げたようなIT人材のキャリアアップを例に使いながら、今後の連載の中で詳しく説明していきたいと思います。
「枠組みで考える」
さて、いかがでしょうか。漠然とした言葉を具体的に定義することで「自分戦略を作る」ことについてのイメージがわいてきましたか? このように、目的が明確になれば考えるための方向性がある程度見えてきます。しかし、具体的に何について考えればいいのか、まだ分かりにくいですよね。
そこでお勧めしたいのが、考えるポイントを絞り込むために「どんな項目について考えるか」、つまり「考える枠組み」を先に明確にするということです。例えば、やるべきことを考えるときに「誰が」「いつ」「何を」「どこで」「なぜ」「どのように」やるのかという項目を先に明確にしておくことで、必要なことを漏れなく具体的に考えることができます。
これは皆さんご存じの「5W1H」ですが、ビジネスの世界ではほかにも有用な枠組みがたくさんあります。経営戦略を考えるための枠組みとして有名なものには、事業環境を分析するための「3C」(自社・競合・市場)や、マーケティング戦略を考えるための「4P」(製品・価格・宣伝・販売チャネル)などがあります。
これら経営戦略の枠組み(フレームワーク)はキャリアを考えるうえでも有効です。キャリアを考えようとすると、自分は何をやりたいのか、何ができるのか……など、往々にして自分のことしか考えず、競合や市場の観点を忘れがちです。しかし、働いてお金を稼ぐということは、「自分(自社)の提供する価値に対して雇い主(市場)がお金を払う」ということです。さらに、求人倍率や給料は、自分と同じような労働力を持つ人たち(競合)とのバランスで決まります。
例えば、前回事例として挙げた若いプログラマが、A社製ERPパッケージのベンダ資格を取って「ERPを導入するSE」になった場合、将来にわたってERPを導入するSEとして収入を確保するためには、以下の3つの条件を満たす必要があります。
- [自社]ERP導入SEとして有能である
- [競合]自分と同等以上の能力を持つERP導入SEが需要を超えて増えない
- [市場]A社製ERPパッケージが売れ続ける。(=需要がなくならない)
いかがでしょうか。いざ自分のこととなると競合や市場の観点を忘れがちですので、「枠組みで考える」を強く意識するようにしてください。
このように、経営戦略を考える枠組み(フレームワーク)や手順はキャリアを考えるうえでも有効ですが、この連載の目的はあくまでクリティカル・シンキングのエッセンスをお伝えすることですので、あえて経営戦略の手法については詳しく説明しません。興味のある方は、書籍やビジネススクールなどで勉強してみてください。
筆者紹介
芳地 一也
(株)グロービス・マネジメント・バンク、コンサルタント。グロービス・マネジメント・スクールおよび企業内研修においてクリティカル・シンキングの講師も務める。東京大学文学部心理学科卒業後、(株)リクルートを経て現職。グロービスは経営(マネジメント)領域に特化し、ビジネススクール、人材紹介、企業研修、出版、ベンチャーキャピタルの5事業を展開。経営に関するヒト・チエ・カネのビジネスインフラを提供することで、日本のビジネスの「創造と変革」を目指している会社。
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