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第44回 ニッポン半導体、復活のカギは携帯電話?頭脳放談

携帯電話に搭載されているアプリケーションプロセッサとは何か? いまこの分野での競争が激しい。日本の半導体産業復活のカギかもしれない。

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 筆者は見逃してしまったのだが、2004年1月11日の日曜日にNHKスペシャルで「復活なるか ニッポン半導体」というタイトルのドキュメンタリ番組が放送されたようだ。この放送を見たある女性は、「感動したけれど『アプリケーション・プロセッサ』って何?」という感想であった。この放送では、ルネサス テクノロジの携帯電話向けアプリケーション・プロセッサのヨーロッパにおける売り込みを追いかけた内容だったようだ。この携帯電話向けアプリケーション・プロセッサは、Intelも参入し、競争が激しい市場となっている。今回は、少々別の視点からアプリケーション・プロセッサについて語ってみることにしよう。

まずはベースバンド・エンジンを理解しよう

 「アプリケーション」とわざわざ断るからには、「アプリケーション」でない別なプロセッサがいるに違いない。そのプロセッサを「ベースバンド・エンジン」と呼んでいる。アプリケーション・プロセッサを理解するには、実はベースバンド・エンジンの理解が不可欠である。ベースバンド・エンジンができないことや、やりにくいことをやるのがアプリケーション・プロセッサの役目だからだ。

 「ベースバンド・エンジン」といった場合、携帯電話のマイクやスピーカで扱えるような通話音声の符号化/復号、プロトコル制御などを行うプロセッサを指す。物理的な電波そのものを発したり、電波にのせられるような高い周波数に変換された信号を直接扱ったりするわけではないが、音声帯域の低い周波数の信号を扱い、人間とのインターフェイスと通話にかかわる制御を行う中核のロジックとなっている。また、比較的ローエンドの携帯にとっては、唯一のプロセッサであり、電話帳の管理から写真の伸長/圧縮まですべてをこなしているのがベースバンド・エンジンだ。

 昨今、マルチメディア処理の負担は重い。滑らかな動画、高音質の音楽、大画面、その上、Javaを高速で処理して3Dグラフィックスでポリゴンを描画し続けなければならない。ARM7クラス、下手をすると16bitプロセッサのベースバンド・エンジンに押し付けたのでは、とても処理できない。かといってベースバンド・エンジンは、「電話機」としての通信路を確保する基本機能を担っている。それこそ、携帯電話のフタを閉じたままでも、定期的に基地局と通信を行っているくらいである。高い信頼性を持たねばならないことを考え合わせると、あまり大きなプロセッサをベースバンド・エンジンにして、通信もマルチメディア処理もと押し付けるのはためらわれるところだ。それにポリゴンの描画を押し付けた揚げ句に、ゲームにバグでも出てハング・アップでもしたら、肝心の通信が使えなくなってしまう。

 そこで登場するのがアプリケーション・プロセッサとなる。ベースバンド・エンジンに代わって、動画やゲームなどの「アプリケーション処理」を実行する。例えば、カメラで撮影した動画や静止画などを圧縮して送信可能なデータにし、ベースバンド・エンジンに渡す。逆に圧縮して送信されてきた動画や静止画などをベースバンド・エンジン経由で受け取り、伸張して液晶パネルに表示するといった作業を担当する。こういうものが存在していれば、複雑化しているユーザー・インターフェイスなどの作業のほとんどをアプリケーション・プロセッサに任せられるようになるので、ベースバンド・エンジンは本来業務の通信に専念できるというわけだ。

アプリケーション・プロセッサでARMが優勢なわけ

 こうして、ベースバンド・エンジンとアプリケーション・プロセッサはすみ分けるようになった。ところが、ベースバンド・エンジンが担当していた処理の一部が特殊化・巨大化した結果、取り出された技術という経緯があるせいか、両者の基本構成は意外と似ている。デジタル信号処理を行うDSPと制御を行う汎用プロセッサという「非対称」なマルチプロセッサが主流なのだ。ただし、ベースバンド・エンジンはビット・レートの低い通話音声の伸張圧縮が主体なので、比較的軽い(性能の低い)DSPで済むが、アプリケーション・プロセッサ側は非常に負荷の重い動画向けに高速なDSPが必要になる。また、ベースバンド・エンジンのコア・プロセッサは非力だが電力消費の小さいARM7クラス、アプリケーション・プロセッサ側ではARM9クラスか、それ以上の高速コアを搭載するといった違いがある。

Texas Instruments製のアプリケーション・プロセッサ「OMAP」
Texas Instruments製のアプリケーション・プロセッサ「OMAP」
ARM9系コアにTI製のDSPを組み合わせることで高い処理能力と低消費電力を実現している。特に欧米の携帯電話での採用が多く、高いシェアを誇っている。

 ここでARM7クラスやARM9クラスといっているとおり、いまや全世界のベースバンド・エンジンで採用されているコア・プロセッサのほとんどが、ARMベースとなっている(ARMについては、「第12回 キミはARMを知っているかい?」「第15回 ARMプロセッサを知らずに暮らせない」を参照のこと)。そしてベースバンド・エンジン向けDSPの代表は、Texas Instruments(TI)製だ。シェアが大きいことから、サードベンダなどが供給するゲームやブラウザなどのアプリケーションも必然的に両者向けが充実することになる。そのため、ベースバンド・エンジンだけでなく、アプリケーション・プロセッサが必要とされるような段階へ移行するときでも、やはりこの両者が先行することになった。その代表がTIのOMAPシリーズである。OMAPシリーズは、ARM9系コアにTI製の強力なDSPを組み合わせている。特に欧米の携帯電話での採用が多い。

 ARMコアは広く普及しているだけに、TI以外にも多くのベンダがARM系コアに独自のDSP機能を結合したようなアプリケーション・プロセッサを販売している。STMicroelectronicsが鳴り物入りで発表した「Nomadik(ノマダック)ファミリ」や、無名のベンチャー企業の製品までさまざまである。何せ市場が大きいのだ。

 第2世代(2G)の携帯電話ではベースバンド・エンジン単独処理であったが、2.5Gではベースバンド・エンジンにアプリケーション・プロセッサか、それに近いような機能を持つ専用の画像表示系のICが追加されることが多くなった。そして、第3世代(3G)ではアプリケーション・プロセッサが必須となる。携帯電話は、中国でも急速に立ち上がっており、その出荷台数は年間数億台になろうかという市場規模になっている。当然、各社とも、社運をかけてしのぎを削ることになる。

ARMに対抗するSH-Mobile

 ARM優位の市場の中で、唯一といっていいくらい健闘しているのが、ルネサス テクノロジのSH-Mobileシリーズである。多くのメーカーは、自社製の携帯電話がどこのアプリケーション・プロセッサを採用しているのかなどを明らかにしていない。それに、ユーザーも気にすることはほとんどないに違いない。そのため、SH-Mobileシリーズが健闘しているといっても、ピンと来ないかもしれないが、NTTドコモの「ムーバ N505i(NEC製)」やauのCDMA 1X WIN(cdma2000 1xEV-DO)の第1世代機である「W11H(日立製作所製)」「W11K(京セラ製)」といった話題の携帯電話が、SH-Mobileシリーズを採用しているのだ。意外と日本国内向けの携帯電話では採用が多いと聞く。

ルネサス テクノロジが公開しているSH-Mobileのロードマップ
ルネサス テクノロジが公開しているSH-Mobileのロードマップ
「Slim Down」と呼ぶ低価格方向(図では性能が下がっているようになっているが、実際には集積度を高めて価格を下げ、性能を引き上げる)と、「High Performance」と呼ぶ高性能/高機能方向の2つのラインアップを計画していることが分かる。

 このプロセッサは、SH-3コアにかなり本格的なDSP機能を集積したSH-3DSPというシリーズが元になっている。とはいえ、いまや携帯電話のアプリケーション・プロセッサ向けに徹底的に作り直されている。かいつまんでいえば、単独で装置に組み込まれることを想定していたSH-3DSPのアーキテクチャに対して、ベースバンド・エンジンの隣に搭載されて、連係して動くことを想定したアーキテクチャに変更されたものがSH-Mobileシリーズなのである。もちろん、携帯電話系の進化に合わせて機能面でも変更が加えられているのはいうまでもない。

 SH-Mobileシリーズ自体は、退潮著しいSH系にとって、起死回生の最後の賭けである。一時は、組み込み用RISCプロセッサのチャンピオンになりかかかったSH系であるが、ゲーム機市場で担いだゲーム機(セガのドリームキャスト)の敗退が、そのままフラグシップであったSH-4の出鼻をくじいてしまった。その後、ARMに押されて、ジリ貧状態となっている。それがSH-Mobileシリーズの登場とアプリケーション・プロセッサ市場での成功で、「一息ついた」という状況になったのではないかと思う。

 とはいうもののSH-Mobileシリーズ自体は、SHアーキテクチャの中では傍流というべきものだ。直系で上位のはずのSH-4やSH-5は日立製作所とSTMicroelectronicsの合弁会社であるSH Inc.が開発している。前述したように、STMicroelectronicsはARMコアによるアプリケーション・プロセッサ「Nomadik」を販売しているし、TIとcdma2000 1xEV-DV向けのソリューションを共同で開発することを発表している。こうした動きからしてもSTMicroelectronicsは、日立製作所と合弁でSH Inc.を設立してはいるものの、携帯電話向けでSHアーキテクチャを採用する気がないのがミエミエだ。

 SH-Mobileシリーズのアーキテクチャは、ルネサス テクノロジに残されたSH-3に対してDSPを付加して拡張したSH-3DSPの携帯電話向けの派生アーキテクチャと位置付けるべきである。SH-Mobileシリーズは、同じSHとはいえ、SH-4やSH-5系と進化の方向が異なり、互換性は薄れつつある。携帯電話向けアプリケーション・プロセッサとして、最新のARM11系にまでロードマップで示されているARMに対して、今後はSH-Mobile系がSH陣営を背負うことになる。組み込み市場ではすでに一敗をきしているSH陣営だが、携帯電話向けアプリケーション・プロセッサ市場で、再びSH-MobileシリーズでARM陣営を相手の孤軍奮闘を続けることになる。どうもドキュメンタリに取り上げるには、少し早すぎたのではないだろうか。

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筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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