すぐに解決案に飛びつかないように!
私たちは、いつもやっていることや簡単な課題については、あまり深く考えずにどうするかを決め、行動に移すことができます。しかし、初めて出合う状況や少し複雑な問題になると、とたんに判断が難しくなります。初めての転職などはその典型です。現状のままではいけないと思いつつ、何を根拠にどう判断するのか、そもそも何を考えればいいのかがよく分からず、具体的なアクションを取れないでいる人も多いようです。
また、少し考えて良さそうな案が見つかると、すぐ飛びついてしまうこともあります。運が良ければうまくいくかもしれませんが、いざ転職してみたら仕事の進め方が自分に合わなかったとか、将来やりたいことに対して遠回りな選択だったということもあるのではないでしょうか。
「やってみなければ分からない」というのはそのとおりですし、考えるだけで行動しないよりはマシですが、「やってみなくても考えれば分かること」をしっかり押さえたうえで行動するのがベストでしょう。
では、できるだけ効率的に、見落としなく考えるためにはどうすればよいのでしょうか。一言でいえば「手順を踏んで考える」。すぐに答えに飛びつくのではなく、正しいステップを踏んで、システマチックな方法で考えていきましょう。
課題解決のステップ
最初にすべきことは、「何が課題か」を正確に定義することです。例えば「いまの会社の給与に不満がある」とします。本当の課題は何か。「いまの会社の給与レベルが低い」ことでいいのでしょうか。だとすると、「給与レベルの高い会社に転職する」ことが解決策になるのでしょうか……。
もしかしたら、もっとやりがいのある仕事や、将来のキャリア形成に有効な経験が積めるような環境があるのならば、いまより安い給料でもそちらに転職する価値があるかもしれません。このように「本当の問題は何か、どのような状態になれば問題がなくなったといえるのかを考え、具体的に定義する」ことが必要です。
次に、明らかになった課題を要素に分解します。このとき注意すべきことは、「全体をモレなく把握する」ことと、「構造的に考える:全体像を見極め、構成要素を整理する(第4回にて詳述)」ことです。そして全体を眺めたうえで、本質的な課題であるものに絞って、さらに詳しく検討します。
問題の本質が明らかになったら、次はそれを解決する方法を考えます。解決策はできるだけ多くリストアップします。例えば、キャリア相談を受けていると、転職を考えている方の多くが「現勤務先でのキャリアチェンジ(異動申請など)」や「数年後の転職に備えた現業での実績づくり」などの代替案を検討していないことに驚きます。
人材紹介に携わる者がいうのも変な話ですが、キャリア上の課題を解決する方法は転職だけではありません。できるだけ広く解決策を考えたうえで結論を出すことが大切です。
さらに、「いくつかの解決オプションの中からどれを選べばいいのか」について説明します。なんとなく選んではいけません。時期やコスト、実現可能性など、いくつかの評価軸とそれぞれの重みづけを決めます。
●課題解決のステップ
軸に沿って各案を評価し、最善の案が決まったら、最後に課題解決のための具体的な実行計画を作成します。「どういう行動をいつまでにするのか」を明確に定め、さらにチェックポイントをいくつか配置しておくのです。同時に、もしうまくいかなかったときにどうすればいいのかも考えておきます。
全体をとらえて要素に分解する
「課題を分析する」「解決策を立案する」ステップでは、「全体をモレなく、かつ構造的に把握する」ことが重要です。これをシステマチックに行う手法として「ロジックツリー」があります。これは、1つの主要概念(課題・解決策など)を、論理的にその構成要素に分解し、さらにそれを同じように分解していく手法で、結果的に次々と枝分かれして木のような形になっていきます。
ロジックツリーの詳細については『MBAクリティカル・シンキング』(グロービス・マネジメント・インスティテュート著、ダイヤモンド社刊)など多くで紹介されているのでここでは割愛します。一例として、ほとんどの方が強い関心を持つ「収入を増やすには……」という課題に対する解決策を考えてみましょう(図2)。
例を見て気付いた方もいるかもしれませんが、構成要素に分解する際にポイントとなるのは、「モレなくダブリなく分解する」(MECE=Mutually Exclusive、Collectively Exhaustive)ということです。このルールを守れば、いろいろな要素が一緒になって混乱してしまうことを避けられます。
●「ロジックツリー」を使った解決策の立案
(例)サラリーマンが収入を増やす方法とは……
また、半ば“機械的”に、「ほかに見落としはないか」「ほかの解決策はないか」という問い掛けを自分自身に行うことで、全体が網羅され、漠然と考えていたときには気付かなかった課題の構造や解決策を考えることができます。
この分析をうまく行うには、いくつかコツがあります。1つは要素の分解をあまり細かくしないこと。例えば日本での営業戦略を立案する場合、すべての都道府県に分けて考えるのは、確かにモレもダブりもありませんが、実際には細かすぎて意味のある解釈や打ち手が引き出せなくなります。
人間が一度に認識できる概念は4つ程度といわれており、その程度の分類で意味を持つ枠組みを探すべきです。例えば、「昨年の販売実績を上回っている県/下回っている県」のように分解し、さらにそれぞれ、「シェア20%以上の県/未満の県」にブレークダウンする方が、打ち手を考えるうえでは意味があるでしょう。
また「モレなくダブリなく」という原則は重視すべきですが、あまり厳密に考えすぎると分けられなくなります。ビジネスの現場では、さまざまな要素が複雑に絡み合っており、完全に分けることが難しい場合が多いものです。むしろ、実際の解決策や行動に結び付きやすい、適度な枠組み(切り口)を見つけることの方が重要です。
さらに、まずは全体をとらえることに注意すべきですが、すべての部分を同じように細かく分析する必要はありません。全体を見渡したうえで、ある程度の情報が得られたら、仮説を立てて重要な部分を選択し、そこをさらに絞り込んで検討していきます。後々、その仮説が間違いであると分かるかもしれませんが、すでに全体のリストアップが済み、構造が分かっていますので、やり直すにしてもそれほどの時間はかかりません。
急がば回れ
「ずいぶん回りクドいやり方だ」と感じるかもしれませんが、それだけのメリットはあります。特に見落としやモレがなくなります。仕事でプレゼンテーションするとき、「この問題はどうなるのか?」と聞かれても「考えていませんでした」ということが格段に少なくなります。
また、分析が間違っていたり、実行案がうまくいかなかったとしても、考えた過程が明確になっていますので、「どの仮説が間違っていたのか」「何が足りなかったのか」といったことが容易に発見でき、新たな対応策を素早く取ることができます。
このようなアプローチは、キャリアなどを考えるときだけでなく、集団での意思決定や顧客との話し合いなどの際にも、特に威力を発揮します。会議などでは、内容に対する反対以上に、検討の進め方や、決議の採り方などに対する疑問、反対が多いともいわれています。検討のプロセスや全体像を明快に示すことで、内容に対する理解度が向上するのはもちろん、「先にこちらを検討すべきだ」「そもそも最初の目的がおかしい」など意思決定の手続き上の疑念がなくなり、納得度を高めることができます。
今回は課題をシステマチックに考えるための手順と手法を紹介しましたが、実際には自分で適切な「枠組み」を考えるのは困難です。そこで有効なのが、ゼロから「枠組み」を考えるのではなく、すでに広く知られている「枠組み=フレームワーク」を活用することです。次回はそれらのフレームワークについて解説したいと思います。
筆者紹介
芳地 一也
(株)グロービス・マネジメント・バンク、コンサルタント。グロービス・マネジメント・スクールおよび企業内研修においてクリティカル・シンキングの講師も務める。東京大学文学部心理学科卒業後、(株)リクルートを経て現職。グロービスは経営(マネジメント)領域に特化し、ビジネススクール、人材紹介、企業研修、出版、ベンチャーキャピタルの5事業を展開。経営に関するヒト・チエ・カネのビジネスインフラを提供することで、日本のビジネスの「創造と変革」を目指している会社。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.