通信事業者間の接続を担う、MPLSの可能性と限界とは?:特集:MPLS技術は何ができて何ができないか(1)
キャリア網のトラフィックの優先制御を行うMPLSが国内で導入されはじめてから5年以上が経過した。広域イーサネットやIP-VPNのバックボーンとして注目された技術だが、なかなかユーザーには知り難い通信事業者のネットワーク。キャリア網に詳しい著者が、MPLSは現状どのように使われているのか、現状のMPLSは何ができて何ができないのかを説明する。
IPアドレスの代わりにパケットに付けられた「ラベル」に基づいて転送を行うことで、IPネットワークにパスの概念を提供する技術MPLS(Multi Protocol Label Switching)。鳴り物入りで登場したMPLSが、日本の通信事業者のネットワークに本格的に導入され始めてからすでに5年以上が経過した。
MPLSはいまでも年々進化を続け、通信事業者の基盤技術として着実に適用範囲を広げている。しかし、最近では最新技術としてメディアに紹介される機会も少なくなったので、現在のMPLS技術では何ができるか、実際の通信事業者のネットワークでどのように使われているかなどの情報が不足しているように感じる。よって、あらためてMPLSに関する最新動向を紹介することでこうした疑問に答えていきたい。
VoIP用の閉域IP網など、ピュアなIPネットワークで
MPLSが使われ始めたのは、最近になってから
まずはMPLSが使われている分野だ。当初はBGP/MPLS VPNと呼ぶ方式を用いてIP-VPNを実現するネットワークでの採用が注目を集めた。現在でも多くの通信事業者がこのMPLSを用いたIP-VPNを提供している。さまざまなオプションサービスやより安価なアクセス回線が追加されたりしているが、用いられているMPLS技術に関しては基本的には当初から同じである。しかし、後で紹介する高信頼やTraffic Engineering(TE)を実現する技術を地道に追加することでサービスのさらなる成熟を図っている。
IP-VPNとは別に、いまでは通信事業者のIPネットワーク全般でMPLSが導入され始めている。例えば、インターネットサービスのバックボーンやVoIP用の閉域IP網などだ。こうしたピュアなIPネットワークでMPLSが使われ始めたのは、実は割と最近の話なのだ。
また、日本では早くからイーサネット回線をMPLS網上でエミュレートして伝送するPWE3(Pseudo Wire Emulation Edge to Edge:以前はMartiniと呼ばれていた)技術が広域イーサネットサービスの中継回線などで使われていた。最近になってMPLSネットワークそのものでイーサネットスイッチをエミュレーションする、つまり広域イーサネットサービスを提供するVPLS(Virtual Private LAN Service)技術を採用したという通信事業者も出てきた(参照リリース:日本テレコム、Ethernet over TCP/IPを活用した日本初の拠点間VPNサービスとVPLS技術を本格導入した広域イーサネットワークを提供開始 2005年12月13日)。IP-VPN以外でMPLSをサービス提供技術として使用する新しい分野だ。
一方、日本の通信事業者は世界に先駆けて、さらに先進的なGMPLS(Generalized MPLS)による光伝送とIPの統合ネットワークの構築にも意欲的だ(参照記事:@IT NewsInsight:世界初、管理者が自由に経路制御できる「波長VPN」 2003/10/9)。
全体の信頼性を向上させるための追加技術の併用が
MPLSの高信頼を実現させているという現状
このようにMPLS技術は現在では通信事業者のネットワークの多くの分野で採用されている。こうしたMPLSの発展を支えてきたのが、さまざまなMPLS応用技術の継続的な追加である。その中でもまずはMPLSの特長といわれている信頼性の向上とTraffic Engineering(TE)に関する技術から紹介していく。
もともと、ルータあるいはIPネットワークは、それまで使われてきた伝送装置や交換機で構成されるネットワークに比べて信頼性が劣るといわれてきた。確かに一昔前のルータネットワークでは障害時の切り替えに数分かかるのが普通であった。
現在、ほとんどの通信事業者はMPLSバックボーンでFast Reroute(FRR)と呼ぶ高速迂回機能を使用している。障害時の切り替えは数十ミリ秒以内というレベルだ。しかし、FRRはRSVP-TEと呼ぶシグナリング方式だけの技術であり、MPLSネットワークのエンドツーエンドで高速迂回を実現するためにはさまざまな技術的な制約が発生する。ネットワーク全体で実現するためにはOSPFなどのベースとなるIPルーティングや、MPLSの基本的なシグナリング方式であるLDP(Label Distribution Protocol)も高速に迂回する方法が必要となるのだ。
また、FRRは物理的障害が瞬時に検出できる構成が望ましいが、通信事業者のネットワークでもイーサネット回線が普及し瞬時に検出できない区間が出てきたのだ。よって、最近ではイーサネット回線などあらゆる構成で障害を瞬時に検出し、OSPFなどさまざまなシグナリング方式に通知することで高速迂回を実現するBFD(Bi-directional Forwarding Detection)という技術が使われ始めてきている。これもまた、ルータ単体の信頼性を高めるために、ルータのシグナリング処理を中断してもフォワーディングだけはそのまま継続するNSF(Non Stop Forwarding)と呼ぶ技術も使われ始めた。
NSFは例えばルータのソフトウェアのバージョンアップなどで、一時的にシグナリング処理を中断することを隣接ルータに通知するGraceful Restart(GR)と呼ぶ手法を用いる。隣接ルータは例えばLDPやRSVP-TEなどの情報更新は中断されるが、パスは継続して生きていてパケットをフォワーディングしても問題ないと知ることができるのだ。
なお、シグナリング処理自体を中断させないNSR(Non Stop Routing)と呼ぶ技術もあるが、シグナリング処理を中断させないことは非常に難しくまだ実装レベルではあまり進んでいない。こうしたルータ単体あるいはネットワーク全体の信頼性を向上させる技術の導入と、例えばユーザーの収容回線を2台のルータに分散し運用で信頼性を高めるという地味な方法を併せて行っているというのがMPLSの高信頼実現の現状である。
ベストエフォートでしかなかったMPLSネットワークが
運用コストを抑え、QoSを提供できるようになった理由
次はMPLSのTraffic Engineering(TE)に関する技術だ。TEはネットワークのリソースを効率的に使用することでネットワークの運用を助け、ユーザーにQoS(Quality of Service)を保証するための技術である。厳密にはTEとQoSは異なる技術という人もいるのだが、TEとQoSは深く関連しているのでここでは併せて紹介する。
MPLSの持っている最も基本的なTE機能がExciplit Routingだ。これは経由する途中のルータ、あるいはすべてのルータを指定することで、強制的に経路を決めることができる機能だ。これに加え、ルーティングに通常のメトリックではなく、TE用のメトリックや実際の帯域幅などの情報を加え、この情報に基づいて賢く経路を決める技術がCSPF(Constrained Shortest Path Fast)だ。
CSPFを用いることで、例えば帯域が空いている経路を自動に選択することができるというわけだ。また、MPLSはRSVP-TEを用いればパスごとに帯域幅の予約をすることができる。この帯域予約の機能とIPで用いられているQoS技術DiffServを連動させる機能が、現在MPLSで一般的に使われているDiffserv aware TE(DS-TE)と呼ぶ方式だ。
このDS-TEを用いることでQoSクラスごとに帯域幅を予約しその中でさらにDiffServに基づいた優先制御を行うことが可能だ。これによりMPLSネットワークの中にさまざまなクラスを効率的に混在させることが可能になった。TEやQoSに関する技術はあくまで通信事業者のネットワークを効率的に運用する技術であるため、実際のサービスに形として表れることは少ない。しかし、当初はベストエフォートしかできないといわれたMPLSネットワークで、現在は運用コストを抑えながらユーザーのさまざまなQoS要求を持ったサービスを提供できるようになっている。
次世ネットワーク(NGN)の実現を担う
通信事業者間のMPLS接続
MPLSネットワークが大規模になるに従って、こうしたTEやQoSも複数のネットワークをまたがって実現する必要が出てきている。例えば通信事業者間をMPLSで接続した場合などだ。従来の手法でこうした大規模なネットワークのTEを実現することは難しく、これまでと異なる方式が検討され始めている。それが自分のネットワークのTE情報を外部のサーバに持ち、異なるネットワークからの要求によりTE情報を提供するPCE(Path Computation Element)と呼ぶ方式だ。PCEはGMPLSと併せて将来のより大規模なネットワークでの導入が検討されている。
実はIPv6を使ってMPLSを動かすことは
現時点ではまったくできないという事実の存在
さて、ここで少し話題が変わるが、ご存じのとおり日本はIPv6の普及に非常に熱心に取り組んでいる。MPLSはIPをベースに動いているのは知っているが、IPv6では動くのかと疑問に思っている人も多いだろう。よく、ルータのカタログなどで「IPv4、IPv6、MPLS対応」と書かれているのを見るが、実はIPv6を使ってMPLSを動かすことは現時点ではまったくできない。MPLS自体は現状ではIPv4で動かすことになり、MPLSはIPv4の技術だといえる。カタログでもこの事実を親切に「IPv4/MPLS」と表記している製品もある。
しかし、IPv4を使って動かしているMPLSにIPv6を通す、つまりIPv6 over IPv4/MPLSは可能だ。もちろんIPv6のIP-VPNも可能だ。また、もっと単純にIPv6とIPv4/MPLSを混在させることも可能だ。通信事業者のIPv6サービスはバックボーンがIPv4/MPLSでも提供されるのだが、不思議なことにIPv6そのものでMPLSを動かす話題に関してはあまり議論されていない。日本ではピュアな大規模IPv6ネットワークの構築計画も進んでいるが、ある通信事業者はIPv6のネットワークにMPLS技術の導入をあきらめた実例もある。MPLSの将来性に関して少し心配な話題だが、あえて現在のMPLSはIPv6では動かすことができないという事実だけを伝えるにとどめておく。
進化のしかたも機能も異なる
MPLSとイーサネットのそれぞれの道
日本では通信事業者のネットワークの中でもイーサネット技術の浸透が目覚ましく、サービスの低価格化に大きく貢献している。MPLSも当初は通信事業者のバックボーンのための高価なルータへの実装が中心だったが、現状ではいわゆるイーサネットスイッチへも実装が進んでいて、MPLSネットワークも安く構築することが可能となっている。
実際に例えばIP-VPNを提供しユーザーを収容するエッジルータも、現在はイーサネットインターフェイスでの収容が多くなり一般的にイーサネットスイッチが使われている。
MPLSはMPLSですべてを実現することを目標に機能を進化させてきたが、イーサネットもイーサネットですべてを実現する方向を目指している。同じことを実現するためにMPLSとイーサネットで異なる機能が存在し始めてきたのだ。次回はこうした「MPLS vs. イーサネット」という話題を中心に紹介する。
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