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ブリッジズ氏の過渡期を乗り切るトランジション理論エンジニアも知っておきたいキャリア理論入門(9)(1/2 ページ)

本連載は、さまざまなキャリア理論を紹介する。何のため? もちろんあなたのエンジニア人生を豊かにするために。キャリア理論には、現在のところすべての理論を統一するような大統一理論は存在しない。あなたに適した、納得できる理論を適用して、人生を設計してみようではないか。

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 前回の「行動しながら考える。イバーラ博士の型破りな転身術」に引き続き、今回もキャリアチェンジに役立つ理論をご紹介します。

 「トランジション理論」は、米国の人材系コンサルタント、ウィリアム・ブリッジズ氏が提唱しているものです。ブリッジズ氏は、過去30年以上にわたり、「変化」(キャリアだけでなく、人生におけるさまざまな変化)に適切に対処するノウハウを、個人や企業を対象にしたセミナーやコンサルティグを通じて提供しています。

 ブリッジズ氏のいう「トランジション」は、日本語では「過渡期」と訳すのが一番分かりやすいでしょう。例えば、転職を想像してみてください。現在の会社を離れようと思い始めてから転職活動を行い、別の会社での採用が決まって、新しい会社で働きだすまでの期間がトランジション、すなわち過渡期です。

 私たちは、スパッと気持ちを切り替えて転職することがなかなかできません。多くの場合、会社を辞めるかどうしようかと思い悩む時期があります。変化を求める一方で、変化を恐れる気持ちもあり、「変わりたい」「変わりたくない」という両極端の感情の間で揺れ動くわけです。

 この時期は、前回の記事でも触れた「ニュートラルゾーン」(中立期)と呼ばれます。心理的につらい日々が続く期間ですが、決して避けるべきもの、無意味なものではありません。むしろ、ニュートラルゾーンは、トランジションにおいて最も重要な時期です。 

 とはいえ、転職が簡単ではないのは、転職活動自体だけではなく、過去・現在の自分(BEFORE)と未来の新しい自分(AFTER)との間に挟まれた中途半端な状態であるニュートラルゾーンがあなたを苦しめるからですね。ブリッジズ氏のトランジション理論は、このニュートラルゾーンを含む過渡期をどう乗り切るかについて有益で具体的なアドバイスを与えてくれています。

トランジションの3段階

 ブリッジズ氏は、トランジションには以下の3段階があるとしています。

第1段階……何かが終わる
第2段階……ニュートラルゾーン
第3段階……何かが始まる

 すべてのトランジションは、何かが終わるところから始まります。米国の学校では、卒業式のことを「コメンスメント」(Commencement)と呼ぶのをご存じでしょうか。コメンスメントの意味は文字どおり「始まり」です。学校を卒業することは、学校生活の終わりであると同時に、「進学」あるいは「就職」といった新しい人生の始まりでもあるということで、卒業式をコメンスメントといいます。何事にせよ、私たちは新しいことを始めるためには、以前の古いことを終わらせる必要があるのです。

 ニュートラルゾーンは、前述したようにどっちつかずの宙ぶらりん状態ですが、自分をとことん見つめ直す機会であり、忙しい日常から一歩引いたところであれこれ考える時間を持つという点において、一種の猶予期間(モラトリアム)だといえます。私たちは、ニュートラルゾーンを経験した後で、ようやく新しい一歩を踏み出すことができるのです。

 では、それぞれの段階を乗り切る方法について詳しく説明しましょう。

第1段階……何かが終わる

 何かが終わるとき、自分の意思で終わらせられる場合と、自分は望まないのに外部の状況や他者の影響で強制的に終了させられる場合があります。これを仕事でいえば、前者は自己都合による退社、転職であり、後者は企業都合による解雇、転勤、異動などによって、慣れ親しんだ仕事、職場から無理やり離される場合です。後者は、自分が望まない変化であることも多いため、ひどく落ち込んだり、やる気を失う人もいるでしょう。

 強制的であれ自分の意思であれ、これまで持っていた何かから離れることは、心理的な痛みを伴うものです。うまく物事を終わらせることが容易でないのはそのためです。しかし、何かの終わりは何かの始まりでもあります。たとえ自分が望まない終わりだとしても、新しい自分を発見する良い機会だと考えて気持ちに折り合いを付け、過去と決別する必要があります。ブリッジ氏は、「アンラーン(un-learn)せよ」、つまり、「過去の考え方を捨てよう!」と提案しています。

 さて、何かの終わりをうまく処置するのが難しい理由は、終わりに直面した人のほとんどが経験する以下のような感覚があるからです。

  • 離脱(Disengagement)

 それまで慣れ親しんできた場所や人から引き離されることから生じる感覚。

  • アイデンティティの喪失(Disidentification)

 過去の世界とのつながりを断ち切ることで、自己定義の手段を失ってしまい、自分は何者であるかということが分からなくなる感覚。

  • 覚醒(Disenchant)

 自分がこれまで属していた世界に抱いていた楽観的な見方は幻にすぎないと気付く感覚(会社や他者に裏切られた場合により強く感じるもの)。

  • 方向感覚の喪失(Disorientation)

 今後どの方向に進むべきか、そのために何をするべきかといった目標や計画が失われる感覚(解雇など強制的な終わりによってもたらされやすいもの)。

 何かの終わりに伴う上記のような感覚からは逃げることなく、次のニュートラルゾーンにおいて、とことん味わいつくすことが重要です。

第2段階……ニュートラルゾーン

 前述したように、ニュートラルゾーンは、何かの終わりに伴うさまざまな喪失感を受け止め、耐えるべき時期です。ニュートラルゾーンにおいて人はしばしば深刻な「空虚感」を味わいます。

 始まりとの間にある空白の期間であり、進むべき方向が分からず、ただ立ち止まって逡巡しているだけに思えますが、決して後ろめたく感じる必要はありません。空虚感は、終わりまでのプロセスの自然な結果であり、実は、新しい人生のための下地が準備される時期だからです。ですから、こうした空虚感から逃れようとじたばたせず、むしろその感覚に素直に降伏するのです。もちろん、これはとてもつらいことです。しかし、新たな「再生」のための「死」(過去の自分との決別)を象徴しているのがこうした空虚感なのです。この空虚感の中からこそ、新しいあなたが再び誕生するのだと考えましょう。

 さて、ブリッジズ氏は、ニュートラルゾーンの体験を意義あるものにするための具体的な対応を6つ示しています。

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