金井壽宏教授が提唱する「節目」のキャリア論:エンジニアも知っておきたいキャリア理論入門(11)(1/2 ページ)
本連載は、さまざまなキャリア理論を紹介する。何のため? もちろんあなたのエンジニア人生を豊かにするために。キャリア理論には、現在のところすべての理論を統一するような大統一理論は存在しない。あなたに適した、納得できる理論を適用して、人生を設計してみようではないか。
今回は、日本のキャリア研究の第一人者として最も著名な、金井壽宏氏(神戸大学大学院経営学研究科教授)のキャリア論を紹介しましょう。金井先生は、MIT(マサチューセッツ工科大学)留学時代、第5回「シャイン博士と8つの職業人タイプ」ご紹介した、エドガー・H.シャイン博士に直接師事され、近年発刊されたシャイン氏の著作『キャリア・アンカー』の翻訳もされています。
金井先生の研究は、キャリア論だけでなく、経営・リーダーシップから、組織行動論、モチベーションまで広範囲に及び、それらの研究内容も年々深みを増しているのですが、本稿ではキャリアデザインの領域において、金井先生が一貫して主張されている論点を中心に紹介したいと思います。
人生はキャリア・デザインとキャリア・ドリフトの繰り返し
金井先生の「キャリア・デザイン」論の基本的なメッセージは、
“(人生の)節目に絶対に意識してデザインすべきものが「キャリア」だ”
というものです。「節目」の1番目は、何だかお分かりですか? それはもちろん、学校を卒業して初めて就職し、社会人となる時期ですね。社会人となって以降、次の節目がいつやってくるのかについては個人差がありますが、おおよそ30歳前後でしょうか。仕事を一通り覚えて、ふと現在の職場や立場、仕事内容を振り返る余裕ができたとき、多くの人は、「このままでいいのだろうか」という疑問にぶつかるでしょう。これは自分の内面からわき上がってくる節目だといえます。
一方、結婚・出産や病気・けが、家庭の事情(親の介護など)といった理由でやむを得ず、転職、休職、配置転換などをする場合がありますね。これは外的な環境変化がもたらす節目だといえます。
さて、きっかけが内的なものであれ、外的なものであれ、あなたの人生に何年おきかにやってくる節目は、目の前に複数の道が広がる岐路に差し掛かり、どの道を選ぶべきかという大きな決断に迫られている状況です。こんなときこそ、自分のキャリアについてじっくりと考えるべきだというのが金井先生の主張です。
そして、逆に節目でない時期には、予期しなかった偶然の出来事や出会いを柔軟に受け止め、あえて「流されてみる」ことも必要だとおっしゃっています。このことは「キャリア・ドリフト」と呼ばれています。ドリフトとは「漂流する」という意味ですね。
キャリアについて考えるのはとても重く、大変な作業です。常日ごろから「自分がやりたい仕事は何だろう?」などと考える日々が続くのは、あまり健全な状況ではありません。大きな節目で立ち止まってじっくり考え、いったん方向性を決めたら、しばらくは深く考えず、日々の仕事・生活にまい進すべきなのです。
つまり、節目では真剣にキャリア・デザインを行うけれど、それ以外はキャリア・ドリフト、偶然の出来事を自分の可能性を広げるチャンスとして生かすのです。この偶然の出来事をチャンスとして生かすという考え方は、第7回「クランボルツ理論の『計画された偶然』」や、第8回「行動しながら考える。イバーラ博士の型破りな転身術」と共通するものがありますね。
金井先生がキャリア・デザインとキャリア・ドリフトの両方を強調されている理由を簡単にまとめると以下のとおりです。
- 20年も30年も先のことはデザインできない。そんな先までの道程は分からないから。だからこそ、数年に1回くらい自分に訪れる節目のときくらいは、しっかりキャリア・デザインすべき。節目でさえデザインしなかったら、ずっと流されたままになってしまう。
- 節目だけでもデザインして、不確実な中にも大きな方向感覚や夢を持っていれば、あえて流されてみた方が、「思わぬ掘り出し物」に出合えるかもしれない。
ここで、「思わぬ掘り出し物」について補足説明しておきましょう。わたしたちは、自分の可能性(やりたいことやできること)をすべて事前に把握できているわけではありません。従って、キャリア・デザインで決めた目標や計画にこだわりすぎると、逆に自分の可能性を狭めてしまうことになりかねません。むしろ、意に沿わぬ業務命令や、成り行きでやることになった仕事を通じて、意外にも、自分が思いもしなかった新たな適性や能力を発見・開発し、天職と感じられる仕事に導かれることも多いのです。
ただし、ぼんやりと構えているだけではそうしたチャンスはやってきません。「幸運の女神は、準備した心にのみ舞い降りる」という格言がありますが、あまり明確でなくてもいいので、キャリアについての方向感覚や夢を持っていることが、思わぬ掘り出し物、つまり新たな発想や可能性を実現するうえで大切なのです。
“自己決定なくして、キャリア・デザインはない”
節目、すなわちキャリアの岐路においてどの道を進むかを決定するのは、いうまでもなくあなた自身です。そもそもキャリアは、ほかの誰でもない、あなたの人生を構成するものですから、その主体はあなたであるべき。
これは当然のことに思えますが、実際には親や友人、上司などの言葉に振り回され、自分の意思より他人の意思を尊重してキャリアをデザインしてしまう人もいます。金井先生は、“自己決定なくして、キャリア・デザインはない”と喝破されています。最終的な決断は、あなた自身の確信の下に自律的に下すべきなのです。
とはいえ、社会の中で生きている以上、自分のキャリア形成には、周りの身近な人々や組織、ネットワークからの助言や応援、後押しが必要でもあります。大事なことは、お互いに自律的に振る舞いつつ、共に自分らしく生きるために相互に助け合う、すなわち相互依存の関係を築くことが望ましいのです。
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