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『FabLife』のインターネット黎明期のようなワクワク感D89クリップ(52)(2/3 ページ)

「今までできなかったことが、自分でできるようになるというのは、それ自体がすごいロマンなんです」Fablab Japan発起人のものづくりとは

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パーソナル・ファブリケーションなので、パーソナルで

──その意味で、『FabLife』には、「今のパーソナルファブリケーション」が、熱気や雰囲気含めてパッケージングされていると思います。

 このタイミングでの出版の目的に、「パーソナルファブリケーション萌芽期」の熱気、自分の個人的な盛り上がりを記録する意味合いがありました。

  何しろamazonの商品ランキングでは、カテゴリが技術書じゃなくて「ノンフィクション」になってるんですよ(笑)。研究者が1人称でエモーショナルでテンションの高い本を出すというのはある意味挑戦で、編集者にはむしろ直されましたが、パーソナル・ファブリケーションなので、パーソナルで良いんですよ。僕には僕のfablifeがあり、他の人には他のfablifeがあり、それぞれの個性と自発性、全体としての多様性を大切にやりましょう、というのがfabだと思います。

──だからこそ良いと思います。客観性とか20世紀になくなった概念で、今はアツいものに人が集まって、評価はインターネット全体で付けてくれる。

 アツさ、雰囲気を伝えられるのは重要だと思っていて、『FabLife』はある意味ルポルタージュですね。

3Dプリンタを持って世界中を旅し、いろんなものを作りたい

 自分の原点の1つとして、高校のころに読んですごいハマった「ラップトップかかえて世界一周?国際派ネットワーカーの冒険」(高田正純著、早川書房 1991年)という本があります。

 1989年、電話回線とパソコン通信の時代に、ラップトップコンピュータ一台を抱えて旅に出て、世界中のホテルから四苦八苦して音響カプラでパソコン通信でレポートを送る。国によっては電話回線が合わなくて、その国でしか売っていない部品を買ってアダプタを作ることまでやりながら、世界一周のルポをするという非常に面白い本なのですが、『FabLife』はその原点に対して、20年後に僕が出した解答なのかもしれません。

田中先生がカバンから取り出した「ラップトップかかえて世界一周?国際派ネットワーカーの冒険」(高田正純著、早川書房)
田中先生がカバンから取り出した「ラップトップかかえて世界一周?国際派ネットワーカーの冒険」(高田正純著、早川書房)

 もし今から1年の時間がもらえたら、3Dプリンタを抱えて、世界のさまざまな場所で現地の人の注文に応えてものを作る、そしてその過程をルポに書く、みたいなことをやりたいですね。旅好きなので。

 もう1つの人生のあこがれとして、「ミュージシャンみたいな生き方をしたい」という思いがあるんですよ。大学のころはジャズ研だったのですが、パット・メセニー・グループに代表されるような、スタジオにこもってアルバムをつくる時期と、アルバムを引っ提げて世界をライブツアーする時期があって、ツアー先で各地のミュージシャンから刺激を受けて、次のアルバムには現地のミュージシャンとやりとりして刺激されたものをまたアルバムに込めるような生活にうらやましさがありました。このことは過去からインタビューで折に触れて話してきました。

 作る期間と旅する期間が交互に来て、それぞれが影響し合うようなライフスタイルにはすごくあこがれがあって、今の生活はそこに近づいた感があります。今はちょうど、次のツアーのための作品を作っている期間に当たるかな。ぜひ、今後も世界のFablabを回りたいですね。

鎌倉のFablabはフォーク&クラフト、SFCのソーシャルファブリケーションセンターはポップ&テクノロジ

──『FabLife』の中でさまざまな制作物が紹介されますが、場所や人が変わるとガラっと制作物が変わるのが印象的でした。インドのファブラボでは自分の問題解決のためにものを作り、MITの学生はコミュニケーションのためのコンテンツとして、まるでニコニコ技術部のようなものを作っている。鎌倉とSFC*SFCの2つのFablabで、何か特徴的な違いはありますか?

 Fablab鎌倉の1つの特徴としては、集まってくる人の世代の広さが挙げられます。年配の人のものづくりスタイルは大工に近いフィジカルなもの、若い人のものづくりはまずコンピュータから入る、デジタルなものが中心になりますよね。Fablab鎌倉では両者がコラボする。それこそ60代の職人のマイスターと20代のデジタルネイティブがコラボする事例が生まれたりしている。

 あと、渋いですね。建物の外観からして渋い。なんていうか、職人の集団が自分たちのために楽しんでいる色合いがあります。土着的でファンキーで、民俗的な色合いがあります。

Fablab鎌倉。秋田県湯沢市にあった造り酒屋の酒造を、ほぼ原型通りに移築再生した、「結の蔵」をFablabにしている
Fablab鎌倉。秋田県湯沢市にあった造り酒屋の酒造を、ほぼ原型通りに移築再生した、「結の蔵」をFablabにしている

 Fablabつくばすすたわりさんが運営・Fablab鎌倉とほぼ同時期に開設)はチップマウンタやFPGAなど、「電子工作のため」というカラーが前面に出ていますが、そちらはまるで「宇宙船」。ギークの聖地です。つくばと鎌倉でハッキリ色合いの違いを感じますね。ちなみに僕はつくばも大好きですよ。DIYで造られた個性的な空間は、やっぱり良いです。 無色透明でニュートラルなものよりはるかに良い。「マッドだけどアットホーム」と本には書いたと思いますけど。

 で、このSFC*SFCは4月に始まったばかりですが、こうしたfabのムーブメントを受けて、大学としての役割をあらためて問い直したいと思っているんです。

SFC*SFCの様子。さまざまな工作機械・素材が備えられ、これまでの制作物やプロトタイプも置かれ、いつも何かが作られている
SFC*SFCの様子。さまざまな工作機械・素材が備えられ、これまでの制作物やプロトタイプも置かれ、いつも何かが作られている

  SFC*SFCは水野大二郎先生と、加藤文俊先生と私の3人で共同運営しています。今年から来られたばかりの水野先生は「批評的なデザイン」を研究テーマに情熱を燃やしていますが、水野先生には僕とはまったく違う社会的な視点があるんです。そこが良いのです。学生も影響を受けていて、例えば、お年寄りが「今の複雑なリモコンが複雑過ぎて使えないので、シンプルにオンオフだけできるリモコンに改造したい」みたいなことを言っていたというんですが、それは盛り上がりました(笑)。エンジニアは、今まで考えたことがない課題を与えられると燃えますよね。そして、自分1人というより、「他者」の視点が介在すると、けっこう本気出しますよね。

 SFC*SFCでは、「パーソナル・ファブリケーション」の次に来る「ソーシャル・ファブリケーション」についての、実例を作っていきたいと思っています。

 もう1つ、学生の変な実験を許容するという部分もあります。おかしなものを許容し、むしろ奨励する雰囲気にしていたい。

──それは非常にSFCのカラーが出ている気がします。乙女電芸部(女子の電子工作サークル)みたいな、領域がクロスしたPOPな活動が出てくる土壌がありますよね。乙女電芸部(女子の電子工作サークル)みたいな、領域がクロスしたPOPな活動が出てくる土壌がありますよね。

 そうそう。木工や電子工作や手芸や、あらゆるものをシャッフルシャッフル。過激なマッシュアップ。でもまぁ、おしゃれなところはおしゃれに。建物も鎌倉が渋いのに対してチームラボのオフィスみたいにカラフルで、ガラス張りでオープン。何をしているか、全部丸見えで、社会と向き合っている。川上健二さんの「珍道具研究所」みたいになると良いですね。(笑)

SFC*SFCにて試作中の3Dフードプリンタ。
SFC*SFCにて試作中の3Dフードプリンタ。

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