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クラウドが普及した市場で、生き残るエンジニアと組織クラウドが普及した市場で、生き残るエンジニアと組織(1/2 ページ)

クラウドがもたらした変化は、技術的なものだけにとどまらない。IT企業の組織、そしてエンジニアに求められるスキルや性質が変わってきている。

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クラウドがもたらした変化と、そのインパクト

 クラウドがもたらした変化とそのインパクトを考える。

 クラウド市場は、急激な勢いで成長している。IDC Japanによれば、2011年662億円規模だった国内パブリッククラウドサービス市場が、2012年は1000億円に成長している。2016年には、3412億円規模に達する勢いだ。

 年間平均成長率38.8%という、大変な市場成長率である。一方、国内情報サービス産業の総市場規模はピークだった2008年の16兆円規模から2011年には14.1兆円と、3年で1割以上も縮小した。

クラウドの定義

本記事で扱うクラウドとは、「NISTクラウド定義」として知られる「NIST SP800-145 Definition of Cloud Computing」に準拠する。

クラウド」という言葉はエリック・シュミット氏が2006年に英エコノミスト誌で提唱したのが最初で、その後バズワード化を避けるために、慎重に定義整備と概念の精緻化が進められた。

「NISTクラウド定義」はクラウドの基本的概念をコンパクトに定義しており、現在さまざまなクラウド関連仕様が基礎的定義として参照している文書である。(参考)。


 クラウドはオープン・イノベーションによって成長するモジュラ・アーキテクチャであり、サービス指向アーキテクチャ(SOA)的な実装が要求される、という共通理解が世界的に広がってきた(参考)

 情報サービス産業のクラウド化とは、あらゆる機能がモジュールとして量り売りされる、SOA化した世界だ。クラウドブローカーによる支援はあるにせよ、原則的にセルフサービス化された市場である。IaaSの例を見れば分かるように、国内事業者によるクラウド対応が遅れれば海外事業者によって市場がどんどん浸食されていくという、グローバル競争にさらされた市場でもある。

●クラウド化された世界の特徴

  • 機能をモジュールごとに量り売りする
  • 自己責任原則に基づくセルフサービス
  • リアルタイムに海外との競争にさらされる

 これはすなわち、組織とそこで働くエンジニアに求められる能力が変わることを意味している。クラウドは、徹底した自動化を背景に、極めて少人数によって、個々の機能をセルフサービスで組み立てて利用する業務遂行形態である。言い換えると、「選択の妥当性についての説明責任を選択した個人が負う」業務であり、高い自己統治能力を必要とする。

 自己統治能力を磨くには、「組織レベル」「個人レベル」2つのレベルで変わる必要がある。本記事では、「クラウドが普及した市場で求められる組織」「求められる人材」を考察する。

流動型の社会へ――16年後には正社員比率は50%を切る?

 まずは、日本組織の現状認識から始めよう。

 以下の図は、日本・アメリカ・イギリス3国における開業率・廃業率を比較したものである(中小企業庁『中小企業白書』)。

 日本は英米両国と比較すると開業率・廃業率がともに低い。時系列で見ると、日本は開業率が低下して廃業率が上昇しており流動性が低い社会(表1)といえる。

表1 米国、英国、日本の開廃業率推移の比較(クリックで拡大)
表1 米国、英国、日本の開廃業率推移の比較(クリックで拡大)

 米国や英国は新規開業事業者が産業構造の新陳代謝を担っており、既存事業者も大胆なリストラクチャリングによって変化していく「多産多死型の社会」である。一方、日本は失業率を低く抑え、急激な変化を避けて安定性を優先させる社会だった。

 では、日本で「安定性」が確保されているのかといえば、皆さんが肌感覚で感じているように、そうとはとても言い切れない。

 2012年5月に帝国データバンクが公開した「システム・ソフトウェア開発事業者の倒産動向調査(PDF)」によれば、2012年4月までに88件が倒産、うち設立10年未満の倒産が45.9%を占めるという、過去最悪の水準で推移している。

 就労者側の流動性も高まっている。厚生労働省『就業形態の多様化に関する総合実態調査』によると、就業形態別に見た2010年の正社員比率は61.3%、正社員以外の就労形態比率は38.7%だった。この数値は請負労働者を除いているので、請負労働者を正社員以外に含めると正社員比率は57.8%まで低下する。

表2:2003、2007、2010年の厚生労働省の就業形態の多様化に関する総合実態調査結果を基に筆者試算(クリックで拡大)
表2:2003、2007、2010年の厚生労働省の就業形態の多様化に関する総合実態調査結果を基に筆者試算(クリックで拡大)

 過去3回の調査結果を基に推移を線形予測すると16年後に正社員比率は50%を切り、日本も本格的に流動性の高い社会に変化していく可能性がある(表2)。さらに、NIRAも2009年に「新卒入社して定年まで勤めあげるライフスタイルを実践できている就労者は8.8%以下」と見積った報告を公開(PDF)している。終身雇用はおろか「流動性の低い安定した社会」という考え方すら、過去の幻になりつつある。

流動性の高い市場に適合した組織を作る

 流動化はますます加速するだろう。そして、硬直的な組織、変化への適応力に欠けた組織は、ますます競争力を失っていく。マッチさせるためには「変化に強い組織」を作ることが必要だ。

 変化に強い組織を作るには、ロングスタッフらが2010年に発表した「コミュニティ・レジリエンス・モデル」(Community Resilience Model)※が参考になるだろう。

 ※レジリエンス:困難な環境を生き延びる適応的な能力のこと。

表3:コミュニティ・レジリエンス・モデル(図と例は筆者)
表3:コミュニティ・レジリエンス・モデル(図と例は筆者)

 同モデルによれば、コミュニティ・レジリエンスは「外乱耐性」(効率、冗長性、多様性)と「適応能力」(制度化された記憶、革新的学習、情報・知識の拡散)の2つの能力、6つの要素から成り立つ(表3)。

  • 効率:メトリクス計測を基礎とした動的最適化能力
  • 冗長性:ディペンダブル、ロバスト、レジリエンスな構成とペア開発など
  • 多様性:組織加入・退出条件を緩やかにすることでの流動性向上、組織階梯変更の透明性担保、多重所属の容認など
  • 制度化された記憶:組織内の規定をルール制御によって可視化すること、リポジトリ整備
  • 革新的学習:OCWedXの応用やゲーミフィケーションの活用
  • 情報・知識の拡散:オープンなコミュニティの形成、オープンソースソフトウェア(OSS)、クリエイティブ・コモンズなどのライセンス形式によって流通性を高める

 ポイントは「高い自律性に裏打ちされた、高い流動性の実現」だ。コミュニティ・レジリエンス・モデルは、稲盛和夫氏の「アメーバ経営」や「社内公募制」、FA制の組織モデル、Apache Software Foundationが提唱するプロジェクト運営モデルに似ている。これまでの組織形態よりチャンスは多いが、自己研さんを常に要求される組織モデルでもある。

しかし、組織は急には変わらないのでは?

 だが、こうした組織体制は、現時点の日本では遠い国の話にしか聞こえないだろう。2007年に労働政策研究・研修機構が実施した『社内公募制など従業員の自発性を尊重する配置施策に関する調査』によると、国内で社内公募制を実施している東証上場企業は34.7%、FA制は11.6%だった。上場企業従業員数は440万人(2010年)なので、社内公募、FA制などの制度が利用できる就労者は、全就労者6500万人の3.1%しかいないことになる。

 組織は大きければ大きいほど変化しにくく、所属する個人の力ではどうにもならない部分がある。さらに、就労者の現状維持バイアスを含め、改革しなければならないテーマは多岐にわたる。かといって、手をこまねいていれば、状況は悪化する一方だ。手を付けられるところから始めるべきである。

切り口としてのオープン・イノベーション

 その一歩として参考になるのが「オープン・イノベーション」の考え方である。

 この考え方は、2003年に ヘンリー・チェスブロウが提唱し、2008年に公開されたOECDの報告書が詳細な実態調査を行い、有効性を検証した。

 オープン・イノベーションは、組織の“外”で公開されているノウハウの調達(アウトサイド・イン)と、組織“内”で活用しきれていないノウハウの公開(インサイド・アウト)を組み合わせ、イノベーション効率を最大化するアプローチだ。

  • アウトサイド・イン:組織の“外”で公開されているノウハウの調達
  • インサイド・アウト:組織“内”で活用しきれていないノウハウの公開

手段としてのモジュラ・アーキテクチャ

 さらに、実行手段としては、カーリス・ボールドウィン&キム・クラークが提唱(PDF)した「モジュラ・アーキテクチャ・デザイン」(Modular Architecture Design)が有効だ。

 モジュラ・アーキテクチャは

  1. 管理可能な複雑性の範囲を拡大し
  2. 並行作業を可能とし時間と相互調整の無駄を節約し
  3. 不確実性への適合性を高める

 ことを可能にすることを目的としている。冒頭で紹介したSOA化したクラウドは、まさにモジュラ・アーキテクチャそのものだということが分かるだろう。

実践の場としてのOSSコミュニティ

 もし、あなたの所属する組織が、オープン・イノベーションを実行しているのなら、組織内でオープン・イノベーションをさらに拡大すべきだ。もし、まったく動く気配がなく、共感してくれる人間もいない場合は、オープン・イノベーション実践の場は、どこに求めればいいのか。

 筆者は、「オープンソース・ソフトウェア(OSS)コミュニティ」への貢献を推奨したい。OSSコミュニティは、さまざまな人々がノウハウを交換しており、まさにオープン・イノベーションを長く実践してきた実績を持つ。

 OSSコミュニティには、個人エンジニアだけではなく、IT企業も積極的に参加している。例えば、老舗のThe Linux Foundationには、国内から プラチナスポンサーとして富士通、NECが名を連ね、ゴールドスポンサーとして日立、ソニー、パナソニック、トヨタ、シルバースポンサーにはアシスト、CEC、デンソー、エプソン、NTT、NTTデータ、リコー、東芝といった企業が名を連ねている(参考)。筆者も複数のOSSコミュニティ活動のお手伝いをしている。日本企業に所属する人たちが、自律的な規範と行動原理モデルを身に付けるのに、OSSコミュニティは最適だ。

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