クルマ屋が夢見るICTとのミライ――Auto 2.0の実現に向けて:JSSEC成果発表会レポート
2013年5月24日に開催された日本スマートフォンセキュリティ協会(JSSEC)の成果発表会にて、トヨタIT開発センター 代表取締役会長の井上友二氏が「クルマ」と「ICT」が作る夢の未来を描いた。
「クルマとICTの融合」がますます加速化する現在、未来のクルマはどのような進化を遂げていくことになるのだろうか。
2013年5月24日に開催された日本スマートフォンセキュリティ協会(JSSEC)の成果発表会にて、「繋がるクルマへ〜Auto 2.0、セキュリティとセイフティ〜」と題する記念講演に登壇したトヨタIT開発センター 代表取締役会長の井上友二氏は、「Auto 2.0」をキーワードに、クルマとICTの関係、そして未来をひも解いた。
鉄の箱から電気の箱へ
井上氏は、NTTマルチメディアネットワーク研究所所長やNTTデータ取締役、NTT取締役・CTO、情報通信技術委員会理事長を経て、現職に就いた。「まだクルマについて勉強中」と話す同氏は、「1908年の『フォード・モデルT』から、1995年の東京モーターショーでお披露目されたトヨタのハイブリッドカー『PRIUS』、そして2010年に発表された日産の電気自動車の『LEAF』へと、クルマはガスを吐く鉄の箱から電気駆動へと進化している」と、これまでのクルマの歩みを振り返った。
それとともに進化したのがカーナビだ。世界初のカーナビは、1981年8月の自動車用慣性航法装置「ホンダ・エレクトロ・ジェイロケータ」で、航空機のジャイロを使った位置特定技術を参考に、ホンダが独自開発した。そして1990年6月には、パイオニア(カロッツェリア)が世界初の市販GPSカーナビ「AVIC-1」を販売、翌年の1991年10月には世界で初めて経路案内を行う「エレクトロマルチビジョン」がトヨタのクラウンに搭載され、話題となった。
一方のICT事業は、1985年に日本電信電話公社が民営化され、電気通信事業に参入したことで、事業の民営化と共創の時代が始まった。そして1995年には、インターネットイニシアティブ(IIJ)が商用インターネットサービスを提供開始。1990年代後半にはワイヤレス技術が攻勢を強め、スマートフォンの普及とともに3.5GHzやLTEなど帯域も大幅に向上。今やFTTHを自宅に引かず、タブレットやスマートフォンでワイヤレス接続するだけでいいという若者が大半を占め、「すでにFTTHが性能の高さを示しても心に響かない時代になっている」と、井上氏はICTの進化速度に目を見張る。
だが、日本のICTは現在、途上国での価格競争に惨敗している。携帯電話は途上国市場ですでに50億台近くも普及しているが、価格は先進国の10分の1でないと売れない現状がある。ノキアやエリクソンは、ハードウェアは外部調達で安く仕上げ、その代わりインフラをブラックボックス化して押さえることで、端末の爆発的普及で需要急増のインフラで稼ぐビジネスモデルを構築、成功した。“モノ作り”でハードウェア製造にこだわりすぎた日本は、グローバルな低価格競争に停滞を余儀なくされている。
そんな日本のICT事業に渇を入れられるのが、クルマだという。
クルマのグローバル市場を見ると、「経済発展する新興市場では需要が拡大しており、今後市場は今の5〜10倍になると見込まれる」(井上氏)。
また、インドネシアでは部品の現地調達などを条件にした「低価格グリーンカープログラム」が、フィリピンでは3輪電気自動車(Eトライシクル)を現地産業化するための導入支援国家プロジェクトがスタートしている。
こうした動きのある市場でシェアを確実に獲得するには、ICT事業者とのコラボレーションは必須だ。価格は今の10分の1から3分の1に抑えることになるが、「携帯事業者ができなかったチャレンジと巻き返しを、ICTとクルマのコラボレーションで挑むチャンス。日本の産業界の再活性化にもつながるはず」と、井上氏は強調する。
セキュリティとセーフティは違う?
だが、乗り越えなければならない課題もある。それは、“安全”の捉え方の違いだ。
「ICTのセキュリティは、ベストエフォート。ファイアウォールやアンチウイルス製品などは、脆弱性が原因となってセキュリティ侵害があっても、企業がベンダを訴えることは基本的にない。しかしクルマは違う。製造物の欠陥で損害が生じた場合は、製造物責任法で賠償責任が発生する」。ICTの“セキュリティ”とクルマの“セーフティ”の溝はかなり大きいと井上氏は指摘する。
ICTとクルマの融合が進む中で、セキュリティとセーフティのギャップをどう埋めていくかは重要課題だ。井上氏が理事を務める応用セキュリティフォーラムでは、セーフティ&セキュリティアーキテクチャ統合開発環境の議論が始まっている。
「クルマ屋は、ややもすると情報を隠したがるが、うまく議論の場に引っ張り出して変革を促していきたい」(井上氏)
クルマとICTがコラボした明るいミライ
では、クルマ屋から見たICTとの融合はどんなイメージなのか。井上氏は「トヨタ スマート センター20XX年 〜君がいてよかった...〜」という動画を紹介した。これは、ある男性の1日の始まりを追ったストーリーで、スマートグリッドへの取り組みの一環で開発された「トヨタ スマート センター」をハブとして、音声認識タイプの「マイエージェント」と会話しながら、スマートフォンや車内モニターで電気自動車の充電状況や渋滞情報、当日の気温に合わせた空調管理、スケジュールの確認などをするという内容だ。
井上氏が描くもう1つの未来は「高齢者に優しい」クルマ社会だ。
「クルマは、18歳で免許を取得してから80歳になるまで、まったく変わらないインターフェイスで運転することになる。これはおかしい」。そう指摘する井上氏は、「例えば工場の無人搬送車のように、道路の白線や黄色い線に沿った走行や、交差点下のバーコード入り磁気板によるナビゲーションなど、電気自動車と連携して実現すると面白い」と語った。
「ITの場合、東京本社のIT会社がシステム開発を行うので地方にお金が落ちない。社会インフラの開発であれば、地元の建設業者も巻き込めるので、地方経済の活性化にもつながるかもしれない」(井上氏)。
また、クルマがICTと対をなす車輪にもなれると井上氏は言う。たとえばクルマにミニ基地局を積めば、通信可能地域は格段に広がる。
このほか、井上氏はクルマが広く行き渡った先進国であれば、カード1枚にカスタマイズデータを入れてカーシェア時に使い慣れた環境を構築したり、車の外装を全面ディスプレイにして「土曜日だけピンクにする」「行政車は災害時に避難情報を流す」といったユニークな展開も可能と語った。
もちろん、これはクルマ業界単独で実現できない。むしろ、スマートグリッドやネットワーク化自動車、ホームネットワーク、電子政府などを横ぐしでつなげるのはICTで、連携していくことが重要と井上氏は言う。
両業界が1つになって協力し合うことで「業際イノベーション(Inter-Industry Innovation)」が実現する。「クルマをICTと並ぶもう1つの社会インフラとして、スマート社会の構築に貢献したい」。井上氏はそう述べて、講演を終えた。
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