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締結5日前にユーザーが白紙撤回! 契約は成立? 不成立?「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(7)(1/2 ページ)

ユーザー窓口が確約した「○月○日に正式契約しましょう」を信じて一部作業に事前に着手したベンダーは、突然の契約白紙撤回に泣き寝入りするしかないのか?

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「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説

連載目次

 前回に続いて、IT開発の契約に関する裁判事例を紹介しよう。これまでも書いてきたように、裁判所は単に契約書の有無をもって契約の成立を認めるほど表面的な判断はしない。契約書があっても、それが本当に有効なものであり、実態に即したものであるか、逆に契約書が存在しなくても、実際にはどのような約束があり、それを双方がどのように認識していたのかを、各種のドキュメントや陳述、証言などを基に検討し、現実的な判断をしようとするのである。

 契約書を表面的に見ただけで判断しないのならば、裁判所はどのようなことに着目をして契約の成否を判断するのであろうか。IT契約に関する特別法といったものがないわが国では、線引きをする明確な基準は存在しない。個別の事案の事情をよく把握して、個別に判断をせざるを得ないのが現実だ。

 今回は東京地裁が下した判断の例を紹介しよう。契約においてユーザーとベンダーがおのおの注意しなければいけない点について有効な知見が含まれる事例である。

契約の成否はいつ確定するのか

【事件の概要】(東京地裁 平成20年9月30日判決より抜粋して要約)

原告:システム開発会社(以下、原告ベンダー)
被告:自動車販売会社(以下、被告ユーザー)

 被告ユーザーは自社のWebシステム開発を原告ベンダーに委託しようと考えて、引き合いを出した。両者が数回の打ち合わせを重ねた結果、商談は契約成立の直前にまで至り、被告ユーザーは原告ベンダーに対して契約書案を提出して、正式契約締結の日程調整も行われる段階となった。

 筆者もITベンダーに勤めていたころ、システムエンジニアとして、あるいは営業担当者として、このような発注直前の商談の場に身を置くことが何度もあった。プロジェクトスタート後のさまざまな困難を想像して身が引き締まる思いをしながらも、技術を発揮できる場を与えられ、業績も上げられる見込みが高くなったこの時期は、高揚感や達成感、喜びが生まれてくる。

 しかし人はこうしたとき、未来に影を落とすような懸念やリスクを軽んじてしまう傾向があるようだ。都合の悪い情報を無意識のうちに聞かなくなり、問題や課題も過小評価してしまう。この事件の原告ベンダーにも、恐らくそうした隙があったのではないだろうか。

 続きを読んでいただきたい。

【事件の概要】(東京地裁 平成20年9月30日判決より抜粋して要約〜つづき)

 ところが、契約締結予定日の5日前に被告ユーザーは原告ベンダーに対し、これまでの交渉を白紙に戻すとの連絡をした。理由は、被告ユーザーのグループ企業にシステム開発技術を有する者が入社し、システム開発の内製が可能となったというものだった。

 しかし原告ベンダーは、これまでの商談の状況から受注確度が非常に高いと判断し、既に一部作業に着手していた。そのため、被告ユーザーに対して、出来高作業分の費用、逸失利益などの賠償を求めて訴えを提起した。

 「これはたまらない」というのが、率直な感想だ。IT開発は一般に、正式契約の前にプロジェクトの計画や要件、サービス範囲についてさまざまな検討を行い、提案や見積もりを行う。正式契約は、それらに大方のめどが付いた段階で行われる。

 つまり契約日程が決定したことは、事実上ユーザーとベンダーが、システムの要件や計画、そして見積もり金額について合意したことを示す物である。ベンダーが「事実上、開発着手が了承された」と考えたとしても無理はない。それをユーザーの理由で一方的に白紙に戻すことなど信義にもとる行いだと私には思えたのだ。

 仮に原告ユーザーが要件定義や設計作業に着手したのが、契約の成立が確定的になる前の段階だったとしても、結果的に契約が決定的になったのであれば、当然に、そこまでの作業費用は支払われるべきだし、一方的な契約解除は、認められないと考えるのが自然ではないか。

 ましてこの開発では、被告ユーザーの担当者が、原告ベンダーに対して希望納期を伝えている。原告ベンダーはそこから逆算してスケジュールを切り、作業をスタートしたまでである。

 ところが、裁判所の下した判決はベンダーに厳しいものとなった。

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