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エンジニアはクリエーター。大切なのは「人数」ではなく「能力」――ソニックガーデン特集:アジャイル時代のSIビジネス(4)(2/3 ページ)

クラウドの浸透などを背景に、「SIビジネスが崩壊する」と言われて久しい。本特集では、今起きている“SIビジネスの地殻変動”を直視し、有効なアクションに変えたSIerにインタビュー。SI本来の在り方と行く末を占う。

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クラウドとアジャイル開発で、顧客とともに成長

 納品のない受託開発の事例の1つに子育てシェアサービス「AsMama(アズママ)」がある。友人や知人が協力して子育てを行うためのマッチングサービスで、会員数は全国3万人を超えている。

参考リンク:AsMama

 運営元のAsMamaは、「子育てシェア」というビジネスアイデアはあったものの、それを支えるITを設計・構築する人材とノウハウが不足していた。そこでソニックガーデンをパートナーとして、「どのような方法でマッチングするか」「お金のやりとりをどのように行うか」などを詰め、これまでにない新しいベビーシッターのサービスとして展開。システム構築後も、ユーザーの要望や、社会、ビジネスの状況を考慮しながら、サービスを改善し続けている。

 「ビジネスを行う企業にとって一番いいのは、社内にエンジニアがいて、定期的にサービスをメンテナンスし続けられる体制にあることです。ただ一般的な会社では、『優秀なエンジニアを採用し、適切に評価し、育てていく仕組み』を組織として持っていないことが多い。僕らの強みはまさしくそこにあります。いいエンジニアを採用して、働きやすい環境を提供して、その人たちがお客さまにいいサービスを提供できるように育てていく。単なるITのアウトソーシングではなく、共にビジネスを育てていくための人材確保・育成も含めて、サービスとして提供するという考え方です」

 顕在ニーズだけではなく、その背景も熟知した上で徹底的に顧客に寄り添うスタンスは同社の特徴と言えるが、こうしたビジネスモデル自体も、何もないところから生み出したものではなく、「“お客さまのニーズ”があって発想できたもの」と倉貫氏は語る。

 周知の通り、ソニックガーデンはTISの社内ベンチャーとして始まった会社だ。当初は独自開発した企業向けSNS「SKIP」のパッケージ販売とSaaS提供を担い、受託開発は行っていなかった。だがあるとき、サービスのファンになった顧客から「パートナーとして、システム開発と運用を一緒に行ってほしい」という依頼を受けた。倉貫氏自身、TISの中で「一括納品に変わるSIの在り方」を模索していたこともあり、これをきっかけに「納品のない契約ベースでのシステム提供」を開始することになる。

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「納品のない受託開発」、4つのメリット

 「気付きとなったのは、『クラウドは料金を支払い続ければずっと使えるのに、なぜ受託開発は料金を支払ったら、それに携わる人がいなくなってしまうのか』というお客さまの一言でした。実際、システムが納品されると、開発担当エンジニアが保守を担当してくれるわけではありませんし、人がいなくなってシステムを直すこともままならなくなります。そこに課題を感じていました」

 そして2011年、TISからのMBO(Management Buyout:経営陣買収)でソニックガーデンを設立。もともと同氏は、2003年にTISの基盤技術センターの立ち上げに参画した経験を持つ他、アジャイル開発とクラウド活用についても10年以上のスキルとノウハウの蓄積があった。これを生かし、クラウドとアジャイル開発を技術的、概念的に組み合わせ、リーンスタートアップのアプローチで「納品のない受託開発」というビジネスを改善・発展させ続けてきたわけだ。

 技術的な強みは、AWSやHeroku、kintoneといったクラウドプラットフォーム上でのRuby on Railsを使ったアプリケーション開発にある。社内にはAWSやRuby on Rails、UX、Android/iOS開発のエキスパートがそろい、新規事業案件だけでも300件以上を手掛けてきた。人材の採用と育成、高い技術力、新規事業に関するノウハウの蓄積で、ソニックガーデンの事業基盤はますます盤石なものとなり続けている。

エンジニアはクリエーター。人数ではなく能力が大事

 ただ、同社をユニークな存在に押し上げているものは「納品のない受託開発」というビジネスモデルだけではない。そこには「ポリシーに対するこだわり」がある。例えば、Webサービスだけで完結する事業の支援は一切引き受けていない。

 「もしWebで全てが完結するなら、その事業のコアコンピタンスは開発です。すると、僕らが事業の中心を担うことになってしまう。事業のコアコンピタンスは外に出すべきではありません。ですから『リアルの世界のビジネスをどうWebで支援するか』『リアルの世界でビジネスを動かすときに、力が足りない部分をITでどう支援するか』という観点で、僕らが補完できることをパートナーとして提供するようにしています」

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「エンジニアはクリエーターです。『人数』ではなく『能力』が大切」

 人材の配置にも特徴がある。まず管理職がいない。顧問契約を結んだ企業に対しては、基本的に1人のエンジニアが専属で担当するが、会社としてそのエンジニアをマネジメントすることはしていない。コンサルティングから企画、開発、運用までをエンジニア自身が自分でコントロールするのが決まりだ。人事評価も成果評価もしていない。給与については、優秀なエンジニアとして納得できる金額を誰に対しても同じように支給している。

 「エンジニアはクリエーターです。人数ではなく能力が大事。素人を500人集めたところで作家が書くような良い文章はできません。同じ理屈で、素人のようなエンジニア500人分の仕事より良い仕事を、スーパープログラマー2人でこなすことができます。人数を割けばいいわけではありません」

 とはいえ、決して「フリーランスのエンジニア集団」というわけではない。顧客窓口となる顧問エンジニアは基本的に1人だが、仕事自体はチームを組成して行い、スタッフ間でサポートし合う。もしフリーランスの集団だとしたら、顧客はその担当者に足りないものがあれば、1人、また1人と依頼するエンジニアを増やさなければならず、その分コストは上がってしまう。しかし組織として対応すれば、顧客に余分なコストを掛けさせずに済む。同社にとっても顧客にとってもメリットが大きい仕組みなのだ。

 人材採用や育成もユニークだ。優秀なエンジニアを中途採用するための仕組みとして、「トライアウト」と呼ぶ、オンラインでトレーニングとテストを行う専用サイトを展開。これによって、プログラミングに関する現在の技術力や、足りない技術を学ぶ力、仕事や仲間に対する姿勢や考え方などを確認する。複数のステップがあり、それぞれ条件を満たさなければ次の採用ステップには進めない仕組みとしている。一方、社員には「一人前」と「見習い」という2つの属性を設定。顧客を1人で担当するのは「一人前」と認められた社員だ。「見習い」のうちは「一人前」のエンジニアにつき、OJTでコンサルティングから運用までの一切の仕事をつきっきりで学ぶことになる。

 「新規事業は内容も目的も企業ごとに異なります。マニュアル通りにできるような仕事ではないのです。お客さまとの付き合いの中で経験を積み、“自分なりのやり方”を見つけてもらいます。長い人では1年くらいかけて『一人前』になるように育てていきます」

 また、同社はリモートワークを積極的に採用していることでも知られ、スタッフの約半数は在宅勤務で全国各地に散らばっている。ただし、リモートワークとはいえ、各スタッフが「都合の良い時間に一人で黙々と仕事をする」わけではない。ソニックガーデンの場合は、独自開発したバーチャルオフィス(2015年4月から「Remotty」として社外にも提供)に決まった時間に集合し、チームとして一緒に働く。あくまで場所が異なるだけであり、チームとしてのコミュニケーションをしっかりと取りながら、同じ時間帯に仕事をする。

 「僕らの会社では、『どのような仕事をするのが大事か』『どのようなお客さまや仲間たちと、どのような働き方をするのが大事か』『それによって、本来自分がやりたかったことができているか』ということに価値を置いています。会社として、一エンジニアとして、1人1人が“本当に大切なこと”を見据えて働くのは、とても重要かつ自然なことだと考えています」

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