コミュニケーション上手は生まれつきではない、学習可能な「スキル」:仕事の「あるある」、食い違いを解消するこんなコツ
リクルートスタッフィングが開催した「エンジニア・クリエイターのコミュニケーション能力の向上を図るセミナー」では、グローバルナレッジネットワークの人材教育コンサルタント、田中淳子氏が、コミュニケーション力を高める具体的なコツを伝授。学習可能なスキルであると説明し、できるところから実践してみてほしいと呼び掛けた。
ITスタッフィングを運営するリクルートスタッフィングでは、派遣エンジニアのスキルアップを目指し、対人能力と技術、双方の向上を支援する場を設けていくという。その第一弾として開催された「エンジニア・クリエイターのコミュニケーション能力の向上を図るセミナー」では、グローバルナレッジネットワークの人材教育コンサルタントであり、@IT自分戦略研究所の連載記事「田中淳子の“言葉のチカラ”」の筆者でもある田中淳子氏が講師となり、「察する力」の重要性とメリットを紹介した。
前編では、無駄なエネルギーを費やさずに仕事を円滑に進めるには、コミュニケーション能力、つまり対人力が重要であること、しかもそれは決して生まれ持った性格によるものではなく、後天的に身に付けることが可能な「スキル」であることを紹介した。後編では、ITエンジニアの職場「あるある」を例示しながら、「話を聞く」「説明する」「質問に答える」といった場面ごとに、コミュニケーションにまつわる具体的なTipsを紹介した講演の模様を追っていく。
「聞く」コツは、行間を勝手に補わずに確認すること
IT業界にありがちなこんな「ダメな提案」の話、耳にしたことはないだろうか。顧客の悩みを確認することなく、「その問題でしたら、この技術で解決できます」と、自社のソリューションを押し付ける、というパターンだ。
提案を行う際の基本は、相手の話を「聞く」ことだ。だがその聞き方が悪ければ、何も解決できないどころか、かえって話をこじらせかねない。田中氏によると、「聞く」ときの間違いの一つが、「相手が言っていない『行間』を、自分なりの解釈で勝手に補ってしまう」というものだそうだ。
「『いつまでに、誰が、何を、どのようにすればいいのか』という『5W1H』をきちんと聞けばいいのに、具体的に聞かないまま分かった気になっていることが多いようです」
例えば「ユーザーが新しいシステムを使いこなせないみたいなので、ちょっと教えてくれませんか」と相談されたときには、「ユーザーとは誰のことなのか?」「困っているとは、具体的にどういう状態なのか?」と掘り下げ、確認することが重要だ。「みんなが困っているみたいです」というときも、よくよく聞いてみれば、実は困っているのはほんの数人かもしれない。困っているというというその内容も、何かの不具合で起動しないのか、インターフェースの問題で使いにくいのかによって、解決策は異なってくる。
「自分の解釈で『こういうことだろう』と勝手に提案し、食い違うことは少なくありません。『何がしたいのか』『どう困っているのか』を聞くのもスキルの一つ。まず5W1Hを確認しましょう。もし分からないならば『これはこういう意味ですか?』『具体的に言うとどうなりますか?』などと確認することも大切です」(田中氏)
「説明する」コツは、具体的な言葉を用い、全体像を伝えること
次に「説明する」シーンを考えてみよう。このときに大事なのは「『説明する自分と、話を聞く相手とは違う人である』と認識すること」だ。
従って、まずは言葉の定義から入ることが重要だ。「IT用語の中には短縮語が多く、中には同じ言葉なのに会社によって違う意味で使っていることもあります」(田中氏)。後々食い違わないように、まず、取り上げる言葉が何を意味しているのかを提示し、確認することが重要だ。
そして、相手の理解を助けるために「全体」から伝える。細部をずらずらと事細かに伝えても、相手はこれから何が話されようとしていて、何がポイントで、話がどこへ向かおうとしているのかが分からず、いらいらしてしまう。田中氏は「まず全体を伝えるようにしましょう。フレームが見えれば、話の流れが分かりやすくなります」と説明した。
もう一つのポイントは、「具体的」な言葉を使うことだ。例えば、「なるべく早く」の意味で使われる「なるはや」という言葉は、解釈に食い違いが生じる可能性は高い。もし金曜日の夕方に「なるはやで」と言われても、今日中に何とかするよう求められているのか、あるいは週明けでもいいのかによって、どう対応すべきかはまるで異なってくる。「言葉はできるだけユニークに、一意に伝わるように表現すべきです」と田中氏は述べる。
「自分の頭の中にある構造が、相手の頭の中にある構造と同じだと考えてしまうと、言葉を省略してしまいですが、実際にはそんなことはありません。自分の話を聞いた人が同じように受け取れるよう、言葉はきちんと、細かく使うべきです」(田中氏)。これに留意することが、説明の際には重要だという。
もう一つ、打ち合わせの際に使えるテクニックが、議論の内容をホワイトボードなどに書き出し、「見える化」するというものだ。「空中戦で言葉を交わすより、書いた方が分かりやすいことが多いです」と田中氏は述べている。
「質問に答える」コツは、相手の質問の意図を理解すること
こうして説明した後には、質問を受けることもあるだろう。こうした場面で「質問に即答すると、たいてい失敗します」と田中氏は述べる。
「質問の行間を適当に補って、頭の中に浮かんだことをずらずら答えても、『相手が本当に聞きたいこと』とずれている可能性が高く、『それを聞きたいんじゃないんだけれど』と返されてしまうことになります」と田中氏。こうしたトラブルを避けるには、「『聞きたいのはこういうことですか?』と質問の意図を確認するといい」と述べた。同じように、答えを述べた後に「これでご質問への答えになっていますか?」と確認することも有効だという。
もう一つ留意すべきポイントは、質問に対し「結論から答えること」だ。「『この仕事をお願いできますか?』という依頼に、『いや、実は今週はあれがあって、来週もこうなっていて……』と、延々とスケジュールの説明や言い訳から答える人は少なくありません。特に納期に間に合わないときには、言い訳から始まりがちです。ですが、要はできるのかできないのか、まずは結論から答えるべきです」(田中氏)
報告したいの? 連絡したいの? それとも相談?
ビジネスシーンでとかく重要と言われる「報連相」。田中氏によると、このコミュニケーションにもポイントがあるという。
まず、「相談なのか、報告なのか、相手に何を期待しているのかを伝えることが重要です。アドバイスが欲しいのかと思って真剣に話を聞いていたら、結局ただの愚痴でずっこけたこともあります」と田中氏。ただの愚痴なら愚痴で最初にそう伝えておくことが大切だ。
二つ目は「思います」や「と考えています」という主観的な想像でものを言うのではなく、「クレームの電話がきた」「今日中に折り返す約束をした」など、客観的な事柄を伝えることだ。もし不明な事柄、未確認の事柄があれば、そのまま伝えるようにする。
最後は、相手に伝えたい「結論」から伝えること。先ほどの「質問に対する回答」と同じように、まず結論を述べ、その後から理由を説明することで、無駄なコミュニケーションにエネルギーを費やさずに済む。
コミュニケーションの大きな部分を占めるメールの書き方にもコツが
田中氏はさらに、メールを通じたコミュニケーションのポイントも紹介した。日々やり取りするビジネスメールにおいては「相手の顔が見えないことを意識して書くことが非常に重要です」と言う。
特に重要なのは、「件名だけ見て、何の話か分かる件名を付けること」だという。「今日の件」などという曖昧な件名は論外で、「相手がエネルギーを無駄に消費せずに済むよう、どの日の何の話かが一意に分かるように書きましょう」(田中氏)
またIT業界では、ついついメールですべての用件を済ませてしまいがちだが、本当に重要な事柄は、口頭や電話など別の方法でも念押しすべきという。「メールさえ送れば人は動いてくれると思いがちですが、緊急対応が必要なメールが埋もれてしまうことは珍しくありません」(田中氏)。さらに、日ごろから人間関係が培われていれば、対応のプライオリティを上げてもらえる可能性が高くなる。
余談になるが、田中氏が最近気になっているのが、とうとう「チャット世代」が社会人の仲間入りをしてきたことだ。「チャットでのコミュニケーションに慣れているためか、件名も宛名も、自分の名前すら書かず、ただ『分かりました』とだけ返ってくるメールが多いと聞きます。恐らくメールの書き方を学んでいないのでは」といい、ビジネスメールの作法についてあらためて解説する必要性を感じていると言う。
生まれつきの資質ではない、学習可能な「スキル」
田中氏はこのようにコミュニケーションのポイントを具体例に基づいて紹介した上で、もう一つ気を付けておくべきことを紹介した。それは見た目や態度から受ける「印象」だ。
確かに、見た目や愛想は、能力や技術力とは関係ない。だが、「『この人、本当に大丈夫?』と思わせると、結局自分にとって損になります」と田中氏。身だしなみやあいさつ、返事の仕方といったささいなことで評価が上がるのならば、気を付けない手はないという。
最後に田中氏は、「コミュニケーションのコツは、資質ではなくスキル」と強調した。自分の価値を高め、上司やリーダーに「一緒に仕事をしやすい仲間」と思ってもらうためにも、そのスキルを使わないのはもったいないことだという。
「コミュニケーションは生来の『資質』によるものと思いがちですが、私は、こうした事柄は『テクニック』であり、学習可能な『スキル』の一つだと思っています。従って、それを使うか、使わないかは意志次第です。例えばゲーム好きな人であれば、『このスキルを使ってみよう』と試すのと同じように、コミュニケーションのスキルを使ってみてはどうでしょうか」
それも、まずは小さなこと、ちょっとしたことから試し、場数を増やしていくことが、無理なくコミュニケーションの「筋肉」を付けるコツだそうだ。
「始めは意識してやろうとするとぎこちなくなるかもしれないけれど、それは筋肉痛のようなものです。繰り返していくうちに自然に身に付き、具体的なコミュニケーションができるようになります」(田中氏)。ちょっとした返事など、周りにいるコミュニケーションが上手な人を観察し、まねてみるのも一つの手だそうだ。
セミナーでは田中氏の講演だけでなく、紹介されたポイントを意識し、参加者同士が実際に「質問」や「説明」を行ってみるワークショップも行われた。参加者の一人は「性格ならば直しようがないけれど、『テクニック』であると言われたことで気が楽になったし、『筋力を付けるための筋肉痛』という表現で勇気がわいた」と述べている。また、周囲の同僚のコミュニケーションスタイル改善に生かしていきたいという声もあった。
エンジニアはプログラミングは得意でも、コミュニケーションはどうも苦手……という先入観を、周囲のみならず自分自身も抱きがちだ。だがそうした固定観念にとらわれることなく、ぜひ「スキルとしてのコミュニケーション法」を試してみてはいかがだろうか。
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