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第192回 Intelの消えてしまったプロセッサを思い出してみる頭脳放談

IntelのAtomがリストラされるというニュースが流れてきた。これまでもさまざまなプロセッサが、リリースされては後継モデルもなく消えてきている。その歴史を振り返ってみた。

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 IntelのAtomプロセッサが「リストラ」されてしまうという話を聞き込んだ。このとき、「今使っている8インチのWindowsタブレットの後継機がなくなってしまう」と想像し、個人的に少々慌ててしまった。他にAndroidのスマートフォンやタブレットなども使っているのだが、仕事で持ち歩く際にはWindowsタブレットを愛用している。携帯型のキーボードを使えば、小さいけれどノートPCの代わりとして使えてとても便利なのだ。

 Intelのニュースリリース(「Intel Announces Restructuring Initiative to Accelerate Transformation」)や幾つかニュースを読んで即座に全面的になくなるというわけでもなさそうだ、とは思ったものの、着々とフェーズアウト(段階的になくなる)していく雰囲気がありありなのである。

 しかし、この手のプロセッサの「リストラ」は、ままあることだ。半導体業界では日常茶飯事というと言い過ぎかもしれないが、その事例は多い。別にIntelに限った話でもなく、どこの会社にもあることなのだが、過去のIntelの履歴を見るだけでも枚挙に暇がないくらい事例が見つかる。

 まずは明らかな失敗作で打ち切りとなってしまったものを紹介(?)しよう。古いところでは「iAPX432」なんていうプロセッサが思い浮かぶ。x86がまだ16bit CPUだったころ、次の世代の32bit CPUとして開発していたプロセッサだ。この石(プロセッサ)は意欲的ではあったが、残念ながら性能が全く出なかった。今にして思えば意欲の方向性もかなり間違っていたと思う。無理やり売っていたが、結局切られてしまったのはいたしかたあるまい。

 次に思い出すのは、消えてしまったIntelのRISCプロセッサの2種類「i960」と「i860」だ。当時最も数量が売れていたRISCプロセッサは、SPARCでもMIPSでもないi960だった(既にARMは存在はしていたはずだが誰も気にしていなかった)。しかし儲けの薄い組み込み用途だったので、x86の影に隠れて冷や飯食わされた揚げ句に消えていった。一方、i860は当時としては画期的な浮動小数点性能を武器に、x86が参入できないでいたハイエンドのワークステーション市場攻略に鳴り物入りで登場した。これにはいったんマイクロソフトも乗ったし、多くのチップセットメーカーも乗ったけれど、市場はなかなか広がらず、x86の性能向上とともに切られてしまった。

 他にも、8bitのマイクロコントローラーではベストセラーであった「i8051」系は本家Intelを追い出されて他社に「移籍」しているし、DEC(Compaqに買収され、そのCompaqもHewlett-Packardに買収されている)の忘れ形見といえる「StrongARM」は一時期最速のARMだったが、継子扱いされて最終的には他社(Marvell)に売却されている。

 では、x86系なら安泰かというとそうでもない。x86系チップの中でも切り捨てられてしまったものは多い。人によっては思い出したくもない名前かもしれないが開発コード名「Hummingbird(ハミングバード)」なんてデバイスもあった。PCを制覇したIntelが組み込み市場もx86で席巻すべく鳴り物入りで投入した集積チップ、今でいうSoCである。大勢の組み込み屋さんがこれに乗ったのだが、組み込み業界のタイムスパンで考えると「あっという間」の短期間で切られてしまった。相当困った人が出たはずである。だいたいx86系の組み込み系チップは、最も古いご先祖である「80186」以来、地味な冷や飯食いか、鳴り物入りで登場するもすぐに切られてしまうという繰り返しである。Atomなどはその歴史の中では、最も活躍したものではあるまいか。

 大体、組み込み用途は儲けが少ない。しっかり利幅のとれるハイエンドのプロセッサに比べると、値段も安く、利幅は薄い。会社の景気がいい間は、「市場開拓のためだ」ということで「大目」に見てもらっている。しかし、組み込みなどは地道なもので、そんな急なブレークはまずない。人をつぎ込み、力こぶを入れて、ようやく少しずつ拡大する。しかし、ちょっと景気が悪くなると「儲け」にせよ「成長率」にせよビリに近い当たりにいる割に人手がかかる組み込み系は「バッサリと切られる」という感じである。

 そのようなプロセッサ達の切られる理由としては、市場におけるポジションの重複とか、ターゲット市場の成長性のなさ、成長性のある新規市場へのリソースの集中といったことが理由として挙げられることが多い。中には古い工場の閉鎖に伴うディスコンというケースもあるが、そういうケースは天寿をまっとうしたともいえる。ディスコンのケースでは、ほそぼそと生産が続いていて、古くからの顧客に継続出荷されているだけで、とっくに開発も拡販も打ち切られていることが多いから、はるか以前に引退状態だ。

 「ゲスな」野次馬的な見方だが、リストラの機運が高まるたび、真っ先にリストラされてきたのが組み込み系のようにも見える。プロセッサの命運が尽きた裏では、あちらこちらの部署の命運も尽き、放り出されている人もいるわけだ。そこに単なる会社の業績の悪化とか、市場全体の動向とかを超えた理由が感じられる最近だ。それはIntelに限った話ではない、昨今の米国のIT企業全体に「定期的にリストラ」したくなる仕組みがまさに「組み込まれて」いるようにも見えるのだ。

 昔のシリコンバレーでは、半導体やコンピューター系の会社の中では比較的「自由に」新規プロジェクトが立ち上がっており、それが社内の路線闘争の中で淘汰されていくというシステムで次々と新しいものが登場していた。路線闘争の行き違いから、社外に飛び出していくスピンアウトという独特のスタイルがあり、Intelから飛び出してできた会社も数多かった。

 しかし、20年前くらいにはそういうスタイルは終えんを迎えたのではないか。それ以降、既存の大手IT企業の中からはあまり過激なアイデアは出てこなくなる。そして、巨大化した儲けを背景に、技術なのか売り方なのか、何かユニークなアイデアを持った新興のベンチャー企業を次々と買収してそれを社内に取り込むという方向での展開にチェンジしてきた。

 カードゲームのようなものである。新たな手札を引いてきたら、古い手札の中で役に立たなそうなものは整理しないと手札が溢れてしまう。市場、といっても株式市場の方から常に新たな成長分野と収益の向上を要求され続けるからだ。当然、収益率の足を引っ張る部門は切り捨てたくなる。そして買収やら何だでずぶずぶと増えてしまった人員を減らしたくもなる。定常的にリストラし続けないと人員は増えるばかりなのである。

 米国IT企業にとっては、年率数%くらいのリストラ率は前提条件なんじゃないだろうか。とはいえ一律にどの部門からも人を減らすというのは下策である。そういうことをやっているともうかるものまでだめにしてしまう。当然、今もうかっているもの、成長分野と位置付けているものには手を付けず、それ以外のところでバッサリやる部門を見つけないとならない。それがIntelの場合、いつも組み込み系とかローエンド製品の方なのだ。もうかっている部門でも、この際、特定の嫌な奴を後ろからバッサリというケースもあり得るが……。

 それにしても、安くて軽いWindowsマシンがなくならないように祈るばかりである。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサーのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサーの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサーを中心とした開発を行っている。


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