製造業がアジャイル開発を実践するには? デンソー デジタルイノベーション室長に聞く「イノベーションの前提条件」:DX全盛時代、求められる企業、頼られるエンジニアとは?(2)(1/3 ページ)
ITでビジネスに寄与する「攻めのIT」という言葉が叫ばれるようになって久しい。だが多くの企業において、成果に結び付かない単なる掛け声に終始してきた傾向が強い。では、この言葉の真意とは何か――デンソーで「攻めのIT」を実践、リードしているデジタルイノベーション室長 成迫剛志氏に、今、企業とエンジニアが持つべきスタンスを聞いた。
X-Techに象徴されるデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)のトレンドが進展し、ビジネスは「体験価値の競争」「ソフトウェアの戦い」に置き変えられつつある。これに伴い、ITサービスの「企画力」と、それを形に落とし込む「スピード」が差別化の一大要件となっている。
何より重要なのは、こうしたトレンドが従来型の一般企業に2つの多大なインパクトをもたらしていることだろう。1つは競合の増加だ。「ソフトウェアの戦い」である以上、ITサービス開発がビジネスに直結しているWebサービス系はもちろん、スタートアップや新興企業もライバルになり得る。つまり開発力を武器とする多くの企業が業種や規模の壁を超えて、従来型企業の競合となっている。
もう1つは既存の商流や業界構造の変化だ。Uberやメルカリなど、ディスラプターの例を引き合いに出すまでもなく、全く新しい利便性がビジネスの在り方そのものを変えてしまう可能性が高まっている。今、従来型企業にはソフトウェアを中心に回り始めた経営環境への対応と、既存のものを「改善」「効率化」するのではなく、新しいものを発想する“これまでとは異なるスタンス”が求められているといえるだろう。
こうした中、いち早くDXトレンドに対応した1社が、世界中の主要自動車メーカーに多様な部品を提供している自動車部品のメガサプライヤー、デンソーだ。同社は2017年4月1日付けで組織体制を変更。デジタル革新に向けて、情報システムの次世代化を狙い、従来の「コーポレートセンター 情報企画部」を全社付けの「情報システム部」として再編した。また、設計から生産準備までデジタル化することで開発業務プロセスの変革を進める「EDT(Engineering Digital Transformation)推進部」、FA(Factory Automation)関連事業の事業領域拡大と成長を狙う「FA事業部」なども新設した。
中でも注目されるのは、クラウドを活用したデジタルビジネスの企画開発力を強化するため、技術開発センターに「デジタルイノベーション室」を創設したことだ。営業グループ内に新設された「コネクティッドサービス事業推進部」と連携して、「人・モノの移動にかかわる革新的なITサービス」を内製し、事業化する体制を整えている。
だが周知の通り、DXトレンドやディスラプターに対する危機感は多くの企業が抱いているにもかかわらず、取り組みを進めている日本企業はまだ一部にとどまるのが現実だ。特に日本企業の多くがウオーターフォール型の文化であることも、アジャイルのアプローチが求められるDX実践のハードルとなっている。
ただデンソーの場合、非常に高度な品質・安全性が求められる製造業であり、他業種の企業よりも一段とハードルが高い。にもかかわらず、同社がDXを推進できる理由とは何なのか? 従来型の一般的な企業はどうすればDX推進の第一歩を踏み出せるのか?――技術開発センター デジタルイノベーション室長 成迫剛志氏に話を聞いた。
DX実践の大前提とは
編集部 国内でもDXトレンドが進む中、X-Techを中心にさまざまな先進事例が登場し、各業種で“体験価値の競争”が激化しつつあると思います。貴社では昨今の経営環境をどのように見ていらっしゃいますか?
成迫氏 近年、自動車に関わる市場環境は大きな変革期を迎えており、他業界と同様に「ソフトウェアの戦い」が迫られています。特に自動車業界におけるDXの柱となるのがコネクティッドカーです。車がネットワークを介してクラウドとつながることで生み出される価値は非常に大きく、自動運転もその1つとして注目されています。
デジタルイノベーション室は、そうした新しい価値をスピーディーに企画・実現するために設置されました。そのためにはシリコンバレーのIT企業のように、β版をリリースして反響をうかがい、トライ&エラーを繰り返しながら迅速に改善していくスタイルが不可欠です。
そこで技術面では2つの方向性を定めました。1つは「アジャイル開発」、もう1つは「クラウドネイティブ」です。これによってスピーディーにITサービスを開発・リリース・改善する体制を整えました。現在はMVP(Minimum Viable Product)を3カ月以内にリリースすることを目指しています。われわれの競争相手はディスラプターであり、シリコンバレーのスタートアップのような企業が中心ですから、彼らと同じ手段を使わなければ勝てないという認識です。
ただし、最も大切なのは単に「速く開発すること」ではなく、「顧客が本当に必要としているサービスを構想・企画・開発し、ビジネスを含めてスピーディーに進化させていくこと」。そこでサービスデザイン、サービス思考のアプローチによって、サービス開発の上流工程を含めた“コトづくり”の全てに一貫して取り組んでいるのです。
編集部 ただ製造業にとって、高度な品質・安定性・安全性を担保することは最重要課題だと思います。そうした文化にアジャイル開発を取り入れるのは難しかったのでは?
成迫氏 確かに私もデンソーに入社した際、“日本ならではの良品質”を維持向上するためのさまざまな取り組みをしていることに驚きました。ただ開発・リリース・改善のスピードが必要とはいえ、ITサービスが低品質なものでいいというわけでは決してありません。かといって、従来の品質保証方法をアジャイル開発にそのまま適用することはできません。
そこで現在、「アジャイル開発やDevOps、CI/CDを実践する場合、どのような品質保証の在り方が望ましいのか」、品質保証部門と議論しています。まずはアジャイル開発のやり方、CI/CDのやり方を理解いただいた上で、“新しい手法によるサービス開発”にはどのような品質保証の在り方が望ましいのか、共に検討しているのです。
編集部 DXの取り組みは、ある部門だけで「試行する」ケースが多いと思うのですが、まさしく「事業」として取り組んでいるわけですね。ただそうした取り組みを進める上では、「ITに対する経営層の理解」が不可欠といわれています。貴社の場合、トップの理解が非常に深いように思うのですが。
成迫氏 そうですね。アジャイル開発の導入に当たっては、やはり経営層の理解があったことが大きな一助となりました。技術の会社であるため、「先進的なものを世に出していく」という考え方は非常に強いです。デンソーには1949年の設立以来、培ってきた価値観や信念を明文化した「デンソースピリット」という行動指針があり、「先進」「信頼」「総智・総力」という言葉を掲げています。
特に「ITの力を使った顧客体験価値」が強く求められている今、お客さまである自動車メーカーに高品質な部品を提供するとともに、世の中の変化を先取りした“デンソーの新しい価値”を伝えていくことが必要だと経営層は考えています。4月の組織変更も「100年に一度の変革期」への対応として「他社より先行してDXに取り組むべきだ」という強いメッセージを社内外に発信しています。現場の意見が通りやすい風通しの良い文化でもあり、現場の考えは確実に経営層に届いていると思います。
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