製造業がアジャイル開発を実践するには? デンソー デジタルイノベーション室長に聞く「イノベーションの前提条件」:DX全盛時代、求められる企業、頼られるエンジニアとは?(2)(2/3 ページ)
ITでビジネスに寄与する「攻めのIT」という言葉が叫ばれるようになって久しい。だが多くの企業において、成果に結び付かない単なる掛け声に終始してきた傾向が強い。では、この言葉の真意とは何か――デンソーで「攻めのIT」を実践、リードしているデジタルイノベーション室長 成迫剛志氏に、今、企業とエンジニアが持つべきスタンスを聞いた。
「攻めのIT」とは何か?
編集部 一方、貴社ではコーポレートセンター 情報企画部(現・情報システム部)が子会社のデンソーITソリューションズとともに2011年、プライベートクラウドを構築し、OSS(オープンソースソフトウェア)も積極的に採用するなど、以前からITを重視するスタンスが強かったように思います。今回、全社横断の組織となった情報システム部とは別に、デジタルイノベーション室を設けた理由とは何だったのでしょうか?
成迫氏 当初は情報システム部門の開発チームにアジャイル開発を導入することも検討していました。しかし情報システム部門の業務量や時間的余裕を考えると、イノベーションに取り組むチームは別に作った方が良いと判断しました。デジタルイノベーション室を、「“攻めのIT”を担う第2の情報システム部門」と位置付け、全く別のアプローチで取り組むことしたのです。
編集部 「攻めのIT」というと多くの企業で重視されていながら、スローガンに終始してきたケースが多いと思います。あらためて「攻めのIT」とはどのようなことだとお考えですか?
成迫氏 スローガンにしないためには「攻めのIT」が何を指すかを明確にしなければいけないと思います。「IT部門が経営に直接貢献せよ」といったことが叫ばれてきましたが、従来のIT部門の取り組みは「ビジネスに寄与」というより、ビジネスを支える「システムの合理化、効率化」にフォーカスされてきた。より端的に言えば、「いかに収益を創出するか」というより「いかにコストを削減するか」が重視されてきました。一方、DXにおいては「新しいビジネス、新しい価値」を作り出さねばならず、そのためにITが不可欠となっています。つまり経営とITが車の両輪のような関係になっている。これを担うのが「攻めのIT」だと考えます。
編集部 従来のIT部門の役割を「守りのIT」と呼ぶとしたら、同じ部門、同じ人材がそうした「攻めのIT」も両立するのは難しいのでしょうか?
成迫氏 「攻めのIT」とは「すでにあるビジネスをどう効率化するか」ではなく、「いかに新しいビジネスを作るか」といった取り組みなので、役割として180度違うと思います。IT部門が担ってきた役割にもよるとは思いますが、基本的には同じ人たちが両方に取り組むのは難しいでしょうね。例えばサッカーのディフェンダーの選手が守りの役割を果たしながらフォワードの役割も同時にこなせるかというと難しい。「攻めのIT」と「守りのIT」ではモチベーションも必要な技術も違います。「改善しよう」というより「全く新しいものを生み出そう」というモチベーションがまず必要だと思います。
編集部 では「攻めのIT」を担う部署を作るには、そうした人材をどのような基準で探せばいいのでしょう? デジタルイノベーション室ではどのような基準で採用したのですか?
成迫氏 「ビジネスの知見とともに、ITの知見も併せ持っている人」ですね。より具体的には、「コーディングはできないが、世の中のIT動向をしっかりと把握している人」「クラウドを使った他社のイノベーティブなサービス開発事例があれば、その裏側で何がどのような仕組みで動いているか、概念的に理解できる人」です。社外、社内の両方から公募で採用しました。
社内では情報システム部門に限らず、事業部から来た人材もいます。彼らは「生産管理システムの開発・運用・維持保守を専門に担ってきた」IT部門の人たちより、Webの新しいテクノロジーなどITサービスに関する技術はよく分かっていると思います。どちらが優れているという話ではなく、従来の情報システム部門とは、求められる技術、知見の領域が違うのです。
「攻めのIT」を、まず肌で感じること、感覚を理解すること
成迫氏 やはりDXの実践は、人(の経歴や特性)に拠るところが大きいと思います。例えばSIerの力を借りながら、ずっと社内システムの開発・運用を担当してきた人にとって、「ビジネスを生み出すITを担え」と言われても、具体的に何をすれば良いのかイメージできないのではないでしょうか。生産管理システムやSCMシステムを担当してきた人に、いきなり「ビジネスを考えろ」と言っても難しいですよね。
私自身はIT事業者として、インターネット黎明期からITとビジネスが直結しているWebサービス系の顧客企業と働いてきた経験が長いため、「攻めのIT」を実践するなら、「こういうテクノロジー、フォーメーション、モチベーションが必要だ」といった具合に実践計画を組み立てられましたが、経験がなかったら難しかったかもしれません。
編集部 経験がない場合は、例えばIoTサービス開発支援など、外部のコンサルティング会社に支援を依頼するも選択肢もあるかと思います。しかしシステム開発を外注してきたような場合、何をするべきか自分で考えるのは確かに難しい部分があるかもしれませんね。では、そうした企業の場合、DXの実践に向けて、まず何から取り組めばいいと思いますか?
成迫氏 これは個人的な意見ですが、何より大切なのはまず「肌で感じること」「感覚を理解すること」――そういう「場」に行ってみることだと思います。メディアなどで紹介されているDX事例などを読んだり聞いたりしているだけでは(何が必要で、何をすればよいのか)分からないと思いますね。
例えば、新しいITサービスの開発において、スピードも必要ですが、品質も従来と同じように担保しなければならない。しかし従来型のウオーターフォールのアプローチでは到底スピードを担保できない。“新しいやり方”が必要なのです。
しかし彼らは「絶対に問題を起こしてはいけない」がために、その当時としては合理的な判断の下、ウオーターフォールやITILのアプローチを取り入れ、厳格に開発・運用を行ってきた経緯があるわけです。そうした人がいきなりクラウド、アジャイル、DevOpsの必要性を説かれても、(これまでの習慣や現場の実態を思えば)「そんなこと言われても」と戸惑うのが当然ではないでしょうか。
実際にDXの現場に入ってみないと“新しいやり方”は理解しにくいと思います。この点について、前職時代にいろいろな企業の情報システム部門の方、CIOの方とディスカッションしたことがあるのですが、「いっそのことWebサービス系企業に出向させる方法もあるのでは」という意見もありました。
よって、そうした人たちには「外を見よう」と伝えたいですね。自社の中だけを見ていると井の中の蛙になりがちなので、いま外で何が起きているのか、実際に体験してみることが大事です。会社側もそうした機会を作ってあげるべきだと思います。例えば「大手IT企業のセミナー」に参加するだけでなく、JAWS-UG(AWS Users Group ―Japan)などに参加し、クラウドを使ってビジネスを推進しているプレイヤーたちに直接接してみる。いろいろな気付きがあると思います。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.