Suicaに学ぶ、「働き方改革」でかえって負担が増える理由〜“誤った自動化”は高確率で失敗する〜:久納と鉾木の「Think Big IT!」〜大きく考えよう〜(9)(1/3 ページ)
今回は働き方改革について考えてみる。政府肝煎りの働き方改革、これは掛け声だけの精神論や、自動化システムを導入するだけで実現されるものではない。実はこの推進には、Suica導入までの歴史がとても参考になるので、これを一緒に探ってみたい。
編集部より
数年前から「デジタルトランスフォーメーション」という言葉が各種メディアで喧伝されています。「モノからコトヘ」といった言葉もよく聞かれるようになりました。
これらはUberなど新興企業の取り組みや、AI、X-Techなどの話が紹介されるとき、半ば枕詞のように使われており、非常によく目にします。しかし使われ過ぎているために、具体的に何を意味するのか、何をすることなのか、かえって分かりにくくなっているのではないでしょうか。
その中身をひも解きながら、今の時代にどう対応して、どう生き残っていけばよいのか、「企業・組織」はもちろん「個人」の観点でも考えてみようというのが本連載の企画意図です。
著者は「モノからコトへ」の「コト」――すなわち「サービス」という概念に深い知見・経験を持つServiceNowの久納信之氏と鉾木敦司氏。この2人がざっくばらんに、しかし論理的かつ分かりやすく、「今」を生きる術について語っていきます。ぜひ肩の力を抜いてお楽しみ下さい。
「ノー残業 居なくなるのは 上司だけ」(第30回第一生命サラリーマン川柳第17位)皆さんもすぐにピンと来たことだろう。この川柳は、政府も盛んに喧伝している働き方改革について、その理想と現実のギャップを皮肉った作品である。そう、今回は働き方改革について一緒に考えてみたい。
まずは、働き方改革の定義と現状認識について、皆さんと足並みをそろえておこう。
日本経済団体連合会は「働き方改革アクションプラン」として、(1)長時間労働の是正、(2)年次有給休暇の取得促進、(3)柔軟な働き方の促進を掲げている。つまり、経団連は『働き方改革』を、この3つの指針を推進することと定義しているわけだ。ところで皆さんは、この指針を受けて各企業が効果的に『働き方改革』を進めていると感じているだろうか?
筆者の認識はNOだ。その理由も説明しよう。
筆者がこれまで見たところ、各企業の『働き方改革』への取り組みは、経団連指針の3を目指すものばかりなのだ。具体的には、各企業の現行の取り組み内容は、たいがい以下3つのどれかに該当している。
- A.タブレット端末などの積極導入によるモバイルコンピューティングの実現
- B.チャットや電話会議システム採用によるコミュニケーション手段の拡充
- C.クラウドストレージなどの採用による社外からも含めた情報アクセスの拡大
ところが、冷静に眺めてもらうとすぐに気付くが、これらABCは働く場所の柔軟性を高める効果(=経団連指針の3)はあっても、業務自体を減らす効果については不透明だ。
整理すると、仮に運良くABCの3つ全てが成功しても、処理すべき業務自体は減らないし、納期も待ってはくれない。よって、会社が早く帰宅しろ(指針1)、もっと有休を取れ(指針2)と声高に叫んでも、実質的な効果はあまり期待できない。むしろ指針3と合わさって、『在宅勤務』や『裁量労働』というはやり言葉にカモフラージュされた、『持ち帰りサービス残業』や『ダミー有給休暇』を加速させるという本末転倒な事態も起こり得るわけだ。
つまり働き方改革とは、業務をどうやったら減らすことができるか? という本丸を攻略し、指針1と2も推進しない限り、本来意図した成功にはたどり着けないというのが筆者の見解だ。
では、業務とはどうやったら減らせるのだろうか?
有効な手段は自動化だ。今は担当者が手動で提供している業務サービスを、機械が代行してユーザーに提供すれば、担当者をその業務から解放できるという寸法だ。
しかし、ここに落とし穴がある。詳細は後述するが、安易な自動化――例えば、業務サービスのユーザーインタフェースを対人から機械に置き換えるだけの自動化――は、施策としては高い確率で失敗する。なぜならユーザーは、融通の利かない機械を相手に、自分で手順を探り当てるような操作は苦手だし、そもそも手順が変更になることを嫌う。だから、この変更がよほどユーザー体験を高める内容になってないと、新しい手順はユーザーに定着しない。定着しなければ担当者の業務解放も達成されない。
ここまでの話を整理しておこう。働き方改革について3つのポイントを述べた。
- 働き方改革の推進には、業務自体を減らすという本質的な取り組みが不可避である
- 業務を減らすには、自動化による業務解放が有効な手段である
- ただし、現行業務の安易な自動化はユーザー体験を高めないので、業務解放施策が期待した成果を上げない公算が高い
さて、いったんここでSuicaの話に入ろう(以下、本質的にはPASMOもICOCAも同じ)。
筆者は、Suica導入までの一連の経緯を、乗車プロセスの変革と捉えている。もちろんSuicaを使った乗車プロセスと、企業内の業務プロセスとは全く別物だ。しかし、乗車プロセスを大きな枠組みとして捉えたとき、その枠組みに対する変革は企業内の働き方改革にも十分転用可能だと考えている。これが、今回Suicaを題材として採用した意図だ。
先に言っておくと、興味深いことに、Suica導入までの旧国鉄とJRの取り組みにおいて、ある時期までの施策は、働き方改革に取り組むわれわれにとって決して真似してはいけない反面教師だが、一転ある時期以降の施策は、われわれが参考にすべき理想的なアプローチだと思う。つまりSuica導入の歴史は、良い面と悪い面の両面で示唆に富んでいるのだ。
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