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Suicaに学ぶ、「働き方改革」でかえって負担が増える理由〜“誤った自動化”は高確率で失敗する〜久納と鉾木の「Think Big IT!」〜大きく考えよう〜(9)(2/3 ページ)

今回は働き方改革について考えてみる。政府肝煎りの働き方改革、これは掛け声だけの精神論や、自動化システムを導入するだけで実現されるものではない。実はこの推進には、Suica導入までの歴史がとても参考になるので、これを一緒に探ってみたい。

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誰がために自動化の鐘は鳴る? 

 最初は、Suica誕生のはるか前、自動券売機誕生の話から始めよう。

 皆さんの中でどれぐらいの方が、まだ駅に自動券売機がなかった時代の記憶をお持ちだろうか? 筆者はまだ小学生だったがよく覚えている。

 当時は電車に乗ろうと思ったら、駅に行き国鉄職員が待つ券売窓口で、例えば「新宿駅まで1人」なんて言うと「120円、でも子供だから(半額の)60円だね」と言われ、お金を渡すと切符とお釣りをくれた。乗客目線で言うと、券売プロセスは簡素で自動化されていた。実際小学生の子供でも迷うことなく買えたぐらい簡単だった。

 ところが、これがある日を境に自動券売機なるものが登場すると、駅に貼られた路線図から自分で目的地までの運賃を読み取り、券売機で正しいボタン(120円)と子供ボタン(半額になる)を押す必要が出てきた。誤って少ない額の切符を買ってしまうと差額を後で精算させられるのに、多い額の切符を買ってしまうと差額は捨てることになる。乗客目線で言うと、負う責任が増え、券売プロセスは極めて手動化された。自動化という名の下に。

 この券売自動化の鐘は、誰のために鳴らされたのだろうか?

 皆さんもお気付きだと思う。そう、これは、乗客のための自動化ではなく、国鉄のための自動化だったわけだ。乗客のユーザー体験は上がるどころか下がった。寡占事業のJRが自動券売機しか選択肢を残さないから、われわれはこれを渋々使っているにすぎない。有人窓口があればそっちを使いたい。その証拠に新幹線の乗車券を、自動券売機ではなく、みどりの窓口で買い求める長蛇の列が依然として存在することをご存じな読者も多いはずだ。

 実はこの現象は、企業で働くわれわれにとっても他人ごとではない。例えば企業の人事サービスが自動化されるときの光景によく似ている。人事部門が従業員応対プロセスを自動化すべくWebポータルを設置し、必要なドキュメントへのリンクや各種申請画面をこれに集約する。しかし、このプロセスは従業員になかなか浸透しない、使うユーザー側からすると面倒くさいのだ。依頼や問い合わせの電話/メールを人事担当者に直接出した方が分かりやすいと感じる。なので、人事担当者は応対業務から一向に解放されない。Webポータルによる自動化プロジェクトが期待外れに終わるケースが後を絶たないわけだ。

教訓1:サービス提供者目線の自動化は、往々にして提供機能の安易な自動化(=現行業務をそのまま機械に載せ替えること)を導き、ユーザー体験を高めるという視点が希薄なためユーザーには浸透せず、期待したほどサービス提供者を業務から解放しない。これでは働き方改革は何も進まない。


 話を続けよう。自動券売機誕生から数年が経ち、1987年に国鉄がJRに民営化されると、自動改札機、自動精算機なる”JRのための”自動化システムが追加された。起きた現象(起きた悲劇!)は自動券売機に勝るとも劣らない。

 自動改札機については、それ以前は、通勤通学者は改札口で定期券を定期入れごと駅員に見せるだけで済んだのに、毎朝夕わざわざ定期券を定期入れから取り出して改札機に通す手間を強いることになった(定期券を取り出しやすいように、透明プラスティック部分に楕円形の穴が開いている定期入れが当時重宝されていたのを覚えておられるだろうか?)

 自動精算機については、以前は出札処理と精算処理は有人改札口1カ所で、同時に済ませられたものが、自動化後は精算のためにわざわざ自動精算機にいったん寄る手間が増えた(乗り越しに気付かず改札を抜けようとすると、自動改札機に足を“自動で”ブッ叩かれた上に「ピンポーン(この人乗り越ししようとしてますよ)!」と音と光で公開処刑⁉されてしまう)。

 これらの現象も、企業で働くわれわれにとって他人事ではない。人事部門に引き続いて、経理部門や総務部門もその応対を自動化した状況に似ている。例えば、異動、結婚、出産などで身上変更が発生し、人事、経理、総務の全てにそれぞれの応対サービスを通して変更届を提出する必要が出てきたら、三者三様のWebポータルにアクセスし、似ているけど、お作法と面倒くささがちょっとずつ異なる変更申請を繰り返すはめになる。

教訓2:サービス提供側が、それぞれ部門単位で自身の提供機能を安易に自動化すると、サイロ化が加速してユーザー側の業務負荷が増えていく。働き方改革から遠のいてしまう。


 さらに続けよう。2001年になり、ついにJR東日本がSuicaを投入する。どんなインパクトがあったかについては、皆さんも比較的記憶に新しいと思う。

 ユーザーの実感としては、Suicaに十分な金額をチャージしておけば、切符を買わずに電車に乗れるようになったことが大きい。必要な行為は入出札時に改札機にSuicaカードをかざすだけ。裏では、入札時にカードに入札記録を保存し、出札時に正当性チェックと運賃精算をしている。定期券情報が同じカード上にあれば運賃への自動適用もしてくれる。

 整理すると、Suicaによって乗車プロセスが大きく様変わりし、

  • 切符を買うという行為自体が削除された(切符という概念その物が介在不要になった)
  • 出札行為と精算行為が再び一体化された
  • 乗客に求められるのは、入出札時の簡素な改札行為(カードをかざす)のみとなった

 これらにより、『どこに行くときも通勤/通学定期券で乗車するようなユーザー体験』を実現したわけだ。

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その自動化、いったい誰のためのもの? 何のためのもの?

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