「日本版GPS“みちびき”本格始動で数センチ級精度の位置情報取得が可能」は本当か:ものになるモノ、ならないモノ(78)(1/2 ページ)
衛星測位に関し、複数のアプリ開発者の、真偽に疑問符が付く言説に接した。それは、「日本版GPSが本格始動すれば、数センチの精度で位置情報の取得が可能」というものだ。スマホの測位機能だけでそこまでの精度が確保できるものだろうか。「数センチ級精度の疑惑」を晴らすべく、日本版GPS衛星「みちびき」を所管する内閣府と一般財団法人衛星測位利用推進センター(SPAC)に話を聞いてきた。
スマートフォン(スマホ)にとって位置情報サービスは、欠かせぬ機能となった。例えば、iPhoneの「設定」アプリ内「プライバシー」→「位置情報サービス」を開いてみると、「こんなアプリまで位置情報利用しているの?」と驚かされる。そこには、実用系からゲームに至るまで、あらゆるジャンルのアプリが並んでいる。位置情報はなくてはならない「コンテンツ」として、われわれの生活にしっかりと寄り添っている。
iOSにおける位置情報は、衛星測位システム(いわゆるGPS)、Bluetooth、Wi-Fiスポット、携帯電話基地局などの情報を基に割り出している。Androidも似たようなものだろう。ちなみに、Googleのヘルプでは「現在地の推定にはWi-Fi、モバイルネットワーク、センサーなどが使用されます」と記載されている。
複数の技術的手段で現在地を特定しているスマホの位置情報システムだが、中でも重要な役割を担っているのが、衛星測位であろう。多くのスマホが衛星からの電波を受信するための仕組みを内蔵し、主に屋外での現在地の取得に高い効果を発揮している。
スマホの位置情報の仕組みは、アプリ開発者に開放されている。iOSの場合は、「Core Location」フレームワークという形態で位置情報を包括的に提供するにとどまるが、Androidの場合は、未加工の衛星測位データを取得するために「Raw GNSS Measurements」でAPIやデータの解析ツールの提供と案内を行っている。Androidの開発者には、オリジナリティーに富んだ位置情報利用の道が開かれているわけだ。
ただ、筆者を含めアプリ開発者の中で、衛星測位についての十分な知識を有している人は、それほど多くはないようだ。決められたAPIを決められた手順でたたけば、労せずして測位データが得られるわけだから、ブラックボックス化も当然であろう。
そのような折、衛星測位に関し、複数のアプリ開発者の、真偽に疑問符が付く言説に接した。それは、「日本版GPSが本格始動すれば、数センチの精度で位置情報の取得が可能」というものだ。当初は、なるほどそういうものかと思ってはいたのだが、何となく違和感がある。スマホの測位機能だけでそこまでの精度が確保できるものだろうか。そもそも、スマホのアプリにそこまでの精度が必要とされるのだろうか。
というわけで、「数センチ級精度の疑惑」を晴らすべく、日本版GPS衛星「みちびき」を所管する内閣府と一般財団法人衛星測位利用推進センター(SPAC)に出向き、話を聞いてきた。日本版GPS衛星は、準天頂衛星システム「みちびき」が正式名称だ。
GPSと「みちびき」の併せ技で誤差は1〜2メートルに
「みちびき」についての基本的な情報を押さえておこう。「みちびき」は単体の衛星の呼称ではなく、衛星測位システム全体の名称だ。現在の計画では、全部で7機の衛星が稼働する予定である。まず、技術的な検証を目的として2010年9月11日に初号機が打ち上げられた。しかし、その半年後、東日本大震災が発生。災害時の安否確認、堅牢な情報配信サービスの必要性などの課題が急浮上したことで、衛星の有用性に注目が集まった。そこで、国を挙げてシステムの整備を進め2017年に3機が相次いで打ち上げられ、4機体制が確立。2023年には、7機体制での運用が予定されている。
2017年、3機が打ち上げられたことで4機体制が確立し本格運用が可能となったが「みちびき」以前は、米国のGPS衛星のみで測位を実施していたのだ。ただ、都市部ではビル、山間部では山や樹木に電波が遮られ、「見える」衛星の数が減り正確な測位の妨げになっていた。
正確な衛星測位を行うためには、最低でも4機の衛星が可視状態でなければならず、その数は多い方がより有利になる。「みちびき」が4機体制になったことで日本の上空に常に1機以上の「みちびき」が「見え」、従来のGPS衛星との併せ技を行うことで、遮蔽(しゃへい)物があっても、より高精度な測位を実施することが可能だ。つまり、「みちびき」により、GPS衛星を「補完」することで精度を上げようという考え方である。
【訂正:2018年7月12日午後6時30分】初出時、「日本の上空に常に3機のみちびきが見え」という表現になっておりましたが、筆者の事実誤認であることが判明したので「1機以上」に変更しました。お詫びして訂正いたします(編集部)。
次の図版は、衛星の位置をリアルタイムで確認できる「GNSS View」というサイトだ。「QZSS」が「みちびき」を表し、GPS(米国)、GLONAS(ロシア)、BeiDou(中国)、Galileo(欧州)などの位置を確認できる。
スマホで数センチ級の測位は可能なのか?
「みちびき」の電波は、GPSと互換性が保たれているため、スマホでも「みちびき」のからの電波を受信できる。内閣府のページには、対応する端末が掲載されている。iPhoneであれば、6s/6s Plus以降、サムスンであれば、Galaxy Note8、S8/S8+などが対応している。
【訂正:2018年7月12日12時40分】初出時、「6s/6s Plus以降(日本発売モデルのみ)」という表現になっておりましたが、米国モデルもQZSSに対応済みであることが判明したので「(日本発売モデルのみ)」を削除しました。お詫びして訂正いたします(編集部)。
気になるのは、4機体制になった「みちびき」とGPS衛星との併用で数センチ級の測位が可能か否かという点だ。結論から言うと無理。数センチ級の測位を行うためには、特別な機器を利用した別の仕組みが必要になる(詳細は後述)。とはいえ、GPS衛星だけのときよりも、精度が向上するようだ。では、どの程度の誤差で測位可能なのか。SPAC利用実証促進部部長の松岡繁氏は、「都市部では数メートル〜10メートルだが、周囲に遮蔽物がない場所だと2〜6メートル程度の誤差で測位可能」と明かす。
これは筆者の経験則での印象だが、場合によっては、都市部で20〜30メートルは普通にズレていたので、それだけでもずいぶんと正確になったものだと感心する。まさに「みちびき」効果というやつであろう。
次の図は、内閣府サイト内の「都市部でのQZ1測位モード比較」から、一部図版を抜き出して筆者がまとめた測位実験の様子である。
この実験が実施されたのは2015年2月27日とあるので「みちびき」が1機体制の時代だ。1機体制の補完でここまで精度が向上するのだから、4機体制になった現在は、鬼に金棒という印象を持ってしまうのだが、フィールドでの実質的な精度については、今後利用を重ねる上でどの程度向上するのかが、明らかになっていくのだろう。
専用の機器を導入することで数センチ級の測位も可能
では、将来的には、スマホ単体での数センチ級の測位が可能になるのであろうか。それが実現できれば、アプリ開発の幅も広がり、とんでもないアイデアが登場しそうな気がする。例えば、「AR(Augmented Reality)アプリで、実世界の精緻な位置情報にオブジェクトをひも付けユーザー間で共有する」といった使い方が可能になる。
公園のような場所にARのアート作品を設置し、作品の表面にユーザーが自由に落書きができるようなアプリを作ったとしよう。数センチ級の測位が可能なのだから、リアルな落書きにも負けない正確な位置関係でたくさんのユーザーの落書きが並ぶ、といったことも可能になるのだろう。
だが、ことはそう簡単ではない。「『補強信号』を受信するための専用の受信チップが必要になる。グローバル展開するスマホのメーカーがそのようなチップを導入するかどうかは疑問だし、仮に導入してもバッテリー消費の問題がある」(松岡氏)と話す。
確かに、前述のようなARアプリがあれば楽しいことだし、いろいろなアイデアも生まれよう。だが、コスト上昇やバッテリー消費とのトレードオフの関係において、スマホに数センチ級測位の合理性を見いだせるのかというと、疑問符が付くのは否めない。
結局のところ、数センチ級測位は、自動運転、測量機器、農業機器といった精度の高い位置特定が求められるサービスや機器に必要とされる技術であり、コストや電力消費の問題も大きなハードルにはならない機器や使用環境において導入が進むと思われる。
ただし、「世界的にスマホでの測位の高精度化が検討されている」(松岡氏)そうなので「スマホで数センチ級測位」は夢のまた夢というわけではなさそうだ。
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