デザイン思考とアジャイル経営が、企業活動の根幹になる――SOMPOホールディングス グループCDO 楢崎浩一氏:今問われるCDOの役割(1)(2/3 ページ)
デジタルトランスフォーメーションのトレンドが進む中、デジタルビジネスに特化した部署を作るケースが増えてはいる。だが、その多くが局所的な取り組みに終始し、デジタル戦略を推進するCDO(Chief Digital Officer)という役割も、言葉だけが独り歩きしている傾向も見受けられる。ではデジタル戦略とはどのように推進すべきものなのか? CDOの役割とは何か?――第一線で活躍しているCDOに、その職務の意義と具体像を聞く。
保険から、安心・安全を提供するサービスへ
編集部 これまで行ってきた持続的イノベーション、破壊的イノベーションの事例を教えていただきたいのですが。
楢崎氏 持続的イノベーションについては、昨年提供を開始した「カシャらく見積もり」が良い例だと思います。
お客さまの車検証や自動車保険証券をタブレット端末のカメラで撮影すると、そのイメージデータをAIで解析してデータ化し、当社の補償内容と照合して、自動的に当初の保険商品の見積もりを行うというサービスです。代理店の営業担当の方がこのアプリを使うと、お客さまの既存の契約書を撮影するだけで、保険の見直しを10秒程度で正確に提案できるようになります。
この場合、既存の業務の在り方はほとんど変わりません。しかし「契約書を少し見せていただければお安くなるか、すぐにお見積もりできますよ」と新しい提案につなげることができます。それによって何十倍という成果につなげることができるのです。
編集部 まさしくモード1にモード2のアプローチを適用した事例ということですね。
楢崎氏 はい、既存業務の枠組みの延長にあるので、持続的イノベーションに当たりますが、クラウドを活用してアジャイルのアプローチでサクサクと作り、現場のニーズをスピーディーにくみ取ることがポイントと考えます。
編集部 モード1領域の省力化は人減らしにつながるとして社内の抵抗に遭うケースもありますが、この取り組みは性質が違いますね。
楢崎氏 まったく違いますね。現場作業の改善という点ではドローンの活用も良い例です。2015年から保険事故の損害調査にドローンを活用していて、事故現場を空から確認しデータ化・再現することで、保険金の支払いまでをスピーディーに行えるようにしています。実際に最近被災した方から「一生忘れません。恩に着ます」といった声もいただくなど、省力化といった枠を超えた取り組みになっています。
コールセンターへのAI活用も行っています。質問内容をAIでリアルタイムに解析し、オペレータがどのように返答するかを提示して、保留時間を1割削減するなど、顧客満足度の向上につなげています。人手不足の中でも顧客との接点を強化する必要に迫られていますが、AIを味方にすることで、人が働きやすい環境を整えることができるのです。
編集部 テレビCMも行っているセゾン自動車火災保険の「おとなの自動車保険」の「つながるボタン」も、既存の枠組みを用いながら新しいビジネスにつなげる持続的イノベーションの1つなのでしょうか。
参考リンク:セゾン自動車火災保険「つながるボタン」
楢崎氏 そうですね。事故を起こしたときにボタンを押せば、事故受付担当者に電話することができ、綜合警備保障会社のALSOKが現場に駆けつけ事故対応をしてくれます。特長は、必ずしも「事故対応時に電話連絡するボタン」であるだけではないことです。ボタンには事故の衝撃を感知する機能がついており、事故時に強い衝撃を受け、ボタンを押せない状況でも、反応がない場合は事故受付担当者から登録の携帯電話に電話がかかってくるため、安心です。また、内蔵の加速度センサーが取得したデータを基に、「今日の運転は◯点」「急ブレーキなどの危険挙動は◯件」といった日々の安全運転をサポートするツールにもなる。実際にその仕組みを備えたドライブレコーダーを活用した法人向け安全運転支援サービス「スマイリングロード」も製品化しました。事故も実際に2割減らすことができました。
編集部 技術的にはどのような手段を使っているのですか。
楢崎氏 データの解析結果がすぐに求められるようなサービスを開発する場合は、全てクラウド側で処理する仕組みだとレイテンシーが問題になる。そこでエッジで求められるデータ処理基盤は、オンプレミスに構築・運用する体制にしています。具体的には、AIを使った解析基盤として「SOMPOエッジAIセンター」というデータセンターを、情報システム部門とは別に、デジタル部門として運用しています。前述したコールセンターAIや安全運転支援AIはこのデータセンターを利用しています。
こうした取り組みは昨年だけで42件のPoCを行い、このうち10件がマーケットに投入されている状況です。
イノベーションに不可欠なトップの意思
編集部 まさにアジャイルのアプローチで、「従来の保険」から「安心・安全を提供するサービス」への変革につなげているわけですね。では一方の、破壊的イノベーションに属する取り組みにはどのようなものがあるのでしょうか。
楢崎氏 自分たちでデータサイエンティストの学校を作ったケースがあります。基幹システムも含めると社内には多くのデータベースがあり、大量のデータがあります。これらを活用するためにボトルネックになるのがデータサイエンスを行う人材です。そこで、2017年にデータサイエンティスト養成講座「DATA SCIENCE BOOTCAMP」を開講しました。
デジタルハリウッドさんと協力していて、これまでに金融機関、総合商社、建築会社、研究職、経営コンサルタント、 臨床工学士などさまざまな職歴の社会人50名以上を育成してきました。最低「Pythonを書けること」が受講の条件です。3カ月の講座ですが、そのうち2カ月は実際のクルマの走行データや事故データを使って、データ分析からアプリケーション開発までを行います。その卒業生のネットワークを使って「SOMPO D-STUDIO」というオープンイノベーションを目指すラボも新たに開設しています。
参考リンク:SOMPO D-STUDIO
また、ホワイトハッカーを組織してお客さまの脆弱性を診断したり、リスクを未然に評価するサイバーセキュリティサービス事業があります。サイバー保険は以前から取り扱っていましたが、こうした形式のサービスで「事故が起こる前から予防する」取り組みは初めてです。SOMPOリスケアマネジメントが担当しています。
参考リンク:SOMPOリスケアマネジメント
編集部 破壊的イノベーションは内部的に痛みを伴うと言われますが、社内から抵抗はなかったのですか。
楢崎氏 サイバーセキュリティサービス事業については、「保険会社が事故が起こる前の部分に踏み込んでいいのか」「サイバーセキュリティのようなテクニカルな内容を扱えるのか」といった懸念の声や反対する議論はありました。結局、どうしたかというと経営トップの英断です。「やってみろ」とトップが率先して推し進め、実際に立ち上げてみると、マーケットから大きな反響があった。今は、保険会社としての評価を高めるものとして、さらに投資し規模を拡大しようという方向に変わっています。
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