デザイン思考とアジャイル経営が、企業活動の根幹になる――SOMPOホールディングス グループCDO 楢崎浩一氏:今問われるCDOの役割(1)(1/3 ページ)
デジタルトランスフォーメーションのトレンドが進む中、デジタルビジネスに特化した部署を作るケースが増えてはいる。だが、その多くが局所的な取り組みに終始し、デジタル戦略を推進するCDO(Chief Digital Officer)という役割も、言葉だけが独り歩きしている傾向も見受けられる。ではデジタル戦略とはどのように推進すべきものなのか? CDOの役割とは何か?――第一線で活躍しているCDOに、その職務の意義と具体像を聞く。
「保険の先へ、挑む」
デジタルトランスフォーメーション(DX)の波は、各業種の内部にとどまらず、関連産業の在り方まで変え始めている。自動車業界の上に成り立つ自動車保険もその一つだ。「損保ジャパン日本興亜」など、複数の損保会社を傘下に持つSOMPOホールディングスグループも、業界の地殻変動に対応しようと、自らがディスラプターとなる道を選び、さまざまな変革に乗り出している。
SOMPOホールディングスグループは、「損保ジャパン日本興亜」「セゾン自動車火災」「そんぽ24」などが担う国内損保事業を中核とし、2017年度の総利益1627億円のうちの853億円を計上。損保事業以外にも「損保ジャパン日本興亜ひまわり生命」が担当する国内生保事業が全体の292億円、海外保険事業も440億円に達する。これに加え、2018年7月にケア事業4社が合併して設立された「SOMPOケア」による介護・ヘルスケア事業があり、全体から見ると41億円とまだ小規模だが、戦略事業として堅調に成長を遂げている。
一方で、SOMPOホールディングスグループは、異なる歴史と文化を持つ複数の企業が、統合と合併を繰り返しながら成長してきたことでも知られる。損保ジャパン日本興亜だけを見ても、2014年の損保ジャパンと日本興亜損保の経営統合、2002年の安田火災海上保険と日産火災海上保険の合併、同年の大成火災海上保険の合併がある。成り立ちからして、さまざまな垣根を越えて変革に取り組みながら発展してきた企業と言えるだろう。
そんなSOMPOホールディングスグループが、2020年までの中期経営計画で掲げるミッションが「保険の先へ、挑む」だ。デジタルの力を活用した「安心・安全・健康のテーマパーク」を目指している。そうしたデジタル戦略の立案・実行を指揮しているのが、グループCDO常務執行役員を務める楢崎浩一氏だ。
楢崎氏は1981年に三菱商事に入社し、通信機器を担当する部署に配属。通信機器などの製品を仕入れる過程で、米国ITの魅力に惹かれ、2000年にシリコンバレーのスタートアップに転職した。その後、いくつかのスタートアップの立ち上げや経営、事業開発に携わった。シリコンバレーには12年在住し、2016年5月からSOMPOホールディングスにジョインした。
楢崎氏がSOMPOホールディングスに入ることを決心した理由は、「自らの事業を破壊しながらデジタルトランスフォーメーションに突き進もうとする姿に強い共感を覚えたから」だという。とはいえ、シリコンバレーのスタイルをそのまま持ち込んでも成功するとは限らない。ITの観点から見ると、複数の歴史と文化を持つ企業グループでは、それぞれの歴史と文化を反映した基幹システムがあり、開発スタイルがある。
では楢崎氏は、そうした日本企業がDXに取り組む上での課題をどう乗り越えようとしているのか――これまでの成果と、今後の戦略を聞いた。
「昔、SOMPOって保険会社だったらしいよ」と言われたい
編集部 近年、各業種でデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みが盛んです。このトレンドについて、楢崎さんはどう捉えていらっしゃいますか?
楢崎氏 DXのトレンド以前に、外生的な要因としてデジタルディスラプションが起こっており、死活問題になっていると思います。保険にはクルマ、モノ、ヒトの3つがあり、当社は自動車保険、火災保険、生命保険の3つをグループで手掛けています。その3つが破壊されようとしています。
「CASE」という言葉があります。コネクテッド(Connected)、自動運転(Autonomous)、シェアリング(Sharing)、EV(Electric Vehicle)の頭文字を取ったもので、自動車業界はこの4つによって破壊されようとしています。業界が破壊されるということは、そのフレームワークの上にある自動車保険も破壊されるということです。正しく「産業としてのプラットフォーム」が作り直されようとしている。
例えば、カーシェアリングが主流になれば自動車を持たない層が増え、自動車保険加入数は減ります。コネクテッドやEVが主流になれば、クルマの持つバリューや価値基準も変わり、保険の在り方も変化します。さらにクルマに対する主客を逆転させるのが自動運転です。自分で運転するものから、エレベーターや動く歩道のようなものに変わる。資産としての車両を守るという保険の役割もなくなります。
このように、クルマの保険商品1つ見ても、従来求められてきた価値が大きく変容することで、会社の存続自体が危ぶまれる事態になっていると考えます。
編集部 その中で、どうトランスフォームしていくかが問われており、立ち止まることも許されない状況にあるのですね。
楢崎氏 おそらく自動車保険は今のような形では残らないと思います。保険は「事故に対する補償を買う」という側面の他、万一の際の「安心を買う」という側面があります。事故が起こったときにどう対処するかではなく、事故が起こらないようにどう運転するか。今後は、そういった「安心・安全・健康をプロアクティブに守る」方向へと進んでいくと思います。
当社の「保険の先へ、挑む」というミッションは、分かりやすく言うと、後になってから「昔、SOMPOって保険会社だったらしいよ」と言われたいということです。「安心・安全・健康を積極的に提供するテーマパーク」が実現すると、例えば自動車保険は、どこかに移動する際に安心や安全を提供するサービスになっているはずです。そうした新たな価値に転換する/価値を生み出す取り組みで、絶対に必要になってくるのが“デジタル”なのです。
破壊的イノベーションと持続的イノベーションを両立
編集部 2016年4月に東京とシリコンバレーに「SOMPO Digital Lab(デジタルラボ)」を設立されました。経緯と役割を教えてください。
楢崎氏 私が入社する少し前から20人程度の内部人材でラボを作る構想がありました。目的は、「全社的なデジタル活用をさらに推進すること」であり、当時、すでに準備組織が立ち上がっていました。私の役割は外部人材のCDOとしてラボの活動をリードすること。入社前から毎週金曜日にチームメンバーと会議を重ね、どのような戦略でデジタルを活用していくかを決めていきました。今はイスラエルも含めて約70名の組織となり、いくつかのチームが、クラウドをフル活用してアジャイル開発に取り組んでいます。
編集部 ではあらためて、貴社のデジタル戦略のポイントを教えてください。
楢崎氏 一言で言えば「アジャイル」です。シリコンバレーのスタートアップに転職してから、私が取り組んできたのもアジャイルです。アジャイルはウオーターフォール開発の対になる「開発手法」と捉えられがちですが、私はむしろ「アジャイル経営」という企業経営のスタイルだと思っています。アジャイル経営をしている企業が勝ち、ウオーターフォール経営をしている企業は死ぬ――これはどの産業も同じであり、デジタルディスラプションによって「生き死に」の速度がどんどん早くなっている。ですから当社におけるDXの取り組みも、「アジャイルのプロセスを持った企業に生まれ変わること」だと考えています。
編集部 具体的にはどのような取り組みを行っているのですか?
楢崎氏 クレイトン・クリステンセンが1997年に提唱した「イノベーションのジレンマ」を参考にしています。つまり、破壊的イノベーションと持続的イノベーションを同時に行うことが大きな戦略です。
持続的イノベーションは、すでにあるビジネスプロセス、事業、組織を肯定し、これをデジタルの力で何十倍にもすることです。例えば、自動化して何十倍も速くする、効率化して何十倍も収益を上げる。こうした「プロセスの圧倒的な改善」を損害保険、生命保険などに適用することに取り組んでいます。
一方、破壊的イノベーションは、今までにない新しい取り組みです。ときには現業とのカニバリズムが発生することもある。持続的イノベーションは各事業部にとって「神の救いの手」になるものですが、破壊的イノベーションは事業部をなくしてしまうこともある「破壊の悪魔」です。これらを両立させることは非常に難しい。しかし、両立することこそ不可欠だと決めて取り組んでいます。
編集部 既存業務と新規業務の領域を明確に切り分けて、「モード1」「モード2」という別々のアプローチで取り組むことが必要ともいわれています。
楢崎氏 その意味では、破壊的イノベーションはモード2です。やったことのないものをアジャイルでやるわけですから。一方、持続的イノベーションはモード1かと言われると必ずしもそうではないと考えます。少なくとも当社の場合は、その内容に応じて、持続的イノベーションにもモード2の手法を取り込んでいます。
いわゆるレガシーなモード1とされる業務の中にも、モード2に適したものがあります。既存業務を再構築することで何十倍という圧倒的な成果が生まれるならば、それはモード1ではなくモード2だという考え方です。実際、既存業務を対象に持続的なイノベーションを行う場合、モード2の手法を突っ込まないとダメな場合がある。もちろん、急に突っ込んだらシステムが止まりますから、PoCをして、ユーザーテストをすることが前提ですが。
編集部 モード2というと社外向けの新サービス開発のような、全くの新規領域に適用するアプローチと考えがちですが、そうした画一的な考え方に陥らず、業務の特性や目的に応じて最適なアプローチを採るべきだということですね。既存のプロセスを変えるときこそモード2が必要なケースもあると。
楢崎氏 議論の余地はあるかもしれせんが、私の信念としてはそうです。例えば、レガシーの業務/システムをモード1のスタイルで改善しようとしても、効果は限られてしまいがちなものです。これまでと同じ仕組みをこれまでと同じやり方で変えようとしても大きくは変わりませんから。とんがったやり方でやるからこそ何十倍もの効果が出せるケースもあるわけです。
新しい取り組みがシャーレの中では成功しても、実業にまで行きつかないというケースがよくあります。そうなる理由の一つも、アジャイルで取り組むべきモード2の取り組みを、ウォーターフォールのアプローチによるモード1のスタイルで行ってしまうことにあると思います。
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