小学校2校と中学校1校しかない青森県鰺ヶ沢町でプログラミング教育を浸透させる――みんなのコードと経産省は地方の教育のICT化をどうサポートするのか:特集:小学生の「プログラミング教育」その前に(10)(2/2 ページ)
みんなのコードは日本国内でのテクノロジー教育への関心を高める啓蒙活動を実施し、その一環として「パートナー企業 CSR取り組み報告会」を開催した。本稿では青森県 鰺ヶ沢町教育委員会 ICT教育推進アドバイザー 相馬祐輔氏の取り組み、経産省による教育分野への取り組みを中心にお伝えする。
教育の地域格差をなくす――青森県 鰺ヶ沢町教育委員会 ICT教育推進アドバイザー 相馬氏
青森県でフリーランスのPC講師として活動する相馬祐輔氏は、青森県でのプログラミング教育に関わる取り組みを報告した。
公教育周りでの活動において最も重視しているポイントについて、「教育の地域格差をなくすこと」だと相馬氏。「青森県の日本海側には進学塾はゼロ、公文塾が数件ある程度。そのため、この地域にいる子どもたちは、しっかりした教育を受けるために、中学校を出るか出ないかのタイミングで都市部に出ていってしまう。このままではいけないと感じ、公教育に関わる取り組みを開始した。現在は、2020年のプログラミング教育必修化にターゲットを絞って活動している」と話す。
2018年度の具体的な活動としては、「親子プログラミング教室」を6回開催し、大きな反響を得たという。
「この教室は、親子で参加してもらうことで、保護者への理解を深める狙いもあった。子どもが積極的にプログラミングを学ぶ姿を見た保護者から、驚きの声が多数上がっていた。そして、2018年6月には、テレビや新聞など地元メディアに活動を取り上げられた。さらに、保護者へのアプローチが浸透してきたことで、先生のプログラミング教育に対する関心度を高めることにもつながった」(相馬氏)
こうした活動が認められ、相馬氏は、鰺ヶ沢町教育委員会からICT教育推進アドバイザーに任命され、みんなのコードと教育委員会をつなぐ役割を担うことになる。
相馬氏は「2018年2月に仙台で開催されたプログラミング教育明日会議に参加した際に、みんなのコードの存在を知った。その後、2018年5月に『micro:bitワークショップ』に参加。そして、2018年9月に、鰺ヶ沢町教育委員会教育長と共に、利根川氏を訪問し、今後の連携協力についてお願いした」といきさつを語る。
2019年度には、みんなのコードと協力し、小中学校の先生向けのカリキュラムを開始する予定。「ただ、鰺ヶ沢町には小学校2校と中学校1校しかないため、県内の地域単位で広く小中学校の先生を集めたい」としている。
最後に相馬氏は、「学校側にインフラ、ハード、ソフトがそろわなければ、2020年のプログラミング教育必修化には対応できない。しかし、教育委員会や自治体の動きだけでは、学校の現場を変えることは難しい。そのためにも、民間を巻き込んだ活動が必須と考えている。今後もさまざまな人を巻き込みながら、子どもたちの未来のために、プログラミング教育の浸透に力を注いでいく」と力を込めた。
相馬氏の発表後の質疑応答では、「親子プログラミング教室の授業内容について教えてほしい」という質問があった。相馬氏は、「授業は2時間で、初心者の子どもでもプログラミングが理解できる内容となっている。特に決まったカリキュラムはなく、基本的に子どもたちに自由に学ばせている。その中で、私からヒントを出して、隣の子ども同士で教え合いながら学習していくアプローチを採っている」と説明した。
また、公教育周りの活動における今後のポイントについて問われると、「2020年度の小学校でのプログラミング教育必修化に向けては、先生の理解度向上がカギになると考えている。今後、学校現場のインフラ、ハード、ソフトを整備していくためには、先生からの協力を得ることが必要不可欠になる」との考えを示した。
学校教育、民間教育、産業界による無数の掛け算が必要――経産省 坂本氏
今回の「みんなのコード パートナー企業 CSR取り組み報告会」には、経済産業省(以下、経産省)商務・サービスグループ サービス政策課 教育産業室 室長補佐の坂本和也氏も参加。経産省による教育分野への取り組み状況について説明した。
経産省では、2017年7月に「教育産業室」を立ち上げ、教育分野への取り組みを強化している。その理由について坂本氏は、(1)産業人材の育成とイノベーションの創出、(2)民間教育(学習塾、EdTechなど)――の2つの取り組みが経産省の責任分野であることを挙げる。
「先生を主体に学校教育を担っている文部科学省に対して、学習者を主体にした教育を担っていくのが経産省の役割となる。特に今後は、ビジネスにイノベーションを起こし、未来の経済、社会、産業に価値を生む人材を育てていくことが求められる。これは『チェンジメーカー』とも呼ばれるが、身の回りのことに常に関心を持って、疑問に思ったら変えていこうと考え、仮説を立てて、周りの人を巻き込みながら実行に移していける人材だ。こうした人材を育成するには、小中学校の段階から学びのかたちを変えていく必要がある」との考えを述べた。
民間教育(学習塾、EdTechなど)に関わる取り組みについては、これまでの「受験」特化型から「21世紀型スキル」を伸ばす教育サービスへの転換を進めているという。また、学校教育との垣根を超えた連携も重点施策としている。
「もともと学校教育と民間教育の立場は大きく離れたものだった。しかし、2020年の教育改革に向けて、学校教育の負担が重くなったことで、民間教育のサポートが必要になってきている。一方、民間教育は、少子化の影響もあり、学校教育に貢献することでビジネスチャンスにつなげようとしている。そこで、経産省では、民間教育と学校教育、さらには産業界との掛け算を実現することで、新たな教育モデルの創造を目指していく」(坂本氏)
2018年の教育産業室の活動内容としては、2018年1月に「未来の教室」とEdTech研究会を立ち上げ、2018年6月に第1次提言を公表した。第1次提言は、従来の教科学習を中心とした学びではなく、自分の「ワクワク、意欲、志」から「学ぶ理由」を理解した上で、「教科学習」と「探求プロジェクト」のサイクルを回していく学びを実現していくというもの。
そして、この提言を具現化するため、2018年7月に「未来の教室」プラットフォームを始動。「EdTech」「個別最適化」「文理融合(STEAM)」「社会課題解決」をキーワードに、効率的な知識習得と創造的な課題発見、解決能力の育成を両立させる新たな学習プログラムの開発に向けた実証事業を行っている。
坂本氏は「教育イノベーションを実現するためには、学校教育、民間教育、産業界による無数の掛け算が必要になる。この基盤となる『未来の教室』プラットフォームでは、現在、農業および自動車産業での実証事業を進めており、今後、さまざまな産業に展開していく計画だ」と意欲を見せた。
坂本氏の質疑応答では、「教育のICT化に向けた環境整備5か年計画」として単年度1805億円の地方交付税が付いたことに関して、「学校の現場からは『名目だけで意味がない』という声も出ている。この点についてどう思うか」との質問が飛んだ。
坂本氏は、「これについては私も課題に感じている。地方交付税は、最終的に何に使われるのか不透明なところがあり、教育委員会がしっかり予算を要求できるように支援していく必要がある。また、教育効果の高い教材を適切な価格で調達できていないケースも多い。教育委員会のITリテラシーをさらに向上していくために、文部科学省、総務省と連携して支援活動を進めていきたい。そして、教育のICT化に向けた予算活用の成功事例を増やしていくことで、数年後には教育委員会の動きが大きく変わる可能性があると思っている」と回答した。
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