わざとハリボテのシステムを発注しましたね――黒い三人の男:コンサルは見た! 情シスの逆襲(11)(3/3 ページ)
社長退任を迫る前社長の出現に荒れる「ラ・マルシェ」の役員会議。腹心の部下を後任に据えようという前社長の提案に「待った」をかけたのは、われらが江里口美咲だ!
このサービスはハリボテです
美咲は話を続けた。
「話を整理しましょう。小塚取締役のスマホ・デ・マルシェの企画が通ったとき、これを失敗させようと考えた村上常務は、以前から知り合いだったルッツ・コミュニケーションズの本田支社長と結託して、計画を練りました。大連のルッツ・コミュニケーションズは真面目に仕事をする良い会社です。しかし日本の本田支社長は、小金をもうけようとするタイプの人間です。それを知っていた村上常務は、開発費用全体の20%程度の費用で大連にサービスのガワだけ作らせたんです。大連のメンバーは真面目ですから、言われた通りにガワを作りました。でも本田支社長は、小塚さんに『全てのシステムを請け負う』と約束して、2億円の見積もりを出した」
「それで?」
高橋が先を促した。
「その間、村上常務は契約を渋り続け、本田支社長はそれを理由に、ある日急に開発を止めた」
「それじゃあ、ルッツ・コミュニケーションズは何の得にもならないだろう」
株主たちが首を傾げた。
「いえ、そうとも限らないんです。ある請負のシステム開発の裁判で、途中でプロジェクトが止まっても、そこまでに作ったものがユーザーの役に立つのであれば、その分の対価を請求できたという判例があるのです」
「ということは、ルッツ・コミュニケーションズはラ・マルシェに費用を請求できるのか?」
株主の質問に、美咲は丁寧に答えた。
「ここからがポイントです。ルッツ・コミュニケーションズの本田支社長が小塚さんに請求したのは、1億6000万円です。彼は『ビジネスロジックもあらかた完成している』と主張したんです」
「おかしいじゃないか。だって作ったのは、画面回りだけなんだろう? 20%なら、請求は4000万円で済むはずだ」
株主の言葉に、美咲は大きくうなずいた。
「そうです。本田支社長は作ってもいないものを作ったと詐称して請求をしてきました。1億6000万円取れれば、大連に4000万円払っても、手元にずいぶん残りますからね」
「詐欺じゃないか!」――場内にまたざわめきが広がった。
村上が奇声に近い声を上げる。
「キエーッ! だまれ、だまれ、だまれー! そんなこと、できるわけないだろう! ありもしないものをあるように見せかけるなんて。ちゃんと調べれば分かる話じゃないか!」
「そう、“ちゃんと調べれば”ね」
美咲の声が鋭くなった。
「逆に、調べるべき人間がちゃんと調べなければ、ルッツ・コミュニケーションズが何を作ったのかなんて分からない。それらしいソースコードをWebから拾って形だけ納品してしまえば、どうせ使わないシステムだもの。誰にも分らないわよね」
高橋が口を開いた。
「村上さん。あなたが社長になれば、きっとすぐにルッツ・コミュニケーションズと和解するんでしょうね。そうすれば裁判にもならず、ソースコードも調べられない」
村上は視線を落としたまま、動かなかった。
「そうよね? 羽生さん」
美咲が視線を向けるのと同時に、ほぼ全員の目が羽生に集中した。
「あなたなら、全てをご存じのはずよ」
つづく
「コンサルは見た! 情シスの逆襲」最終話は12月19日掲載です。
書籍
細川義洋著 ダイヤモンド社 2138円(税込み)
システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」が、大小70以上のトラブルプロジェクトを解決に導いた経験を総動員し、失敗の本質と原因を網羅した7つのストーリーから成功のポイントを導き出す。
※「コンサルは見た!」は、本書のWeb限定スピンアウトストーリーです
細川義洋
政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる
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