わざとハリボテのシステムを発注しましたね――黒い三人の男:コンサルは見た! 情シスの逆襲(11)(2/3 ページ)
社長退任を迫る前社長の出現に荒れる「ラ・マルシェ」の役員会議。腹心の部下を後任に据えようという前社長の提案に「待った」をかけたのは、われらが江里口美咲だ!
1枚の名刺、かく語りき
美咲は、騒然とした空気を圧するように、声量を上げた。
「そもそも!」
その声に株主たちが一様に口をつぐんだ。
「必ずしも正しいことではありませんが、契約が開発スタートより遅れることが日常茶飯事のシステム開発において、わずか2カ月契約が遅れただけなのにいきなり内容証明郵便で不法行為を訴えるなど、いかにも不自然です」
「初めての取引先なんだ。契約が遅れれば不安にもなるだろう」
鈴木が声を上げた。
「鈴木前社長、随分お詳しいようですね?」
美咲の問いに、鈴木はハッとしたように口をつぐんだ。
「おかしなことは、それだけではありません。ベンダーを探してほしいと小塚取締役が羽生部長に頼み込んだとき、『今、空いているベンダーはない』との話だったのに、その3カ月後にはAI在庫管理システムの開発を出入りのITベンダーに発注しています」
「それは、たまたま……」
今度は羽生が口を開いたが、自分に向けられた美咲の視線に言葉が続かなかった。羽生が黙るのを見て美咲は続けた。
「そしてトラブルの直接の原因は、村上常務が新規取引先の承認を不自然に遅らせたことです」
それまで黙っていた株主たちが再び騒ぎ始めた。そのざわめきに抵抗するように、村上の声が響いた。
「因縁をつけるのもいい加減にしてくれたまえ! 私と羽生君が結託してプロジェクトをつぶしたとでも言いたいのか、キミは!」
しかしそれは逆効果で、ざわめきはさらに大きくなった。
鈴木はざわめきを押しつぶすように、さらに大きな声で美咲にほえた――「貴様、証拠でもあるのか! 事と次第によっては、ただでは済まないぞ!」
迫力を増した鈴木の声にも、美咲は動じなかった。
「弊社の白瀬が、大連のルッツ・コミュニケーションズに行ってCEOに話を聞いてきました。そのときに出てきたのがこれです」
美咲の言葉を合図に、小塚が会議室備え付けのプロジェクターのスイッチを入れ、スクリーン上に名刺を映した。
株式会社ラ・マルシェ 常務取締役 村上泰三
「この名刺は今から1年前、スマホ・デ・マルシェの開発が始まる前に村上常務が大連を訪問して置いていったものです」
1年前といえば、小塚が一生懸命ベンダーを探していた時期だ。
「そして」と、美咲は続けた。
「この時点で村上常務は、ルッツ・コミュニケーションズにスマホ・デ・マルシェの開発を依頼しています」
「どういうことだ? わけが分からん」
株主の1人が声を上げた。美咲は、村上の顔を見つめて問いかけた。
「村上常務、大連のCEOが全てゲロったわよ。あなたがルッツ・コミュニケーションズに依頼したのは、システムの画面回りだけですね。パッと見はサービスが動いているように見えるけど、中身は空っぽのハリボテを作るように依頼したんですよね」
「ますます、訳が分からん!」
別の株主からも声が上がった。村上は何も言えずに立ち尽くし、鈴木の表情は苦り切ったものに変わった。そして羽生は、先ほどから下を向いたきりだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- コンサルは見た! 情シスの逆襲(1):裏切りの情シス
小塚と羽生――同期入社の2人を引き裂いたのは、大手高級スーパーのIT化を巡る政治と陰謀だった。「コンサルは見た!」シリーズ、Season4(全12回)のスタートです - コンサルは見た! オープンソースの掟(1):ベンチャー企業なんて、取り込んで、利用して、捨ててしまえ!
ソースコードを下さるなんて、社長さんたらお人よしね――「コンサルは見た!」シリーズ、Season3(全9回)のスタートです - コンサルは見た! AIシステム発注に仕組まれたイカサマ(1):発注書もないのに、支払いはできません。――人工知能泥棒
「間もなく上長の承認が下りるから」「正式契約の折りには、今までの作業代も支払いに上乗せするから」――顧客担当者の言葉を信じて、先行作業に取り組んだシステム開発会社。しかし、その約束はついぞ守られることはなかった……。辛口コンサルタント江里口美咲が活躍する「コンサルは見た!」シリーズ、Season2(全8回)は「AIシステム開発」を巡るトラブルです。 - コンサルは見た! 与信管理システム構築に潜む黒い野望(1):はめられた開発会社、要件定義書に仕掛けられたワナ
書籍『システムを「外注」するときに読む本』には、幻の一章があった!――本連載は、同書制作時に掲載を見送った「箱根銀行の悲劇」を、@IT編集部がさまざまな手段を使って入手し、独占掲載するものです