退職するなら、2000万円払ってね:「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(74)(1/3 ページ)
お前がクレームばかりくらうから、売り上げが減ってしまったじゃないか。退職するならマイナス分を請求するからな!
本連載は、システム開発を巡るユーザーとベンダーの紛争や契約、あるいは著作権を争う裁判を取り上げることが多く、IT業界の労働問題を扱うことは少なった。連載を始めたときの私のテーマは、「いかにして快適なプロジェクトで品質の良いシステム開発を実現するか」であり、エンジニアたちに降りかかる危険についてはあまり顧みることがなかったのだ。
しかし、ある裁判の記録に触れて、「こんなヒドいことがIT企業と労働者の間に起きているのならば、注意喚起せねばならない」との使命感にかられた。
IT訴訟事例を例に取り、システム開発にまつわるトラブルの予防と対策法を解説する本連載。今回は、システム開発企業が退職した社員に損害賠償を求めた事件を取り上げる。
無能だった代償に、2000万円払いなさい
事件の概要を見ていただこう。
京都地方裁判所 平成23年10月31日判決から
あるシステム開発会社が、顧客からパッケージソフトのカスタマイズを請け負い、チームリーダーとして社員Aをアサインした。しかし、その開発については顧客からの評価が低く、クレームが続く状態であった。そのことも影響してこの顧客から継続的に上げていた売り上げが減少し、社員Aは社内で強く叱責(しっせき)されていた。
その後社員Aは退職したが、これに対しシステム開発会社は、Aが適切な業務遂行を怠ったことにより、損害を被ったとして、約2000万円の賠償を求める訴訟を提起した。
私は、どこか重要な部分を読み飛ばしているのだろうか――?
常識的に考えて不法行為でもない限り、企業が業務上負った損失を損害として社員に求めることなどないはずだ。作業品質が悪かったり、社員の技術知識レベルが不足していたりしたためにプロジェクトが赤字を被ることなど、IT業界では日常茶飯事だ。システム開発企業であれば、最初からプロジェクト失敗による赤字はある程度織り込んだ上で経営するものではないのか。
20年以上IT業界に籍を置く私も、自身のものも含めて会社に損失を与えたプロジェクトなどいくらでも知っているし、その損失を社員個人に補填(ほてん)するように求めたなどという話は聞いたことがない。
社員の仕事での失敗の責任を負うのは、社員を雇用し、教育し、責任を与えた企業側のはずである。
では裁判所は、どのように判断したのだろうか?
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