テスラ車オーナーによる、衛星インターネット「Starlink」導入レポート! 気になる使い心地は?:ものになるモノ、ならないモノ(93)
衛星インターネットのStarlinkがサービスを開始した。通信速度は? 遅延は? 設置場所の最適解は? アンテナの方角は? 気になる点について、早速導入した筆者の使用レポートをお届けする。
以前、本連載で、日本版GPS衛星の「みちびき」を取材した。衛星の宇宙ネタというだけでワクワクしながら取材や執筆したのはいい思い出だ。その模様は、「『日本版GPS“みちびき”本格始動で数センチ級精度の位置情報取得が可能』は本当か」で詳しく紹介している。
通信インフラが脆弱(ぜいじゃく)な山間部のような地域で威力を発揮するStarlink。実はこの写真、山に行ったときに、イーロン・マスクつながりで愛車Teslaの脇にアンテナを置いて撮影した無通電状態の単なるイメージカット
そんな宇宙に対するワクワク感が現実のものになった。自宅に「Starlink」を導入したのだ。Starlinkは、イーロン・マスク氏が率いるSpaceXが運用する衛星コンステレーションを利用したインターネット接続サービス。市井の市民であっても、衛星通信を利用してインターネットに接続する時代がやってきたのだ。2022年10〜11月にかけて、離島を除く日本全域を対象にサービスが始まった。
Starlinkの名を一躍有名にしたのは、ウクライナ戦争だった。物理的攻撃やサイバー攻撃により通信インフラの一部が機能しなくなった同国政府からの要請に応える形で、SpaceXのCEOであるイーロン・マスク氏が即座に提供を開始した。
イーロン・マスクという人のビジネスセンスには感服する。このニュースが拡散するやStarlinkの名声が一気に高まり、通信インフラの整備が遅れている複数の国から引き合いが来ているらしい。
SpaceXがどれだけ衛星を打ち上げても、電波(周波数)の主権は各国政府が握っているので、その国でStarlinkを提供するためには、周波数免許を取得しなければならない。ウクライナの一件で、安全保障の観点からStarlinkへの関心が高まっている今、平時よりも免許の取得ハードルが低くなっているのではないだろうか。
日本では、2022年9月29日付で、14〜14.4GHzのアップリンク(地球から宇宙)周波数が指定無線局数10万局という包括免許として割り当てられている。輻輳(ふくそう)防止のためのユーザー数上限が10万ということであろうか。ダウンリンク周波数は、10.7〜12.7GHz。
銀河鉄道999をほうふつとさせるStarlink衛星
現在、Starlink衛星は2022年6月時点で4408機が高度約540〜570キロの低軌道上を周回しており、低軌道であることが遅延を抑えた高速インターネットを可能にしているという。ちなみに、スループットの理論値は、下り350Mbps、上り130Mbpsである。2018年2月の最初の打ち上げから、よくもまあこれだけの数をそろえたものだと感心する。
それもそのはず、「ファルコン9」などのロケットを利用して商業衛星打ち上げを請け負う傍ら、Starlink衛星も搭載して軌道へ投入していたという。2022年10月6日の打ち上げでは、52機のStarlink衛星が宇宙へ放たれた。最終的には約4万2000機のStarlink衛星の投入を計画しているそうだ。
次の動画は、ファルコン9からStarlink衛星が軌道へ投入される様子を映したもの。11分30秒あたりから、太陽光パネルを折りたたんだタブレット形状の数十機の衛星が母船を離れて宇宙空間へと放たれる様子が映し出されている。
放たれた数十機のStarlink衛星は、しばらくの間、列になって飛行するが、イオンスラスターを噴射して、それぞれ決められた軌道に移動し散らばっていくそうだ。神奈川県平塚市在住の日本人が、列になって飛行するStarlink衛星の様子を映像に捉えて、Twitterに投稿している。銀河鉄道999を見ているようだ。
巨大な箱に「こんなはずじゃなかった……」
大宇宙のロマンに満ちたStarlinkだが、DHLのお兄さんが運んできたStarlinkキットの巨大さには驚くと同時に、いきなり現実に引き戻された。正直、こんなはずじゃなかった感がハンパない。次の写真は、愛車のトランクにキットの箱を積んだものだが、トランクを埋め尽くしている。
箱を開けるとペラ1枚の簡単な説明書きがある。その下の養生材を取ると、アンテナ、アンテナベース、Wi-Fiルーター、電源ユニットがワイヤリングされた状態で収まっていた。つまり、何も考えずコンセントに接続するだけで、キットの設置が完了するというわけだ。
とてもユーザーフレンドリーで合理的な考え方だが、スペース的に無駄だらけの梱包(こんぽう)になって、箱が肥大化するのもうなずける。アンテナを設置したら、スマートフォンに専用アプリをダウンロードして設定などを行う必要がある。こちらも、難しい設定などは一切なく、画面の指示に従っていけば、いとも簡単に接続まで完了することができる。
スマートフォンなどのデバイスから利用する際は、StarlinkのWi-Fiルーターを介して接続する仕組みだ。自宅などで他のWi-Fiルーターを利用している場合は、デバイス側で接続先を切り替えて利用することになる。
庭に設置するも、遮蔽物があってNG
前述の「Satellite Map」の図でも分かるように、4千数百機
の衛星が地球を取り囲んでいるとはいえ、地上の任意のポイントから空を見上げると衛星の密度は意外に低い。しかもアンテナをベストな位置に設置しないと衛星を追えなくなり通信が途切れる。
衛星は秒速約8キロで周回する。1つの衛星がアンテナの範囲から外れると次の衛星をつかみにいくのだが、周囲に遮蔽(しゃへい)物があると次の衛星がつかめずその間、通信が途絶える。また、他の衛星電波との干渉を避けるために、極めて高い指向性のビームを選択して通信している。
筆者はまず、庭に設定してみた。小型の円形テーブルのような姿だ。電源ユニットからのパワーケーブルをコンセントに挿すと、アンテナが自動で真上を向く。前出の解説には、「触るな」的なイラストが描かれているので、そのままアプリの設定を進めると次の写真のように、自動で北の方角を向く。
アプリにスピードテスト機能が備わっているので、早速試してみた。最初は57Mbpsを記録し、まずまずかなと思っていると、次に計測した時点では、7.1Mbpsに激オチした。衛星の位置により通信速度の落差が激しいのだろうか。
それもそのはず、筆者宅の庭は条件が悪過ぎるのだ。衛星を常時つかむためには、北向きに開けた場所が有利なようで、庭の北側には家屋が建っている。この家屋が北側の衛星をモロに遮っているようだ。
おおむね70〜80Mbpsの速度が出る
それならばと、家屋北側の駐車場で試してみた。少しでも高い位置が望ましいであろうから、クルマの屋根に設置して計測してみた。結果的に、視界良好状態で、下り83Mbps、上り12Mbps、遅延42ミリ秒という結果だった。おおむね70〜80Mbpsの速度が出ていた。SNSを見ていると、200Mbps超えの事例もあるので筆者の環境は遅い方かもしれない。
ガラスルーフ越しの車内でも通信可
クルマの屋根に設置するのではなく、いっそのこと車内に設置したらどうなるのか。というのは、愛車のTesla Model 3の屋根はガラスなので、可視性が保たれ、衛星をつかむことができるのではないかと考えたからだ。結果的には、下り最大85Mbpsで通信することができた。
ただし、問題がなかったわけではない。Model 3はガラスルーフとはいえ、真ん中に梁(はり)がある。どうもそれが遮蔽物として通信を邪魔しているようで、「46秒ごとに通信が遮られる」といった意味のアラートが出る。
契約を保持する、返品するか、それが問題だ
さて、筆者宅は横浜市にあり、固定では光ファイバー、モバイルでは5Gなど、通信環境は充実している。そのような環境でStarlinkが必要なのか、という根源的な問いかけは甘んじて受けよう。今回、Starlinkを導入した最大の理由は、ライターとしての興味、それに尽きる。後は、Tesla Model 3のユーザーとして、イーロン・マスク氏が提供する通信サービスを体験してみたかったというのもある。
Starlinkキット7万3000円(税込み)、月額通信費1万2300円(税込み)は、それなりに家計を圧迫する。ただ、災害時の非常用通信手段として保険的な意味で、契約を保持しておくという考え方もある。
あるいは「Portability」という月額2800円(税込み)の追加オプションを契約して、旅先などで利用するという考え方もあるが、日本では、よほど山奥にいかない限りは、多くの場所で4Gの電波が届く。そもそも、クルマで移動するとはいえ、大きなパラボラアンテナを積んでいかなければならない不便さもある。
現在筆者は「Residential」と呼ばれるメニューで契約しており、事前に登録した場所でのみ利用することが前提だ。
そのようなおり「Starlink for RV」という新たなメニューをSpace Xが公開した。これはノマドユーザー向けのStarlinkで、通信可能範囲であれば、移動先で利用できるというもの。しかも、サービスの一時停止や再開が可能だという。
ちなみに、キャンプ場など旅先でStarlinkを利用する場合、電源はどうするのかと疑問を持たれた方もいるだろう。バッテリー型のポータブル電源、あるいはクルマのシガーソケットに接続するインバーターで利用可能だ。
例えば、Tesla Model 3の場合、インバーター経由でシガーソケットから140ワット程度の電源を供給可能だ。Starlinkキットの消費電力は、ヒートシステムを使わなければ70ワット程度に抑えられる。災害などで電力供給が絶たれてもクルマがあれば、通信手段は確保できるわけだ。
Starlinkキットは、30日以内であれば、返品可能で、全額返金が約束されている。このまま契約を保持するのか、返品するのか、タイムリミットが迫っている。
著者紹介
山崎潤一郎
音楽制作業を営む傍らIT分野のライターとしても活動。クラシック音楽やワールドミュージックといったジャンルを中心に、多数のアルバム制作に携わり、自身がプロデュースしたアルバムが音楽配信ランキングの上位に入ることもめずらしくない。ITライターとしては、講談社、KADOKAWA、ソフトバンククリエイティブといった大手出版社から多数の著書を上梓している。また、鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」などの開発者であると同時に演奏者でもあり、楽器アプリ奏者としてテレビ出演の経験もある。音楽趣味はプログレ。
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