「最高データ/アナリティクス責任者」になった人を待ち受ける大きな壁、Gartnerに対処法を聞いた:求められるのは技術スキルではない
データやデータ分析の最高責任職を設ける企業が増えている。この職に就く人に期待されているのは技術スキルではない。データを事業運営につなげることだ。では、何に力を入れればいいか。Gartnerのアラン・ダンカン氏に聞いた。
Gartnerが「最高データ/アナリティクス責任者(以下、CDAO)」と呼ぶ職を設ける企業が増えている。データドリブン経営を支える役割を担う役員レベルの立場だ。
日本では役職の名称に「CDAO」を使っている例は少ない。だが、「データとアナリティクスの重要性に対する認識は確実に広がっており、戦略的・組織的なデータの管理と活用に取り組む日本企業も増えてきた」と同社は指摘する。
とはいえ、CDAOになった人たちは大きな壁に直面する。これにどう対処すべきか。何に注力すべきなのか。Gartnerのアナリストでディスティングイッシュト バイスプレジデントのアラン・ダンカン(Alan Duncan)氏に聞いた。
CDAOが直面する大きなジレンマ
GartnerはCDAOを、次のように定義している。
最高データ/アナリティクス責任者(Chief Data and Analytics Officer:CDAO)とは、組織のデータやアナリティクス資産、およびデータとアナリティクスのエコシステムによって価値を生み出す責任を、第一義的に担うビジネスリーダーの職を指す。同様なタイトルには、最高データ責任者(Chief Data Officer:CDO)、最高アナリティクス責任者(Chief Analytics Officer)、データ/アナリティクス責任者(Chief/Head of Data and Analytics)などがある
CDAOの守備範囲は広い。チームを率いて、データアーキテクチャの設計からデータ活用環境の整備、組織全体のデータリテラシー向上、データ活用文化の醸成、経営におけるデータ活用の支援までをカバーしなくてはならない。
近年は組織におけるデータ活用についての認識が変わってきた。これにより、CDAOへの期待も変化してきたとダンカン氏は話す。
「数年前、企業のデータ活用で焦点が当たっていたのは基盤、ツール、ガバナンスプロセス、データ品質などの技術的な側面だった。しかし今は、文化変革や戦略的な活用など、人間的な側面が重要になっている」(ダンカン氏、以下同)
CDAOに対する期待は、この文脈で高まっているという。すなわち、CDAOに求められるのは、データ活用による事業への貢献、さらにはデータドリブン経営への変革を推進することだ。しかしGartnerの調査によると、多くのCDAOは短期的な、戦術的なデータ活用に関しては組織に貢献できているものの、長期的、戦略的な貢献ができていないと感じているという。
CDAOが戦略的な貢献をするには、事業戦略・経営の意思決定に直接役立つ存在にならなければならない。「データを活用する」だけではなく、予測分析を生かし、確率を組み込んだ意思決定を支援するなど、狭義での「データドリブン(データによって駆動する)経営」への取り組みを促進できなければならない。
ここに大きなジレンマがあるとダンカン氏は言う。
「経営陣のうち、確率や統計について理解している人はどれくらいいるだろうか? 何らかのルールではなく、発生確率とリスクに基づく意思決定に慣れ親しんでいる人は何人いるだろうか? 人は自分が何をすべきか、確実なことを知りたいと考える。 不確実な未来の可能性よりも、よく理解された既知の確実性を好む。 ビジネスでも社会においても、予測分析の活用には心理的障壁が存在する」(ダンカン氏、以下同)
経営陣はデータドリブン経営に取り組むといいながら、“自身の知識と経験に基づいて、過去の数字から意思決定を行う”という考えから抜け出すのが難しい。データ/アナリティクス責任者がデータに基づく経営判断を呼びかけても、口出しだと受け取って話を聞かないということになる。
では、CDAOはどうすればいいのか。
ダンカン氏は、ある豪保険会社の例を挙げる。同社は業績が思わしくない中、データによる事業改革に目をつけ、CDAOを雇った。しかし新CDAOは着任してすぐ、経営陣が期待しているのはレポートだけだということに気がついた。
「過去の記録だけに興味があり、予測モデルやデータで事業を変えるような話にたどり着かない」
そこでCDAOは最初の年を、経営陣からの信頼獲得に費やした。まず、求められているレポートの提出を続けた。その後会話の機会を見つけては、「このデータも見てみたらどうでしょうか」「こちらはどうでしょうか」と少しずつ提案をしていった。
「こうして、3年をかけて経営陣のマインドセットを『再訓練』し、予測分析モデルに関する議論ができるようになった」
このCDAOは、自らの経験をファストフード店に例え、次のように話していたという。
当初はファストフード店の従業員になったような気持ちだった。客が注文するのはチーズバーガーばかりだったからだ。だが、辛抱強く顧客に対する「教育」を続けることで、次第にフライドポテトやサラダの注文が入るようになり、やがては高級なレストランの経営者のような立場になった。
「レポートやダッシュボードを作ってくれという依頼に、CDAOの側もある程度は応えたいと思うだろう。ただし、こうした機会を生かして、『現在の依頼内容は、あなたが最も必要としているものではありません。私たちは必要なものを提供できます。一緒に探っていきましょう』と働きかける必要がある」
レポートすら見ようとしない経営陣
レポートを十分活用できる段階にも達していない組織がある。
ダンカン氏は、ある製造企業の例を挙げた。
この会社ではデータ分析基盤を構築し、レポートやダッシュボードを整備した。だが、使う人は誰もいなかった。データ担当部署は、大金をつぎ込んだにもかかわらず結果を出せなかったとして批判にさらされた。ところが調べてみると、経営・事業の側でデータをビジネスに活用する準備ができていなかったことが原因だと分かった。
「映画『ア・フュー・グッドメン』のセリフにあったように、『あなたは真実が欲しいと言うが、真実をどう扱えばいいか分かっていない』という状態だ」
そこでCDAOは、確率に基づく事業運営をするつもりが経営陣にないのであれば、レポートを出さないと決めた。そして「まずは勉強して準備をしましょう、お手伝いします。プロジェクトはその後に進めます」と言った。
「こうした主張をするには勇気が必要だ。だが、リーダーシップを示さなければならないこともある」
CDAOの最も重要な仕事はストーリーテリング
CDAOは、辛抱強く対話とストーリーテリングを行い、経営陣の考え方や意思決定の仕方に影響を与えられるようになる必要があると、ダンカン氏は言う。
「経営陣は、自身の知識、経験、ノウハウのおかげで現在の職についている。だが、従来の延長線上で成功し続けられるのかは疑問だ。イノベーターのジレンマについては過去13年間も語られてきた。Kodakはデジタルカメラを発明したにもかかわらず、既存の写真フィルムのビジネスモデルにとらわれたままで、自社を変えることができなかった。ビジネスでは、どんな変化がいつ訪れるかは分からない。こうした変化を的確に察知し、対応できるのが真のリーダーシップだという考え方にたどり着けるよう、CDAOは手助けをしなければならない」
上の2社の例のように、予測的分析の有用性を徐々にでも分かってもらう努力が、CDAOには求められているという。
そのためには自身に投資することが必要だ。「結果を出しているCDAOは、自分に投資している傾向が高い」とダンカン氏は指摘する。
CDAOにはテクニカルバックグラウンドを持つ人が選ばれる。従ってデータ分析関連の知識と経験を備え、関連テクノロジーへの深い造詣があるはずだ。こうした技術は「デリバリーのために必要ではあるが、リーダーとして成功するための要件ではない」という。
では、何を習得すべきなのか。
「焦点は心理学的な側面にある。ストーリーテリングや計画的なコミュニケーションを行う能力が求められる。生産的な議論に導くためのファシリテーションスキルも必要だ。議論に参加している人全てが問題を適切に理解し、解決策の立案に参加できなければならないからだ。心理的安全性を高め、新しいこと、従来とは異なることに取り組む手助けをしなければならない。こうしたスキルはテクノロジーとはかけ離れているが、身につける手段はたくさんある。自分が弱いと思う分野から始め、失敗も経験しながらどんどん習得していくべきだ」
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