Azure Private 5G Coreはこれまでのローカル5Gと何が違うのか?:羽ばたけ!ネットワークエンジニア(68)
富士ソフトは2023年7月、国内で初めて「Microsoft Azure Private 5G Core」を用いたローカル5Gの評価環境を構築したと発表した。これまでのローカル5Gと何が違い、どこに優位性があるのだろうか?
2021年6月、Microsoftと米国の大手通信事業者AT&Tは、AT&Tがプライベートクラウドで運用してきた4G/5G網を「Microsoft Azure」(以下、Azure)へ移行する計画を発表した。2023年から5Gコアの通信事業者向けクラウドサービス「Azure for Operators」への移行を始めるという。通信事業者が自前のインフラを捨て、コスト効率が高く、拡張性に富むパブリッククラウドに移行することが注目された。
通信事業者の5Gコアのクラウド化に注力するMicrosoftが、企業のプライベート5G(日本での一般的呼称は「ローカル5G」)を構築するために提供しているサービスが「Microsoft Azure Private 5G Core」(以下、Azure Private 5G Core)だ。その評価環境を国内で初めて構築した「富士ソフト」(本社:横浜市、代表取締役 社長執行役員 坂下智保氏)に、ネットワーク構成や特徴について取材した。
5Gコアはクラウドではなくローカルに設置
図1は、富士ソフトの評価環境を筆者が簡略化して描いたものだ。AGV(Automated Guided Vehicle:自動搬送車)は現在接続されていないが、接続可能なモノの例として筆者が追加した。
Microsoftは通信事業者の5Gコアをクラウド化しているので、ローカル5Gでも5Gコアはクラウド上にあると想像していたのだが、5Gコアはローカルに設置する「Azure Stack Edge」サーバ上で稼働する。
5Gコア、CU/DU(Centralized Unit/Distributed Unit)、RU(Radio Unit)、全てローカルにあるので、基本的に従来のオンプレミス型のローカル5Gと同じだ。Azure Stack Edgeサーバでは5Gコアだけでなく、画像や映像内の物体や人物を識別するコンピュータビジョンをはじめ、5G用に用意されたアプリケーションを実行できる。
Azure Private 5G Coreサービスはクラウド上にある。ポータルやモニター、エッジの管理機能などが用意されており、制御端末から地理的に分散した複数のローカル5Gネットワークを一元的に管理できる。ただし、日本国内のリージョンを指定しても料金が表示されないので、国内のリージョンではサービスされていないようだ。米国でも料金が表示されるのは米国東部だけだった(2023年8月現在)。まだごく限られたリージョンでしか提供されていないようだ。
RAN(Radio Access Network:無線アクセスネットワーク)製品は「Azure プライベート MEC(マルチアクセス エッジ コンピューティング) ソリューション パートナー」と呼ばれる企業の製品から選択できる。富士ソフトでは、「Pegatron」製のCU/DU、RUを使っている。
IPカメラやAGVなどを5Gネットワークに接続するデバイスとしては、富士ソフト製の5Gルーター、「+F FS050W」が使われている。これについては後述する。
ローカル5GをAzure Private 5G Coreに接続するインターネット回線は、固定回線とStarlink(低周回軌道衛星を使った衛星回線)で冗長化されている。
これまでのローカル5Gに対して優位性はあるか?
Azure Private 5G CoreとAzure Stack Edgeサーバを使ったローカル5Gは、従来のローカル5Gに対して優位性があるのだろうか。費用はかなり高くなりそうだ。
PegatronのCU/DUは600万から1000万円程度。Azure Private 5G Coreの月額料金は最大スループット1Gbps、アクティブSIM100枚までで2200ドル(約31万2400円)、10Gbps、1000枚だと7750ドル(約110万500円)となる。
Azure Stack Edgeの月額サブスクリプションは最も安価な「Azure Stack Edge Pro2」の最小モデルで399ドル(約5万6660円)、「Azure Stack Edge ProR」(GPU+UPS)で2916ドル(約41万4000円)だ。使い方にもよるが、構築したローカル5Gを5年間運用した場合の総費用は数千万円になりそうだ。
性能面ではPegatronのCU/DUの性能の理論値は下り最大スループット800Mbps、実測では500Mbpsだという。他のローカル5G製品より速いとはいえない。Pegatron以外のCU/DUでどの程度かは不明だ。
機能面ではAzure Private 5G Coreで地理的に離れた場所にある複数のローカル5Gを統合的に監視、制御できるという特徴がある。ただ、ローカル5Gが1カ所にしかない場合は意味がない。
Azureを介して既存のITシステムやネットワークと連携しやすいのは特徴といえるだろう。Azure Stack Edgeサーバで使えるコンピュータビジョンのような実用的なアプリケーションが豊富に用意されていれば、企業にとってAzure Private 5G Coreを採用する動機になるかもしれない。
今回得られた情報では、「Azure Private 5G Coreを使ったローカル5Gが従来のローカル5Gより優位性があるとは断定できない」というのが筆者の結論だ。
バッテリーレスが可能な5Gルーター
ローカル5Gのネットワーク本体ではないが、興味を引かれたのが富士ソフト製の5Gルーター「+F FS050W」だ。外観を写真1に、仕様を表1に示す。
+F FS050Wはローカル5Gだけでなく、キャリア5G(NTTドコモ、ソフトバンク、楽天モバイル)、sXGP(shared Xtended Global Platform:自営LTE)でも利用できる。ハードSIMとeSIMに対応しており、携帯回線の二重化が可能だ。eSIMを生かして端末(+F FS050W)のアクティベーションや設定、利用制限などを一元的にできるサービス「+F LINK」も用意されている。
現在、企業における5Gネットワーク普及の障害になっている要因の一つが、「適切な接続デバイスがない」ということだ。テレビ中継用のカメラを5Gに接続するのにスマートフォンを使ったり、工場でモバイルロボットを接続するためにコンシューマー用の5Gモバイルルーターを使ったりしている。
スマートフォンやコンシューマー用のルーターが産業分野の利用に向かない理由の一つが、バッテリーを使っていることだ。
例えば、工場でモバイルロボットの運用にコンシューマー用の5Gルーターを使ったとする。電源はモバイルロボットから5Gルーターに給電できるが、モバイルロボットの電源をオフにしてもルーターの電源ボタンを押下しない限り、モバイルルーターの電源は入ったままだ。土日にモバイルロボットの電源が入っていないとモバイルルーターのバッテリーが上がってしまう。月曜日にモバイルロボットの電源を入れても、5Gルーターのバッテリーがある程度充電されないと動かない。バッテリーがあるためこんな運用の問題が生じるのだ。バッテリー自体も2、3年使うと、膨張したり劣化したりして使えなくなる。
産業分野で使う5Gルーターはバッテリーがない方がいいのだ。+F FS050Wはバッテリーを外して利用できる。モバイルロボットに装着して使うとモバイルロボットから給電されればオンになるし、給電が止まればオフになる。電源運用の問題がないし、バッテリーを使わないので劣化を心配する必要もない。
Azure Private 5G Coreを使ったローカル5Gを概観し、産業分野に向いているバッテリーレスで使える5Gルーターを紹介した。Azure Private 5G Coreを使ったローカル5Gはまだ評価段階だが、今後のサービスの充実と世界中で実用化の事例が生まれることを期待している。
産業分野に適した接続デバイスとしては、バッテリーレスだけでなく、耐久性や本体とアンテナの分離(例:本体はモバイルロボットの内部、アンテナは外部に設置)などが求められる。5Gネットワークがどんなに優れていても、つなぎたいモノをつなぐための適切なデバイスがなければ使えない。ベンダーには産業分野向けの接続デバイスの開発に注力してほしい。
筆者紹介
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパート等)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。
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