「SDV」がもたらすクルマ→モビリティへの変化 「クルマのソフトウェアアップデート」が楽しみになる時代がやってくる:ものになるモノ、ならないモノ(95)
最近、SDVという言葉を目にする機会が増えている。SDVはクルマを所有する個人や自動車企業、あるいはソフトウェア企業にどのような影響をもたらすのか。
最近「SDV(ソフトウェアデファインドビークル)」という言葉を目にする機会が増えた。直訳すると「ソフトウェアで定義されたクルマ」だ。これまで、クルマの価値を決めてきたのは、エンジンやシャシーといった、ハードウェアの領域が大きかった。しかし、これからのクルマは、主にソフトウェアが価値を左右するようになる、という考え方だ。
例えると「クルマのスマートフォン化」という言い方もできる。iPhoneにおいて、ユーザー体験の多くがiOSや個々のアプリの利便性、操作性に支配されているように、ソフトウェアの良しあしがクルマの魅力を決定づける――それがSDVだ。
米国ラスベガスで開催されている「CES 2024」においても、SDV関連の発表が複数あった。後述するソニーホンダモビリティの電気自動車(EV)「AFEELA(アフィーラ)」は、Microsoftと協業して対話型パーソナルエージェントを提供するという。フォルクスワーゲンは「ChatGPT」をベースにした音声アシスタントを市販車に搭載すると発表した。
この他にも、韓国のLGエレクトロニクスがSDVのプラットフォーム(車載OS)提供に乗り出すなど、この領域へのビッグテックの進出が相次ぐ。レガシーなクルマメーカーとしては、ビッグテックの力を借りなければ、ソフトウェア分野の超速な進化に追いつけないということだろうか。
2023年末時点でSDVがどのようなクルマを指すのか例を挙げると、米国Tesla製EVのOTA(Over The Air)によるソフトウェアアップデートが分かりやすいだろう。筆者は、「スマホのようなクルマ」を体験すべく、2021年9月にTesla Model 3を購入した。購入後、20回のソフトウェアアップデートが降ってきた。
アップデート内容は、ADAS(高度運転支援機)の改善もあれば、スクリーンのUI改善、エンターテインメント系アプリの追加、安全機能の追加など、多岐にわたる。過去には車内に愛犬を留守番させたままクルマを離れることができる「ドッグモード」の追加もあった。停車中であってもエアコンをオンにしたままにできるEVの利点を生かすことで、愛犬は快適に車内で過ごせるという機能だ。
2年余の間、ソフトウェアアップデートのたびに愛車の魅力は増し、クルマとしての価値は向上している。ちなみに、ここで言う価値とは、査定時の下取り額のような金銭的価値ではなく、自己の内奥に宿るエモーショナルな価値のことだ。いうなれば「愛車精神」といったところか。
従来のクルマとモビリティの違い
レガシーな考え方、つまりSDVではない従来のアーキテクチャで設計されたクルマは、小規模で、限定的なソフトウェアアップデートはできたとしても、Teslaのような、インフォテインメント周辺から、クルマの基本性能向上や不具合改善に至るようなOTAアップデートは難しいとされてきた。その背景には、車載組み込みシステムの設計思想の違いがある。
従来型は、エンジン制御、ステアリング、サスペンション、インフォテインメントなどの制御システムが自律分散型で設計されている。またそれぞれのサプライヤーが異なっているケースもある。各システムの協調がスパゲティ状態で複雑に絡み合っているため、統合的アップデートの仕組みを実装するのが、事実上困難なのだ。
一方で、Teslaや最新の中国製EVは、中央集権型でシンプルなので、スマホやPCのOSのようなアップデートの仕組みを搭載できる。Teslaの場合、2019年以降のTesla車には、ハードウェア(HW)3.0という中央集権型の車載コンピュータが搭載されており、このHW3.0に加え、3個のボディーコントローラーで、あらゆる制御をつかさどる仕組みを備えている。
フォルクスワーゲンのエンジン車は、約70個のECU(Electronic Control Unit)でクルマを制御しているという。エンジン車であるが故にECUが多くなる側面はあるものの、この辺りにも従来型のクルマとSDVの決定的な違いが見て取れる。
なお、自律分散型のアーキテクチャには、リスク分散というメリットもある。安全を優先する自動車においては、あえて分散型を採用してきたいきさつもあるだろう。
SDVを語る際、前述のソフトウェアアップデートの他にも、車載OS、パーソナライズ化、自動運転、ソフトウェアやアプリなどのサブスク課金といったキーワードが浮上してくるが、それらは、他の専門情報に当たっていただくとして、本稿では、SDVがユーザーにもたらす価値の理由の一つとなるであろう、クルマを介したコミュニケーションに注目したい。
クルマが音楽に合わせてパフォーマンスする
スマホを介してSNSなどで人と人がコミュニケーションするように、未来のクルマはコミュニケーションツールとしての一面も持ち合わせるようになると筆者は予測している。
ただ、「クルマがコミュニケーションツールになる」といっても、クルマがSNSに接続して車内のインフォテインメント用スクリーンから、メッセージの投稿や閲覧が可能になるといった単純な話ではない。そもそも、そのような機能なら、クルマに搭載しなくても、運転者が車内にスマホを持ち込めば事足りる。
筆者が言うコミュニケーションがどのようなものであるかをご理解いただく事例として、Tesla車が装備している「ライトショー」をご紹介しよう。
ライトショーを一言でいうと、音楽に合わせてクルマがライトなどを光らせながらパフォーマンスを繰り広げる機能だ。それがどのようなものかは、動画をご覧いただくのが早いだろう。次の動画は、筆者宅の駐車場(私有地)で実演したものだ。
ライトショーは、フロント下部に設置されたスピーカーから再生される音楽にシンクロして、ライト類がイルミネーションのように点滅したり、窓やトランクなどが開閉したりする。
ちなみに、ライトショーは日本の法規制に抵触するらしく日本では封印されているが、隠しコマンドを発見したユーザーがいて、前述の動画のように実演できた。「できた」と過去形にしたのは、その後のアップデートで隠しコマンド自体も日本では封印されてしまったからだ。
クルマのプログラム機能はオープンに
ライトショーは、これまでにないコミュニケーションツールとしての可能性を提供している。それは、ユーザーが、ライトショーのシーケンスをプログラムできる点にある。TeslaはGitHubでライトショーのプログラムを公開しており、好みの音楽に合わせたライトの点滅、ミラーや窓の開け閉めなどのシーケンスを「xLights」というソフトウェアを使用して自作できるのだ。
そして、作成したライトショープログラム(FSEQ)は「TeslaLightShare.io」などを通じて、インターネット上で他のユーザーに公開することもできる。ダウンロードしたユーザーは、指定された楽曲のMP3ファイルを自分で用意し、プログラムファイルと同時にUSBメモリに保存後、車両のUSB端子に挿入することで実演できるようになる。
このように自作のライトショープログラムを公開すること自体もコミュニケーションの一種なのだが、同機能を利用したオフラインミーティングも盛んだ。海外では複数のTeslaユーザーが集合し、同じプログラムのライトショーを、全員一斉に演じる“オフ会”が開かれている。
次に紹介する動画は、フィンランドで開催されたライトショーオフ会の様子だ。687台のTesla車がタイミングを合わせ一斉に同じプログラムを演じている。ここまでくると超ど級の迫力というか、壮観過ぎて開いた口がふさがらない。
ライトショーのプログラム機能をユーザーに対してオープンにすることで、これまでにはない形態でクルマを介したユーザー同士のコミュニケーションが発生しているわけだ。Teslaが最初からこのような効果を狙ったのかは不明だが、ソフトウェアがクルマの価値の一部を形成している一例といえるだろう。
またTeslaは最近、車両から得たデータをサードパーティーが利用できるよう、APIの公開を開始した(公式ドキュメント)。Teslaには、以前からさまざまなサードパーティー製アプリやWebサービスも存在したが、それらはリバースエンジニアリングされたAPIを利用していたのだ。
本家が公式公開に踏み切ったことで、合法的なビジネスとしてアプリやWebサービスを展開できるようになった。筆者の推測だが、おそらくTeslaはSDK(Software Development Kit)の準備も進めているだろう。今後、SDKが公開されると、サードパーティー開発者はTesla車を通じてさまざまなアプリを提供できるようになる。
2008年に誕生したiPhoneのように、自動車を中心とするアプリ経済圏が誕生する可能性もある。魅力的なサードパーティーアプリが登場すれば、自動車としての価値もますます向上するのではないだろうか。
国内でもオープン化の動きあり
そしてこのようなAPI公開の動きは、Teslaだけではない。ソニーホンダモビリティ(SHM)が2026年に発売を予定しているAFEELAも車載システムと連携して動作するアプリやサービスの開発ツールをサードパーティーにも開放する見込みだ。
2023年末時点では、AFEELAにどのようなSDV的機能が搭載されるのかは不明だが、何らかのコミュニケーションを意識したツールが用意される可能性は高い。あるいは、サードパーティーが何らかのサービスを開発する可能性も大いにある。
2023年10月に開催された「Japan Mobility Show 2023」で公開されたAFEELAプロトタイプのフロントとリアには、メディアバーと呼ばれる液晶画面が設置されていた。
会場では、Fortniteのキャラクターが画面に映し出されていたが、道路を走行する際には、さまざまな情報が表示できるだろう。「お先にどうぞ」といった対歩行者向けメッセージや公共の充電施設での充電中に「あと○○分で充電完了」といった情報だ。
あるいは、自動車からドライバーに対するメッセージなども考えられる。パーキングにあるAFEELAに所有者が近づくと、「お帰りなさい」のようなウエルカムメッセージが表示されるといったコミュニケーションもあるだろう。自動車に興味がない人からすると「だからどうした」と言われそうだが、愛玩的な所有物としてのクルマに対する情緒的な価値を高めてくれることに違いない。
前述のFortniteの画面は、車内で同ゲームをプレイしていることを外部に知らせ、外部の好事家との間で何らかのコミュニケーションを誘発するような仕掛けを考えているのだろう。
考えてみれば、Tesla車が登場する以前は、OTAで車載コンピュータやUIをアップデートしたり、車内のスクリーンでYouTubeやNetflixを視聴したりできるクルマなど想像だにしなかった。従来のクルマの概念を超越した領域にその価値の源泉があるSDVという種類の乗り物についても、それが持つ本来的な価値を今の段階で予測するのは難しいのかもしれない。
ただ、1つ言えるのは、SDVが普及すると、ガジェット好きがPCやスマホの次期OS、あるいは新作アプリの機能に期待を寄せ、楽しみにするように、クルマのソフトウェアアップデートを楽しみにするドライバーが増えることだろう。実際、Teslaのソフトウェアアップデートが降ってくると、SNS上のTeslaコミュニティーでは「アプデ、キター!」とアップデート画面のスクショが飛び交うのだから。
著者紹介
山崎潤一郎
音楽制作業の傍らIT分野のライターとしても活動。クラシックやワールドミュージックといったジャンルを中心に、多数のアルバム制作に携わる。Pure Sound Dogレーベル主宰。ITライターとしては、講談社、KADOKAWA、ソフトバンククリエイティブといった大手出版社から多数の著書を上梓している。また、鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」などの開発者であると同時に演奏者でもあり、楽器アプリ奏者としてテレビ出演の経験もある。音楽趣味はプログレ。
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