AIによる従業員の業務変革が進まない? DX推進担当者が発想を転換すべき理由:Gartner 新時代リーダーへの提言(2)
AIで全社的なDXに取り組む企業が増えていますが、推進担当者からは数々の悩みが聞かれます。その一つは従業員レベルの業務変革。ChatGPTなどの利用は広がっても、業務プロセス自体の変革はなかなか進まない。Gartnerアナリストのウォン氏は、発想を変えるべきだと指摘します。
「カイゼン」活動に見られるように、日本では古くから、企業の現場の人たちが業務改善に貢献してきた歴史があります。しかし、AI(人工知能)を活用した業務変革となると、違った現状があります。
今、多くの日本企業はDX(デジタルトランスフォーメーション)のための具体策としてAIに取り組んでいますが、必ずしも順調に進んでいません。従業員レベルでは、ChatGPTなどのAIチャットbotこそ盛んに使われているものの、業務変革につながるAIエージェント的なアプリケーションについては、「しっかりヒアリングして作ったのに使ってくれない」という悩みが多くのIT/デジタル推進担当部署の人たちから聞かれます。
うまくいかないのはなぜなのでしょうか。どうすればAIで従業員レベルの業務改革を進められるのでしょうか。
これについて、「まず、従業員の置かれている状況を考える必要があります」とGartnerのアナリスト、ジェイソン・ウォン氏は指摘します。DXという名の下に従業員のAI活用を性急に進める前に、現状を理解すべきだというのです。
従業員にとって便利になったが業務満足度は上がらない現状
ここ数年、Slackをはじめとして事務職の日常業務に便利なデジタルツールが次々に登場し、多くの企業が積極的に導入してきました。ウォン氏によると、大企業では従業員が平均7つのツールを使うようになっているそうです。
結果として、従業員はデジタルツールを使いこなすのではなく、逆に「使われる」状況になっているとウォン氏は言います。デジタルツールは業務のスピードを高めてくれる一方で、相互連携が不十分なツール間を行き来し、必要な情報を見つけて整理し、アクションするのに時間を取られます。便利さが増す一方で、面倒が増えているのです。
こうした状況にある従業員に、IT/デジタル担当部署が「業務変革のため」と称して、また新たなツールを押し付けても、歓迎されるわけはありません。
IT/デジタル担当部署が目的とすべきなのは、「自社のDX推進のための従業員によるAI活用」ではなく、「AIを活用した従業員体験の向上」だとウォン氏は断言します。
より具体的には、AIエージェントが個々の従業員のタスクの割り当てや実行を自律的に行い、従業員が本来のコア業務に集中できる環境を目指すべきだと言います。また、単に業務を効率化するだけでなく、従業員がやりがいを感じ、エンゲージメントを高められるようにしていくべきだとしています。
従業員自身がAIエージェントを構築すべき理由
そう言われても、IT/デジタル推進部署の人たちからは、「一生懸命ヒアリングしてきたのは、現場の人たちを助けるためだったのに」という声が聞こえてきそうです。どうすればいいというのでしょうか。
ウォン氏は、現場の従業員がノーコードのエージェント構築ツールを用いてAIエージェントアプリを自分で開発すべきだとし、理由として以下の3点を挙げます。
1.業務コンテキストの理解とスピード
IT部門は技術の専門家ですが、各部門の細かな業務フローを完全に把握しているわけではありません。例えば人事部門のワークフロー自動化は、IT部門に説明して作ってもらうよりも、プロセスを熟知している人事担当者が自ら作成した方が、手戻りがなく実用的です。また、外部委託やIT部門への依頼は時間がかかりますが、従業員自身が構築すれば、ビジネス課題を即座に解決できます。
2.「イケア効果」によるエンゲージメント向上
人は、自分が労力をかけて作り上げたものに愛着と価値を感じる傾向があり、「イケア効果」とも呼ばれています。
「従業員が自らの手でエージェントを構築することで、出来上がったツールへの納得感が高まります。これは組織全体のイノベーション文化の醸成にもつながります」(ウォン氏、以下同)
3.ROE(従業員収益率)の向上
ROI(投資収益率)ではなく、従業員の負担軽減や満足度向上を示す「ROE(Return on Employee:従業員収益率)」を指標として高めていく必要があり、このためにも従業員自身による開発が有効です。
意欲も開発能力もない人にはどう対応すればいい?
ウォン氏は、取り組みを以下のように、段階的に進めるべきだと話しています。
第1段階:AIエージェントについての誤解を解く
まず、完全自律型の万能AIを作ろうとしてはいけません。
「目指すべきは、『ナイトライダー』の『KITT』のような完全自律運転車ではなく、ワイパーやヘッドライトのような『特定の機能を自律化するパーツ』の構築です」
第2段階:ノーコード・エージェントビルダーの選定と導入
プログラミング不要でエージェントを構築できるSaaS型ツールを導入します。「Microsoft Copilot Studio」や「Gemini Enterprise」をはじめとしたAIエージェント開発ツールを評価し、選定します。
第3段階:高い意欲と能力を持つチャンピオンの発掘
全従業員に開発を強制するのではなく、意欲とアプリ開発能力が高い層を見つけ出し、「チャンピオン」として育成します。
また、従業員の中で「意欲はあるが開発能力が低い」層にはトレーニングを提供し、「能力はあるが意欲が低い」層には、使いやすいツールを提供して動機付けを行います。では、意欲も開発能力も低い人にはどう対応すればいいのでしょうか? ウォン氏は無理に強制しないほうがいいと話しています。
第4段階:パイロット運用と適応型ガバナンス
特定の業務でパイロット運用を行うと同時に、リスクに応じたガバナンスを確立します。この段階での役割分担は下記の通りです。
- 個人やチーム内のAIツールは自由に開発させる
- 部門をまたぐ連携などはIT部門が支援する
- 基幹システムに関わる領域はIT部門が厳格に管理する
第5段階:ブレンド戦略による組織化
IT部門と事業部門が連携するチームを結成します。従業員のAI活用について、IT部門は「統制者」から「支援者」へと役割を変え、ビジネス部門の市民開発者が作ったエージェントのセキュリティ確保や統合をサポートします。
最後に日本企業へのアドバイスを聞いてみたところ、「日本の現場が持つ改善の文化と最新のノーコードAIツールを組み合わせることで、日本企業は従業員体験を飛躍的に向上させることができると思います」とウォン氏は答えました。
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