AIDDを前提とした開発基盤はどう整備すべきか プラットフォームエンジニアリング視点で考えるAI爆速開発の方法論:「AI爆速開発」を企業競争力につなげるには条件がある
「AIで爆速開発」だけでは必ずしも本当の競争力強化にはつながらない。ガバナンスや開発環境の整備との両輪がそろってはじめて価値のあるAI駆動開発が実現する。ではその環境づくりはどう進めるべきだろうか。有識者に聞く。
ソフトウェアが企業の競争力を左右するDX時代において、生成AIを活用した「AI駆動開発」(AIDD)の波が急速に押し寄せている。従来、人間の開発者のために整備されてきた開発プラットフォームもAIやAIエージェントが稼働することを前提とした見直しが必要だ。AIによる開発スピードの向上と、セキュリティや品質面でのガバナンスを両立させるカギとして、「プラットフォームエンジニアリング」が改めて注目を集めている。
本稿は、2026年6月に国内初となるプラットフォームエンジニアリングの認定サービスプロバイダに認定された伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)の杉田修一郎氏と、プラットフォームエンジニアリングを推進するレッドハットの北村慎太郎氏、Cloud Native Computing Foundation(CNCF)のAmbassadorであり、プラットフォームエンジニアリングを実践するCloud Native Community Japanの青山真也氏の3氏にAI駆動開発を成功に導くための開発環境の在り方を聞いた(聞き手:編集部)。
(写真左から)
- 青山真也氏(Cloud Native Community Japan ボードメンバー。CNCF Ambassador)
- 杉田修一郎氏(伊藤忠テクノソリューションズ DXコンサルティング本部 クラウドネイティブ推進部 アソシエイトプリンシパル)
- 北村慎太郎氏(レッドハット 技術営業本部 クラウドスペシャリスト部 シニアスペシャリストソリューションアーキテクト Platform Engineering Expert)
現場で今何が起こっているのか:AI駆動開発の進展とその課題
――AI駆動開発(AIDD)は開発現場にどのような変化をもたらしているのでしょうか。
杉田氏: 以前はクラウドネイティブ化の文脈で、人間主体の開発環境やCI/CDパイプライン構築の問い合わせが主流でしたが、2026年6月ごろを境に「上層部からAI駆動開発を命じられた」という相談が急増しています。
北村氏: AI駆動開発における企業の導入速度は極めて速い印象です。一方で、速度の代償として「AIにどこまでやらせていいのか」という「AIの許容範囲」を定める統制の議論が追いついていない状況に見えます。
青山氏: 私の周囲でもローカルでの活用はもちろん、Issueを起票するとAIが自律的にPull Requestまで作成するような、リモート環境でAIが自律的に開発を進めるフローが確立されつつあります。開発者1人が10人分のパワーを持つというより、クラウドに自律的な開発メンバー(AIエージェント)が増殖しているような状態です。生産性が上がるため、成果物が増加し、人間のチェック量と負荷が激しく増大しているのは間違いありません。
杉田氏: 従来の自動化はルールベースのシンプルなものでした。しかし今は、そのプロセスの途中にAIによるレビューやセキュリティチェックが挟み込まれる形への大改造が始まっています。開発プロセス全体とプラットフォームを、AI駆動開発を前提に整備していかなければ人間の負荷は下げられません。
PEの新たな役割:AI開発の「ハーネス」としての進化
――従来のプラットフォームエンジニアリング(以降、PE)は「開発者の認知負荷を下げること」が主目的でしたが、AI駆動開発が前提になると、その定義はどう変わるのでしょうか。
北村氏: 私たちがお客さまのPE推進を本格的に支援し始めた当初は、人の認知負荷を下げるために開発環境の払い出しや開発者ポータルの提供、組織論を軸とした提案がほとんどでした。しかし、AIには認知負荷を考慮する必要がないため、PEの議論は「AIにどこまでやらせていいのか」というガバナンスの文脈にシフトしています。
杉田氏: AIの暴走などのリスクを未然に防ぐハーネス整備は、これからのPEの最も重要な役割です。私たちはハーネス設計を「Day 0:ローカル環境」「Day 1:CI/CDパイプライン」「Day 2:運用」という3つのフェーズに分けて整理すべきだと提唱しています。
AI駆動開発を支える3段階ハーネスの構造
・Day0:ローカル(Shift-Leftの入り口)
- claude/などの設定ファイル、CLAUDE.md(恒久指示・規約)の配置
- Sandbox(Docker/WSL2など)による実行環境の隔離と即時フィードバック
・Day1:CI/CD(パイプラインで動くAI)
- レビュー、仕様適合性、セキュリティを監査するAIエージェントの統制
- 変更に対する人間承認への切り替えトリガー設計
・Day2:運用(本番環境の安全確保)
- AI専用ID(NHI)による実行境界の強制と権限最小化
- 誰が何をしたかを記録する自社側での監査ログの取得
青山氏: AI駆動開発を推進するにはITインフラのモダナイズやハーネスの整備が不可欠ですね。AIが作り出す成果物を安全にリリースして安定的に運用するというゴールを達成するには、コンテナ技術やPEの仕組みを取り入れて環境をモダン化しなければAIの圧倒的なスピードと量にインフラ側が耐えきれなくなります。AI駆動開発のスピードだけを優先してしまうと長期的には技術負債やリスクを生み出す可能性が高まります。
クラウドに潜むもう一つの現実:トークンコストと事業リスク
――AI駆動開発を進める実務者の間では「コスト」や「AIオブザーバビリティー」(可視化)に関する懸念も出始めているようです。
青山氏: 今は「AIをどんどん使って開発する」という段階ですが、今後は「適切なトークン量で成果を出せているか」を正しく計測する必要が出てくるでしょう。それに加えて、AIサービスの価格変動リスクにも備えなければいけません。状況に応じてモデルを柔軟に切り替え、全体のコストを低く抑え、品質を保つための仕組みが必要です。
北村氏: 海外では既に「OpenTelemetry」などを使って、どのモデルにどれだけの時間、何トークン使ったかを可視化して効率化を進める動きがみられます。今後は可視化したデータを基に、チームごとのトークン量を制御して予算を管理しやすくする取り組みも必要になるでしょう。
杉田氏: 今は安価に提供されているフロンティアAIも、いずれ投資回収フェーズになり、適正価格への調整はあると見ています。価格が倍になっても耐えられるよう、プラットフォーム側でコスト最適化の仕組みを持っておく必要がありますね。
AI時代のPE実践と内製化をCTC×レッドハットはどう支援するか
――多くの日本企業が「開発の内製化」を掲げていますが、それを支えるプラットフォームを自社で構築・運用する人材を抱えられる組織はそう多くはありません。
北村氏: 多くの企業が技術者不足の問題に直面しており、現在の業務で手いっぱいという状況です。インフラの開発や運用環境を整えるPEの取り組みは、とても兼業でできるものではありません。だからこそ、そこを伴走型でサポートできるのが、CTCさまをはじめとする日本のSIerの強みであり、今後の大きな提供価値になると考えています。
杉田氏: AIにフルスタックのコンテキストを正しく理解させるには、インフラ構成や開発規約、ドキュメント類を全てコード化する必要があります。しかし、開発者の認知負荷を下げるための環境整備は、インフラ側の認知負荷を高める側面があります。そのため、私たちのインフラモダナイズおよびPE支援はお客さまのチームをトレーニングしながら伴走するアプローチを基本としています。
北村氏: レッドハットはコンテナ基盤「Red Hat OpenShift」や、開発者ポータル「Red Hat Developer Hub」を提供しており、これらはPEの思想を体現したプロダクトです。人間が画面を見る必要が薄れたとしても、ポータルに蓄積されたソフトウェアカタログやドキュメントは、AIが参照するための最高に効率的な情報源になります。
杉田氏: AIの成果物であっても説明責任は逃れられません。アプリケーションの設計や品質を記録として残す上でも、モダンなクラウドネイティブプラットフォームを整備することは重要です。Red Hatの製品群やエコシステムに、CTCのSIサポートやコンサルティングをパッケージ化して提供することで、お客さまが「プラットフォームの構築そのもの」に迷わず、自社のビジネス成長に直結する開発に集中していただけるようにしたいと考えています。
青山氏: 組織の規模や開発フェーズ、人員のスキルセット、現在使っている技術スタックによって、最適なプラットフォームの形や、最初に作るべき「プラットフォームの種」のような最小構成は全く異なります。これらは実際に多くの失敗と成功を経験していなければ判断が難しいものです。自社だけで正解を導き出すのは困難でしょう。プラットフォームは一度作ったら終わりではなく、継続的に進化させ、最新の技術トレンドをキャッチアップし続けなければなりません。知見と経験を持つメンバーを巻き込むことは、安心感と確実な強みになるはずです。
未来の技術負債を生まないために、今なすべきこと
――AI駆動開発のメリットを最大限に享受しつつ、未来の技術負債を避けるために、企業はどのようなマインドセットを持つべきでしょうか。
北村氏: 開発プロセスはどんどんAIに置き換わっていきますが、最終的に責任を持ってリリースする判断は人間が担い続けます。その状況に向けた人間の役割の再定義が、まさにPEを通じて行われていくと考えています。
青山氏: そもそも「クラウドネイティブ」や「PE」には、大規模かつ継続的にソフトウェアを開発・運用するために培われてきたプラクティスが数多くあります。そのため、それを実践して理解している状態を一回経由しないことには開発プロセス全体を安全にAI駆動開発に移行するのは困難です。AI駆動開発を推進しながら、進展度合いや規模に応じてクラウドネイティブな環境を整備し、徐々にプラットフォームを育てていくアプローチが現実的でしょう。
杉田氏: CTCはお客さまのクラウドネイティブ化とAI-ReadyなPE実現のためのベストプラクティスを「C-Native」として体系化しています。PEの実践は決して画一的なものではなく、個々の企業の成長戦略やビジネスゴールとその推進・実行体制とを突き合わせて総合的に判断する必要がありますから、組織内の人材育成も重要です。私たちは経験を基にお客さま個々の状況にあわせて適切な「成熟度マップ」を用意し、人材育成の支援にも役立てています。個々のお客さまに伴走して「AI駆動開発」と「安全で合理的なプラットフォームの提供」の両立を支援していく考えです。
――ありがとうございました。
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