迷惑メールにお墨付きを与える? 経済産業省
株式会社ピーデー |
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当DMは特定商取引法に関する省令に基づいて作成しています
2002年の1月11日から、妙な宣伝メールが入り込んでくるようになった。もちろん、送り主に心当たりがない宣伝メールなら、毎日平均10通以上は受け取っているので、いわゆるスパムを受け取ること自体は、決して珍しいことではない。だが、「当DMは特定商取引法に関する省令に基づいて作成しています」という断り書きを入れてくるのは、それまでになかった趣向だ。いったいぜんたい「特定商取引法に関する省令」とは何だろう? 省令というからには、どこからの省が出しているものに違いない。もちろん、誰かが勝手に何とか省という任意団体を作ったとは考えにくく、どこかの国家のお役所だとしか思えない。何が起きたのだろうと思い、少し調べてみたところ、確かに経済産業省より、平成14年01月10日(木)付けで「特定商取引に関する法律施行規則の一部を改正する省令」というものが出ている(この省令に関する経済産業省のページ)。担当は消費経済政策課だそうである。
その主旨はというと、どうやら広告メールにはSubjectに「!広告!」という文字を入れなさい、ということのようだ。この文字が入っていれば、ソフトで自動的に削除することができ、読みたくない人は読まないで済ませられるので良い、ということらしい。見てみると、確かに妙な宣伝メールのSubjectには「!広告!」という文字が入っている。これにより、「省令に基づいて作成した」と主張しているようだが、よく上記の資料を見ると違うことが分かる。まず、「メールの本文にも広告である旨を表示」という条件が明確に守られているとはいい難い。また、「通信販売事業者等が電子メールにより商業広告を送るときは、既に義務づけられている住所、電話番号等の表示に加えて、以下の新たな表示が義務づけられます」という記述から見るに、もともと住所、電話番号などを表示しなければならなかったはずなのだが、これも守られていない。アダルト・サイトのスパムなら、住所も電話番号もなく、ただURLを書くだけというのが定番だ。記述したURLからダイヤルQ2か国際電話にダイヤルアップさせるソフトを使わせれば、それで稼げるわけで、自分たちの居場所を客に教える必要などない。というわけで、「当DMは特定商取引法に関する省令に基づいて作成しています」という断り書きは、正しい主張ではないように思える。
抜け穴もある?
よかったよかった、やはり経済産業省は迷惑メールにお墨付きを与えているわけではなかったのか、とひと安心するのは早い。というのは、結局のところこの省令は、受取人が「もう送るな」と手続きするまでは迷惑メールをいくら送っても良い、としているからだ。こうして経済産業省がお墨付きを与えた以上、多数の業者が喜び勇んで宣伝メールを送るようになる恐れがある。業者の数が増えれば、個々の業者に「送信するな」と手続きする手間も馬鹿にならない。あまりの手間に、もう手続きはやめたと思うユーザーが多くなれば、迷惑メールを止める手だてはない。
また最も深刻なアダルト関係などの迷惑メールは、送信者を特定されないように送信元をコロコロ変えて別人のふりをして送ってくるので、これ以上送るなという手続きそのものに意味がない。また以前から、悪質な迷惑メールに記載された「次回から送信しないための手続き」は、実際に読んでいるユーザーがいるメール・アドレスを収集する手段として使われているという噂がある。それを考えれば、迷惑メールを止めたければ止める手続きをせよ、というこの省令は、迷惑メール送信用の名簿作成の手助けをしてしまう恐れがある。
さらに、Subjectに「!広告!」の文字があれば読まずに削除できるから迷惑にならないという不思議な主張も見られる。読まなくても受信すれば、それに対応するトラフィックが生じ、従量課金ならそれに対応する料金をユーザー側が負担しなければならない。あるいは、定額制の回線を使っているとしても、帯域が細ければメールを受信するトラフィックで他の通信が一時的にスローダウンすることもあるだろう。こういう迷惑に対しては何の解決にもなっていない。
本当に迷惑メールの対策になるのか?
この問題に関して、議論がまだ不十分だから穴がある、ということもないだろう。実際にオプトイン(同意しなければメールを送ってはならない)と、オプトアウト(意思表示がなければ送ってもよい)のどちらが良いか、という議論は以前から続いている。この省令はオプトアウトのようだが、現実的には断りなくDMを電子メール送信すると迷惑行為として利用者に嫌われるので、まっとうな業者なら、事前にユーザー側の了解を取ってから広告メールを送る例が多い。その意味で、ユーザーの好感を勝ち得るには、オプトインを選択する方がベターではないかと思うが、そう思わない人たちもいるようだ。明治大学の夏井高人教授によれば、米国各州の法令でも、この省令と同じようなオプトアウトのスキームを持っているものが普通なのだそうである。しかし、米国から来る迷惑メールの数が減ったという実感がないことから考えれば、これらの法令が迷惑メールを減らす効能はないと思われる。同じスキームを持つこの省令も同じだとしても、何の不思議もない。
結局のところ、経済産業省が主張する「電子メールによる一方的な商業広告の送りつけ問題(いわゆる迷惑メール問題)に対応するため」とは、迷惑メールを減らすという意味ではないのだろう。むしろ、迷惑メールの送信を合法化して被害を増加させるための手順を定めたもののように思える。つまり、一般ユーザーではなく極めて業者側に擦り寄ったスタンスで作られた省令ではないかと感じる。郵便のDMや、電話による宣伝が可能なのに電子メールだけ許されないのは不整合だから、電子メールでも許されるべきという意見もあるようだが、とんでもない暴論だろう。受信者がコストを負担する電子メールを、送信者が切手代や電話料金を負担する郵便や電話と同列に論じるのはナンセンスだ。比較するなら、受信者が紙代を負担するFAXなどと比べるべきだろう。
他人事ではない
スパムに関わっていない善良なシステム開発者も、こういう問題を他人事と考えるわけには行かない。ネットワーク上で個人情報を扱うシステムに関係すると、この手の話題と不可避に絡んでくるからだ。特にWebサービスなどが普及すると、必然的に、個人情報がさまざまなシステム間を飛び交うことになる。例えば、マイクロソフトの.NET My Servicesなどは、個人情報を扱う便利な機能を提供しているが、これにアクセスするということは、個人情報を扱う適切なルールを守る義務が発生するということを意味する。実際に、昨年12月の.NET Developer Conferenceでも、.NET My Servicesはオプトインであり、個人情報の所有者が許可しない情報は一切取得できないことを強調していた。
少なくとも、勧誘電話は掛け放題、郵便のDMは送り放題、営業マンも訪問し放題、という過去の常識のどおりに、電子ネットワークでも同じことができると安易に思い込まない必要はありそうだ。例えば、郵送用のDM発送システムを開発しているときに、「システムをちょっと拡張して電子メールでも送信できるようにしよう」と言われたら、そこでピンと来なければならない。この省令を守るとすれば、Subjectに「!広告!」などの文字列を入れる機能を付けねばならないし、次回から送信させないための手続きも用意しなければならない。さらに、利用者から嫌われないようにしたいと思うなら、省令を守るだけでは手ぬるく、事前にユーザーの承認を得ずに電子メールは送らない配慮も必要かも知れない。十分に注意しよう。
補足 「この特商法というのは、元は訪問販売法と呼ばれていた法律です。要するに、押し売り禁止法でして、名称変更になっているわけです。そしてこの省令は、押し売り禁止に含まれる商売の種類を指定する省令でして、今回、初めてスパムによる押し売りも押し売りだということになったわけです。目下、スパムそれ自体をもっと厳しく規制するための法律案が検討されており、次の国会に上程され、たぶん可決されるでしょう」 |
関連リンク | ||
「特定商取引に関する法律施行規則の一部を改正する省令」に関するページ(経済産業省) | ||
「『迷惑メールへの対応の在り方に関する研究会』(第1回)議事要旨」 (総務省) | ||
「『迷惑メールへの対応の在り方に関する研究会』(第2回)議事要旨」 (総務省) | ||
スパムメールをめぐる米国及び日本における法的規制 (社団法人 電子情報通信学会) | ||
法令データ提供システム (「特定商取引に関する法律」の条文を読むことができる) (総務省) | ||
情報法学日記(Cyber Loq Japan) | ||
スパム規制に関連する海外の法律(明治大学法学部法情報学ゼミ【夏井高人研究室】) | ||
『産業構造審議会消費経済部会消費者取引小委員会「電子メールによる一方的な商 業広告の送りつけ問題に関する対応について(提言)」に対する意見の募集について』(経済産業省) |
川俣 晶(かわまた あきら)
株式会社ピーデー代表取締役、日本XMLユーザー・グループ代表、日本規格協会 次世代コンテンツの標準化に関する調査研究委員会 委員、日本規格協会XML関連標準化調査研究委員会 委員。1964年東京生まれ。東京農工大化学工学科卒。学生時代はENIXと契約して、ドラゴンクエスト2のMSXへの移植などの仕事を行う。卒業後はマイクロソフト株式会社に入社、Microsoft
Windows 2.1〜3.0の日本語化に従事。退職後に株式会社ピーデーの代表取締役に就任し、ソフトウェア開発業を始めるとともに、パソコン雑誌などに技術解説などを執筆。Windows
NT、Linux、FreeBSD、Java、XML、C#などの先進性をいち早く見抜き、率先して取り組んできている。代表的な著書は『パソコンにおける日本語処理/文字コードハンドブック』(技術評論社)。最近の代表作ソフトは、携帯用ゲーム機WonderSwanの一般向け開発キットであるWonderWitch用のプログラム言語『ワンべぇ』(小型BASICインタプリタ)。
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