連載 構図が変わる

第1章 ASP was born(3)

吉田育代
2000/05/22

   ユーユーネット・ジャパンの差別化戦略

ASPビジネス・コンソーシアムを立ち上げたユーユーネットジャパンの杉山逸郎氏

 実をいうと、杉山は最初にASPありきで業界団体を作ろうと考えたわけではなかった。1999年3月に入社したインターネットサービスプロバイダ(以下、ISP)米国ユーユーネットの日本法人 ユーユーネット・ジャパン株式会社は、ISPとしては最後発。ここで今から存在を主張するには、何らかの差別化が必要だった。一般的にIT業界とネットワーク業界は、同じようでいて世界がまったく異なっているが、前職がネットスケープ・コミュニケーションズ・ジャパン株式会社の代表取締役社長であった杉山はIT業界になじみが深かった。そこで、それを武器にITとネットワークの世界をつなぐようなコンセプトを打ち出せば大きな差別化要因になると、マーケティング部門に調査をさせる。そして見つけたのがASPだった。さらにくわしく調べていくうちに、ASPが潮流になれば、IT業界地図が一気に塗り変わる可能性があることを知った。これを見逃す手はない、ASPを題材に賛同してくれる仲間を集めてユーユーネットをアピールしようと杉山は考えたのである。

 おもしろいのは、外資系日本法人でありながら、彼はこの目論見を米国本社にレポートしなかったことだ。すでに米国本社はASP事業に乗り出すつもりはないと明言していた。同社は米国ではナンバーワンのISPである。ゲリラ作戦を取る必要はなかった。本社に報告すれば「それよりも本業に集中せよ」と切り返される可能性もあった。日本はいいものは勝手にやるんだと、杉山は独自の考えで動いたのだった。

 最初に考えたのは、すでにデータセンターを有しているCTCやエニコム、TISなどといった大手システム・インテグレータに参加してもらい、ユーユーネットジャパンはそのネットワークまわりをかためるという方法だった。そこへASP事業者を募って、とにかく実例を作ろうとしたのである。ASP事業を行うために必須の主力ベンダーとして、サン・マイクロシステムズ、シスコシステムズ、日本オラクルもピックアップする。

 しかし、最初のオファーではどの企業も杉山の話に懐疑的だったという。IT業界では、常に英語の頭文字を並べた言葉が現れては消える。“これからはストラテジック・インフォメーション・システムだ”といってSISがもてはやされたこともあったし、“人口知能の時代だ”といって新聞各紙にアーティフィシャル・インテリジェンス、AIの文字が踊ったこともあった。そんな過去に慣れきっていたシステムインテグレータやベンダーは、“またか”といった気分だったようだ。しかし、杉山は説得してまわった。 「これはすでにきちんとビジネスモデルになっている話ですから今までとは違います。それに御社が乗っても乗らなくても、米国では潮流になるでしょうから、早かれ遅かれ日本にも波及します」

 参加企業の勧誘が、杉山にとって1999年5月末から夏にかけての本業とは別のもう1つの活動だった。表だって動いていたわけではなかったのだが、これが8月17日付けの日経経済新聞に、“企業向けネット構築・運用、日米15社が一括代行―サンや新日鉄、 来月推進母体”と載ってしまう。杉山は杉山で、水面下でASPインダストリー・コンソーシアム設立の動きがあることはまったく知らなかった。

   インダストリーコンソーシアムチームの焦り

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 先を越されて焦ったのは、ASPインダストリー・コンソーシアム・ジャパンチームだった。田中らはコンソーシアムの設立を正式にアナウンスしていなかったため、文句のいいようもなかったのだが、このままで行くと日本には2つの業界団体が誕生することになる。それは参加企業を混乱させるし、あまり格好のいいものではない。そこで、田中が杉山にアプローチして合体の可能性を探る。しかし、両者の考え方は180度異なっていた。杉山は技術の標準化や会員間の情報共有といったことに関心はなく、リアルビジネスを追求しようとしていた。一方、杉山の団体がめざしていた特定事業者によるASP事業の推進は、ASPインダストリー・コンソーシアムの掲げていたオープン性というコンセプトに反した。杉山は田中らのチームをアカデミックと呼び、逆に田中らは杉山の団体をそれ自体がASP事業体と認識した。めざす目的がまったく違っていたため、結局、両者お互いに存在意義があるだろうと結論づけ、それぞれの道を行くことになった。

 インダストリー・コンソーシアムチームは、杉山の団体と同等以上の大手ベンダーをひっぱり出そうと、ジャストシステムやマイクロソフト、そしてサン・マイクロシステムズに賛同を乞う。そして懸案の会長選びがようやく収束したのは、1999年9月のことだった。株式会社NTTデータの代表取締役副社長の河合輝欣が就任したのだが、時間がかかったのは、会長職をNTTデータが受けるというところまでは決まったものの、人選を進めるうちにNTTデータ自身がASPの重要性をより高いレベルで認識し始め、誰が就くのが最適か議論を重ねたからだった。

   2つの団体が正式に発足

 1999年10月1日、先に杉山チームが会の発足を正式に発表した。団体名称はASPビジネス・コンソーシアム。ユーユーネット・ジャパン、サン・マイクロシステムズ、日本シスコシステムズ、日本オラクル、NTTソフトウェア、横河・レンタリースの6社が幹事企業に、またCTC、NTTコミュニケーションズ、新日鉄など20社のシステム・インテグレータが一般会員企業として名を連ねた。

 遅れること20日、ASPインダストリー・コンソーシアムも名乗りを上げる。当初はメンバー企業が30社も集まれば大成功と考えていたのだが、10月21日の第1回総会には40社を越えるIT企業が参加した。この日は米国ASPインダストリー・コンソーシアム会長 トレバー・ケネディも出席し、日本支部の旗揚げを祝った。

   マスコミに描かれた対立構図

ASPサミットで講演する米国ASPインダストリー・コンソーシアム会長のトレバー・ケネディ氏

 案の定、2つの組織はマスコミに対立構図で受け取られた。11月に開かれた合同記者会見では、並んで座ったケネディと杉山がお互いとは反対方向に首を振った瞬間にシャッターが切られ、それが紙面に掲載された。また“競合も辞さない”と報道されたが、それぞれの使命はまったく別のところにあり、競合する場面はない、その意図もないと両者ともに語る。

 ASPビジネス・コンソーシアムは、自ら立ちあがろうとするASP事業者の支援団体だという。入会料は不要だが、入るには練り上げられたASP事業計画書が要る。それも“予定”が並んでいるのでは不合格で、サービス開始がきっちりと視野に入った事業計画でなければならない。そのうえでサーバーまわり、ネットワークまわりに不安があるというのなら、幹事企業がコンサルティングし、実際にビジネスパートナーとなるという形を取る。6社の幹事企業はハードウェア、ネットワーク機器、データベース、与信機関などとASP事業のベーステクノロジーのベンダーが1社ずつ選ばれており、当面は6社で固定だそうだ。そのかわりビジネス・コンソーシアムを維持するために必要な費用もすべて、この6社で折半している。この先、また違ったベーステクノロジーが必要になってくれば、そのときは幹事企業を増やすことを考えるらしい。

 “ASP事業に興味があるが、とりあえずあれこれ勉強したい”という企業に、ASPビジネス・コンソーシアムは、ASPインダストリー・コンソーシアムを紹介する。そのASPインダストリー・コンソーシアムは、基本的には“来るもの拒まず”の姿勢を取る。30万円の入会料は必要だが、入会のための要件というのはない。加盟企業は米国におけるASP事業の最新動向やサービスガイドラインなどについての情報を入手することができる。

   日本で初めてのASPカンファレンス

 2000年1月には、ASPインダストリー・コンソーシアムの特別協賛で、日本で初めてのASPカンファレンス「ASP Summit Tokyo Preview」が東京・フォーシーズンズホテルで開催された。この時点ですでに加盟していたIT企業は115社。当日の参加者は600名を超えた。10月の発足から3ヵ月でカンファレンスを開くのは無謀ではあったのだが、トレバー・ケネディが来日するという予定に合わせた。イベント会社の選定、会場の確保、協賛企業や講演者の確保、すべてが突貫工事だったが、田中らは当日続々と会場にやってくる参加者を見て、驚きながらも、無理をしてもこの時期に開催してよかったと思ったらしい。

 これが、ASPといえば耳目が集まる現象の最初だった。確かに、IT業界に今何かが起ころうとしている。

(文中敬称略)

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Index
連載 構図が変わる
  序章 今そこにあるIT革命
第1章 ASP was born
  第2章 ASPフィーバー in Japan
  第3章 米国ASP業界の新しい動向
  第4章 ユーザー事例から見るASPの現在
 

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