連載 「プロジェクト成功のキーポイント」 ――成功するECサイト構築―― 漆原茂 ウルシステムズ株式会社 代表取締役社長 2001/10/26 |
本連載では、先進的な取り組みで数々のJavaプロジェクトを成功させているウルシステムズのスタッフに、Java技術や周辺テクノロジといった各技術論ではなく、プロジェクトを成功へと導くためにどのように先端技術を使っていくか、というトップダウンの視点でトピックをとりあげていただく。開発方法論やプロジェクトマネジメント、システムのアーキテクチャデザイン等、これからのシステムインテグレータや技術者、ユーザー、コンサルタントの方々への参考にしてほしい。(編集局) |
第4回 eビジネスを構築するプロジェクトマネジメントとは |
どんな時代でもプロジェクトマネジメントの重要性は変わらない。しかし、かつてメインフレームの時代にCOBOLの世界で開発していたときよりも、現在は確実にヒトが足りないし、プロジェクトも難しくなってきている。もちろん、ヒト不足やスキル不足の背景にはIT市場の急速な広がりやテクノロジの進化がある。本稿では、eビジネスを構築するためのプロジェクトマネジメントについて論じてみたい。
■地に落ちた? プロジェクトマネージャ
eビジネスを成功裏に構築するために、クライアントが「プロジェクトマネージャ(プロマネ)」に求めていることは何であろうか? プロマネとは、受託開発をするSEの親分のことではない。クライアントプロジェクトを成功に導く総責任者のことであり、本来クライアント側にこそ存在すべきファンクションである。すなわち良いプロマネには、クライアントの視点に立ちプロジェクトを成功に導けるスキルが必要である。
ところが典型的なプロマネには失敗例も多々ある。クライアントのご用聞きになってしまっているパターン、はたまた単にプロジェクトの重荷になっているパターンは問題外としても、毅然とした態度と指導力を発揮できないとクライアントの満足は得られないし、プロジェクトのみならず会社自体まで危機に陥れる羽目になる。
例えば自社内にたくさんのeビジネスサイトを持つクライアントを考えてみよう。BtoBの調達やサプライチェーン、BtoCのオンラインショッピングからコールセンターなど、さまざまなコンタクトポイントがすでにネット化され、稼働している。すでに構築されたものだけを見ても、実にさまざまなシステムが存在する。クライアントのIT部門の目標は「ITガバナンスの確立とBPR」である。もちろん、さまざまなベンダやSierが出入りしており、ベンダガバナンスの確立も必要になっている。このようなクライアントのプロジェクトに参画する場合、一般には以下のようなスキルがプロマネに必要とされるだろう。
- ビジネススキームの決定
ITガバナンス確立の定義付け、BPRの目標設定、事業計画の理解
- システム化の範囲の決定
ビジネススキームを実施するためのシステム化の範囲、システム化しない範囲の決定
- プロジェクト計画の立案
要員計画から開発計画、テスト計画などのプロジェクト全体のプランニング
- システム要件の定義とモデル化
いわゆる要件定義のフェーズがこれに該当
- システムアーキテクチャの決定
J2EEやDBなどの論理的なアーキテクチャの決定
- インフラの定義
ハードウェアやソフトウェア、データセンターなどのプラットフォームの決定
- プロジェクト体制の維持と管理
設計や開発体制の維持、プロジェクト員の管理、コストや納期管理など
- プログラムの作成と品質確保
開発の実施と品質保証
- 運用体制の確立と実施
保守やメンテナンス、バージョンアップなどの体制確立と実施
- リスク管理
技術リスク、政治リスク、ビジネスリスクなどのプロジェクトリスクの洗い出しと解決
しかし頭で分かっていても実際にはとても難しいのがプロマネである。特にeビジネス構築に当たっては、従来のレガシーなプロジェクトとは比べものにならないリスクが伴う場合がある。一朝一夕ではできないのがプロマネ、しかも経験が長いだけではどうやらeビジネス構築の役に立ちそうにない。当たり前のようでいてシビアなプロマネの難しさを再考したい。
■「当たり前ではない」プロマネのスキル
「しっかりしたプロマネ」は、eビジネスの世界でも(当然だが)とても重宝される。うまくクライアントのハートをつかみ、さまざまな技術的課題をクリアし、予算や納期の枠を意識しつつ最高の品質のシステムを届け、クライアントのビジネスに貢献することすべてを満足して初めてプロジェクトの成功といえる。eビジネス構築に当たって特にプロマネが気を付けるべき点をいくつか列挙してみた。
(1)クライアントのExpectation Control
「クライアントのハートをつかむ」ことが大切である。このために絶対にやってはいけないことが、クライアントに過度の期待(Over Expectation)を抱かれることである。よくセールスが強いSI会社にありがちなのは、とにかくセールスや会社のトップが適当に都合の良いことをいって受注し、クライアントがとてつもない期待を抱いている場合である。その後やってきたプロマネが普通の保守的な技術者ではクライアントは失望する。セールスなどにOver
Commitさせないこと、しっかりクライアントの期待にこたえることが、成功への第一歩である。
(2)技術リスクの低減
eビジネス構築で難しいのは、テクノロジが日進月歩で変わっていくことである。どんどん新しいパッケージは出てくるし、しかも2年も持たないかもしれないソフトベンダも多々ある。実績のあるメジャーな製品だけを使い、あまり奇をてらった新製品には懐疑的になること、必要な接続テストなどは事前に実施しリスクを最初に減らしておくことが大切である。
(3)プロジェクト全体の計画の把握
eビジネス構築では、前段で述べたようなさまざまな役割をプロマネが果たさなければならない。特にデータセンターの手配とかサイトのデザイン(画面)とかビジネスパートナーとの調整とかアフィリエイトプログラムの策定とかマーケティング実施とか、単なるテクノロジだけでは済まされない要素が多い。事前にプロジェクト計画をしっかり立て、まず全体の作業量を見通してから最適化しないと、とても納期には間に合わない。
(4)クライアントとのリスクの共有
従来のSierは、「要件をすぐ決めてください。変えないでください。でないと納期には間に合わないし費用も発生します」ということで、プロジェクトの決定責任をはじめ何から何まで結局はクライアントにリスクを背負わせている。これでは本当の意味でビジネスパートナーにはなれない。クライアント側も「丸投げ」体質なるものが根強く残っており、とにかく全部任せるから責任を取れ、というイタチゴッコになる。互いに相手を尊重し、互いのリスクをシェアし合いながらプロジェクトを進めていかないと、クライアントの満足と自立は得られない。
(5) メンテナンスビリティの向上
どうしても要件は頻繁に変わる。その都度法外な値段でバージョンアップを繰り返していたのでは、クライアントからのお怒りを買うのは間違いない。最初からプロジェクトの範囲を見渡し、今後必要となるであろう追加要件に対するメンテナンスビリティを向上させておく必要がある。そのためにはせつな的な機能追加の繰り返しではなく、アーキテクチャレベルから要件追加や変更に柔軟な作りにしておく必要がある。前回述べたようなモデリングやオブジェクト指向をベースに、フレームワークの中で効率良く開発していくのも1つの解であろう。
(6)見積もり精度の向上
プロジェクトがびっくりするほど赤字になる場合がある。これは、当初の要件の詰めの甘さに加え、技術的な困難度や開発ボリュームの肥大化、想定外作業の発生など、見積もり精度の悪さに起因するところが大きい。自分たちの経験や実プロジェクトを積み重ね、より正確に作業量と体制を見積もるメトリックスを自社内に持っておくべきである。他社のスキルは参考にならない。あくまで自社の見積もり方法を確立しないと赤字の憂き目に遭うのはあなたである。
(7) ノウハウ共有
しょせん個人のノウハウだけではプロジェクトはうまくいかない。ほかのプロジェクトとも苦楽をともに共有できるようなナレッジベースがあると、別プロジェクトの教訓が生かせるようになる。個人のスキルに依存せず、他人のノウハウを吸収しながら常に前進していく社内の仕組みが大切である。
eビジネスのプロマネには、ここで述べたようなeビジネス特有の要点を解決するスキルセットとノウハウが必要になる。
■皆さんはどうしていますか?
正解などない問題に対しては、みんなのノウハウを結集すべきである。皆さん自身はどういう工夫をしていらっしゃるのだろうか? 実際のプロジェクトの危機、痛い目に遭った対処方法、リスク管理など、貴重な経験をされている方もおられるだろう。ぜひ、「プロジェト成功のキーポイント」会議室でご意見をちょうだいしたい。
Index |
第1回 やっつけインテグレーションに成功はない
(2001/7/28)
第2回 Java時代の開発方法論を考える (2001/8/25) 第3回 Javaコードでモノを考えない (2001/9/26) 第4回 eビジネスを構築するプロジェクトマネジメント(2001/10/26) 第5回 クライアントのためのUMLモデリング(2002/2/5) |
プロフィール |
漆原茂(うるしばら しげる) 1965年生まれ。東京大学工学部を卒業後、沖電気工業株式会社に入社。1989年からスタンフォード大学コンピュータシステム研究所に2年間留学。ミドルウェアTUXEDOの日本市場における事業立ち上げ、WebLogic上のEJBコンポーネント開発などの他、大規模エンタープライズシステムの構築を多数手掛ける。2000年7月にウルシステムズ株式会社を設立、代表取締役に就任。 ウルシステムズ株式会社 UMLをベースとした最先端の方法論とフレームワークを駆使し、クライアントの戦略コンサルティングから大規模システムの構築を実施するコンサルティング会社。「常に動く活きたシステム」をアウトプットとして一貫して提供している。大規模かつミッションクリティカルな分野にフォーカスし、UML/J2EE/XMLを用いたグローバルなソリューションを展開している。 メールアドレス:info@ulsystems.co.jp ホームページ:http://www.ulsystems.co.jp/ |
Java会議室でご意見、ご感想を受付中 |
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