Linux導入事例 (3)
パイオニア

ネットワーク配信による
CDショップ試聴システムを製品化


宮下知起
2000/11/10

 最近のCDショップでは、よほどの小規模店舗を除いてCDを試聴するプレイヤーが設置されている。これは、約3〜5枚のCDをあらかじめ機器に内蔵し、客は聴きたいCDを選んで試聴することができるというものだ。特に、大規模ショップでの普及率は高く、新譜コーナーのCDがすべて試聴可能になっているところもある。客はCDを試聴することで実際の曲を確認できるので、ためらうことなく安心して購入できる。CDショップ側から見れば、客に購入の安心感を提供すると同時に、知らない曲を多く試聴してもらう機会を持つことで商品の購入率を上げることができるわけだ。

CDをMP3のデータに置き換える発想

 パイオニアは、この試聴システムをMP3のデータ配信で実現する方法を考案し、商品化した。パイオニアはこの業務用システムを「デジタルネットワーク試聴システム Keyciao!(聴いちゃお!)」(以下、Keyciao!)と名付け、今年9月より販売を開始している。やがて、大手CDショップで見かける日は近いだろう。

 この商品は、店舗内に置かれ、客が実際に試聴の操作を行う「試聴端末」と、試聴端末にデータを送る「店舗サーバ」で構成される。この店舗サーバにLinuxが採用されている。試聴端末には、組み込み機器用のMPUとリアルタイムOSが採用されている。

 CDからデータ配信に切り替わることにより、CDショップは商品を開封して試聴機にセットする無駄がなくなる。さらに客により多くの曲を試聴させることができるようになり、CDの売り上げアップに貢献できるというのがこの商品のウリである。

試聴の仕組み

 Keyciao!は、試聴端末にCDジャケットのバーコードを読ませると、店舗サーバからタイトルを自動検索し、試聴端末に曲がダウンロードされて試聴が可能になる。

 MP3(MPEG-1 Audio Layer3)形式の音楽データは、1曲当たり約45秒である。通常アルバムには約13〜14の曲が入っているが、アルバムタイトルを検索してから1曲目のダウンロードが終了し演奏を開始するまでが約2秒。残りの曲も継続してダウンロードされることによって、客からすると体感的には全曲がすでにダウンロードされているように感じるわけだ。

写真1 Keyciao!の試聴端末。製品は試聴端末(右)と店舗サーバ(左)とで構成される。試聴端末下部にあるバーコードリーダにCDジャケットのバーコードの部分を当てると、瞬時にバーコードを読み取る。読み取ってから曲の演奏を開始するまでは約2秒と高速だ。客はストレスなく試聴システムを利用できる

 店舗サーバには、最大8000タイトルのアルバム、つまりは約10万曲のデータを蓄積できる。売れ筋のCDタイトルを中心に蓄積しておけば、客にとっては店舗内の棚から試聴したいCDアルバムを何枚ピックアップしても、そのほとんどについて試聴端末の前でじっくり試聴できるわけだ。店舗サーバには、最大40台の試聴端末を接続することが可能で、ほぼ同時に同一の曲を全端末で試聴するといったことも可能だ。

 試聴端末には漢字対応の大型液晶が付属し、CDタイトル名、アーティスト名、曲名、曲の進行具合が確認できる。筆者も実際に試してみたが、ボタンで曲の選択や早送り、巻き戻しが自由にできるので、曲が45秒間であることを除けば、ほぼCDプレイヤーを操作している感覚だ。CDジャケットのバーコードを読ませてから1曲目がスタートするまでの2秒間はほぼ瞬時に感じられる。次々と異なるCDタイトルを読ませても、瞬時にCDが切り替わり、従来の機械式で感じたようなストレスはまったくなかった。

 また、試聴端末には「お気に入り」ボタンが付いている。これは店舗側が客へのお薦めを自由に登録し試聴させることができるボタンだ。このボタンには最大50タイトルまでお薦めタイトルを登録できたり、また店舗内の試聴ベスト50を登録し客が試聴できるサービスを提供することもできる。

UNIXでの実績がある中
Linuxを採用した理由とは

 パイオニアは、周知のとおりSuper BeMAX'Sなどの通信カラオケの開発、販売を手がけており、この分野では老舗である。Super BeMAX'Sの配信システムは、実はOSにUNIXを採用しており、本体のハードウェアもSUNをベースにしている。UNIXでは十分なノウハウが蓄積されているのにかかわらず、Keyciao!の店舗サーバにLinuxを採用したのはなぜだろうか。

 Keyciao!を開発するにあたって「低コストで運用できて、24時間の稼働に耐えることができ、曲の頭出しを2秒で実現するという目標があった」(ビジネスシステム事業部 ネットワーク技術部 設計三課 課長 白坂真一氏)という。そして、この課題を前提にOSを選択するプロセスで候補に挙がったのが、Windows NT、PC版のSolaris、Linuxだった。

ビジネスシステム事業部 ネットワーク技術部 設計三課 課長 白坂真一氏 ビジネスシステム事業部 ネットワーク技術部 設計三課 副主事
秋山孝氏

 機器本体のコストも下げるため、店舗サーバにはPCサーバを採用したいという前提があった。そこから上記のOSが必然的に候補として挙がってきた。

 ところで、Keyciao!の開発が始まったのは昨年の夏である。ちょうどLinuxがブームになっていたころで「エンジニアとして、当然ながら新しいものにチャレンジしたいという気持ちは大きくあった」(ビジネスシステム事業部ネットワーク技術部 設計三課副主事 秋山孝氏)という。堅牢さが求められる業務システムに、商用OSではなくオープンソースであるLinuxを候補に入れた理由には、Linuxの安定性に対する評判も当然ながらあったが、チャレンジャブルな精神もあったというわけだ。それまでUNIXを手がけてきた現場のエンジニアにとって、Linuxは名前しか知らないという状況だった。そこで「評価にはLinuxでは実績のあるノーザンライツコンピュータの協力を得た」(秋山氏)という。もちろん、その一方で「インターネットからの情報収集はもちろん、多くの雑誌を読んだり、セミナーにも参加した」(秋山氏)。

ビジネスシステム事業部 ネットワークグループ 部長 真壁文夫氏

 性能評価のポイントだが、「今回のシステムの場合、店舗サーバは通常の情報系のサーバというより、制御系のサーバに近い性格を持っている。安定性もさることながら、ファイルを検索し送信する部分で性能評価を行った」(ビジネスシステム事業部 ネットワークグループ 部長 真壁文夫氏)という。その結果、3つのOSの中でLinuxが一番良い評価を得た。そして、さまざまな情報収集の結果でも、システムの安定性やコスト面でLinuxを高く評価できた。

 しかし、当時Linuxは大きなブームだったが、ファイルサーバとして採用されることは多くても、システムのOSに採用されることは少なかった。その中で、会社としてゴーサインが出た理由は何だろうか。それについて真壁氏は「お客様の情報を預かるシステムでない点が大きかったのです。将来的には、お客様のデータも預かるデータセンターから店舗サーバに対して試聴用新曲データを配信するようになるのですが、そのデータセンターではLinuxを採用していません」と語る。Linuxが人のデータを預かるに信頼性の低いOSだと断定しているわけではなく、まだLinuxの業務システムへの採用実績が少ない時期にあっては当然の判断であった。

ロケテストでも安定した稼働を見せ
わずか2秒での再生も実現

 ロケテストは、今年の1月から東京・銀座の山野楽器で行った。その結果、今日まで一度もシステムは停止することなく安定して稼働している。実は、将来店舗サーバをパイオニアのホストセンターと結び、夜間の間に自動的に店舗サーバへ曲を配信する計画がある(来年より開始)ため、24時間稼働のテストも兼ねている。

 また、8000タイトル(約10万曲)の中から、バーコードの読み取りによってタイトルを検索し、1曲目をダウンロード、再生開始までを2秒間で実現するという目標を見事にクリアした。現在の機械式のチェンジャーだと、CDを3枚内蔵するタイプで10秒近くかかり、それに比べれば驚きの数字だ。

パイオニアのテストルームの様子。試聴機が同時に稼動しても検索、再生までの時間は2秒という数字を実現している

 2秒間の目標値を達成するために、実は店舗サーバには汎用のDBは採用していない。「DBには汎用のものを使っていない。当時すでにLinuxに対応した商用DB、あるいはフリーのDBがあったが、DBを入れることによって速度が遅くなるし、信頼性を高めるために、OSとアプリケーションだけで作りたかった」(真壁氏)。構造は明かされていないが、およそ8000タイトルの検索をより高速に行えるようアプリケーションを工夫して速度を上げたという。

 実は、高速な検索には秘密がある。あらかじめCDタイトルの情報をメモリ上に展開しているのだ。試聴端末を最大40台に規定している理由の1つがここにある。実際は、メモリを増やせば試聴端末の数は増やせるという。

信頼性の確保にはLinux専業ベンダを活用

 「われわれとしては、このシステムをどちらかというと業務用機械と見ている」と真壁氏は語る。「例えば通信カラオケは、非常に劣悪な環境で使用される。たばこや油などにも耐え、あるときはお客様が蹴っても壊れてはいけないというポリシーがある」(白坂氏)。そのため、OSが止まってはいけないのはもちろんのこと、ハードウェアも止まらないという保証が必要だという。パイオニアは、Linuxサーバで実績のあるノーザンライツコンピュータ(前出)にハードウェアとOSの両方の導入を任せた。「業務用機器ではコンデンサ1個1個の品質までが重要になる。つまり、トータルな品質の確保が重要だ。ハードウェアとOSの両方を含めて保証していただけるメーカーがノーザンライツだった」(白坂氏)。

 「もう1つ、既存のDBを採用しなかった理由として、Linuxに対応しているといってもどれだけ枯れているか疑問があった。トラブルにぶつかったときに原因をさぐり切れないのではという不安があった」(白坂氏)。ノーザンライツコンピュータに品質の保証を求めつつも、自分たちでも信頼性を確保するために最大限の工夫を行う姿勢を大事にしている。「Solarisは商用の枯れたOSですが、商用であるがために最後のところでやはり見えない部分がある。Linuxは、OSの部分だけをとれば限りなくクリアで、自分たちの手でなんとかなるという期待感が大きかった。インターネットに情報も多い」(秋山氏)。

通信カラオケの技術も大きく寄与する

 「MP3のデータは、45秒でおよそ730KBある。MIDIの場合だと50KBで済むので、1曲15倍の大きさだ」(真壁氏)。通信カラオケではMIDIで音楽データが配信される。Keyciao!で扱うデータは、通信カラオケよりもはるかに大きなデータを扱わなければならない。「しかし、データ再生の前にデコードする技術など、100%ではないにしても、通信カラオケの技術が生かされている。これが、信頼性高くかつ早く開発ができた理由だ」(真壁氏)。また、店舗サーバと試聴端末の間の通信には、通信カラオケでも使用されている独自のプロトコルが採用されている。

 来年には、株式会社ジャパンミュージックデータ*1が製作/管理する試聴用(45秒)データをパイオニアのホストセンターに蓄積し、各店舗のニーズに応じて店舗サーバに試聴データが自動配信される仕組みが完成する。それまでは、各店舗サーバにはCD-ROMで試聴データが提供される。

*1 社団法人日本レコード協会に加盟する全レコード会社の総意により設立。試聴音楽および付帯する音楽情報データを提供する企業である。ところで試聴データの45秒間は、JASRACの規定に触れない最大限の時間単位である。

 「これまで試聴用にはサンプル版というCDがあった。だが枚数は知れていて、おそらく全国のCDショップの1割程度にしか行き渡っていないだろう。よって、各CDショップは、おおかたが自分で商品の封を切っている」(真壁氏)。Keyciao!を採用することによって、CDショップが毎回自腹を切って商品のCDを使うことからも解放される。「さらには、新譜がショップに届く前に、新譜情報を試聴することも可能になるだろう」(真壁氏)という。

 Keyciao!が出荷されてまもなく2カ月になろうとしている。まずはメガストア級のCDショップから導入が進むだろうが、近い将来、おそらく機械式のチェンジャーは時代の流れに消えていく方向にあるだろう。

編集局注:パイオニアは、現在この事業を終了しております。

「Linux導入事例集」


Linux & OSS フォーラム 新着記事
@ITメールマガジン 新着情報やスタッフのコラムがメールで届きます(無料)

注目のテーマ

Linux & OSS 記事ランキング

本日 月間