一志達也のSE、魂の叫び [1]
隣のチーズはおいしそうである

一志 達也(ichishi@pochi.tis.co.jp)
TIS株式会社
2001/4/25

チーズはどこへ消えた?

 2000年11月に発売されて以来、いまだに売り上げランキングのトップに名前が挙がる1冊のビジネス書がある。スペンサー・ジョンソンの著作、『チーズはどこへ消えた?』(原題:Who moved my cheese?)だ。これだけ長い間1位をキープしているのだから、さぞ多くの方の手に渡っているのだろうと思うが、いまだに売れているのだから驚異的としかいいようがない(新人教育用にでも買われているのだろうか?)。

 そんなことはともかくとして、まだ読んでいないという方のために、粗筋だけ簡単に紹介しておこう。

 この本には2人の小人と2匹のネズミが登場する。これらの登場人物(?)は、迷路の中の、チーズが置かれた1つの部屋の中で毎日を過ごしている。しかし、チーズが消えてしまい(理由は分からない)、彼らの食べるものがなくなってしまう。

 ここでいうチーズとは、人間が暮らしていくうえで必要不可欠なものであり、人生の目標でもある。それを失った主人公たちは、新たなチーズを探し求める者、新たなチーズなどないと信じて部屋を出ようとしない者、という具合に違った行動を取り始める。新たなチーズを探しに出た小人は、その過程でさまざまな教訓を得るのだが、そのたびに(部屋を出なかった小人のために)壁を使ってメモを書き留めていく。

 概略としてはこんなところだが、実際に読んでみても3時間ほどで読み終わる(たったの94ページしかない)。大切なのは、そこから読み取れる登場人物の心の動きと、自分自身の姿をいかに照らし合わせるかである。

IT業界のチーズは金か仕事か

 そこでこの話をわれわれにあてはめてみると、最も大きなチーズは仕事のやり甲斐と報酬(給与)、主にこの2つではないだろうか。もちろん、この本の著者はそれに限らずにチーズを探してほしいとしているが。そうはいっても、この本を読み進めるうちに、私が挙げたチーズを思い浮かべない人は少ないはずだ。

 奇しくもわれわれが生業としているIT業界においては、おいしそうに見えるチーズが常に自分をアピールし、目の前にまだ残っているはずのチーズさえも見失わせようとしている。これから社会人になり、最初に食べるチーズを選ぶ人にさえ、その誘惑は遠慮せずに迫っていく。このコラムを書いているいま、まさに社会人としての第一歩を踏み出した人が大勢いることと思うが、彼らはすでに新しいチーズの誘惑にさらされているのである。

 いうまでもないと思うが、ここまでに挙げたチーズとは、転職をして得られるやり甲斐であり報酬である。しかし、多くの賢明な方は、2つの理由から簡単には新しいチーズに飛びつかない。1つはいまのチーズを捨てられるかどうか(うまく転職できる自信がない、踏ん切りがつかない)、もう1つは本当にそのチーズはおいしいのか(思いどおりの転職になるか)だ。後者の問題については、これから社会人になろうとする学生諸氏にとっても、非常に重大な問題であろうと思う。

目の前にもチーズはある

 考えていていただきたいのだが、IT業界に身を置く方が多かれ少なかれ考えているこの問題は、ほかの業界からみればぜいたく極まりない悩みなのである。おそらく、この業界では仕事がなくなってしまって生活できない、という状況は少ない。つまり、目の前にまだチーズがあるのに、アッチがおいしそうだという理由で別のチーズを食べてみようとしているのである。

 問題は、1度別の会社に移ってしまうと、元の会社に戻れる可能性は極めて低い点だ。だからこそ、別のチーズを食べたいときには、次の2点について熟慮したうえで決断しなければならない。

 1つは、次の会社に求める最大のうまみは何か(仕事か報酬か人間関係か)、もう1つはいまの会社を捨てる理由は何か(本当にもう魅力がないのか)である。この2つを熟慮せず、ただ飽きてしまった(嫌になった)からとか、あっちの方がおいしそうだから、というのでは同じことの繰り返しだろう。そうではなく、明確に前向きな理由があり、それを裏切られない限りは食べ続ける、と自分に約束できるならば成功するかもしれない。

もう1度かみ締めてみては?

 確かに同じチーズでは食べ飽きてしまうだろうし、ほかのチーズはいまのチーズにはないおいしさを提供してくれそうに思う。しかし、実際には満足のいくチーズなどそうそう存在せず、ただ少しだけ味が違うチーズが山のようにあるだけなのだ。だからこそ、違うチーズに移る前に、もう1度いまのチーズのおいしさを探してみてほしい。

 これまでに2度の転職を経験し、最近やっとこんな当たり前のことに気付き、それでも誘惑に負けそうな筆者である。自戒半分で書いてみたが、皆さんにも考えていただければ幸いである。

 次回から少しの間、こんなにもチーズに惑わされてしまう、哀しいSEという職業について考えてみようと思う。

筆者紹介
一志達也

1974年に三重県で生まれ、三重県で育つ。1度は地元で就職を果たしクライアント/サーバシステムの構築に携わるも、Oracleを極めたくて転職。名古屋のOracle代理店にてOracle公認インストラクターやサポートを経験。その後、大規模システムの開発を夢見て再び転職。都会嫌いのはずが、いつの間にやら都会の喧騒にもまれる毎日。TIS株式会社に在職中。Linux Squareでの連載をはじめ、月刊Database Magazineでもライターとして執筆するほか、Oracle-Master.orgアドバイザリー・ボードメンバー隊長など、さまざまな顔を持っている。無類の犬好きで、趣味は車に乗ること。

連載 一志達也のSE、魂の叫び


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