一志達也のSE、魂の叫び [4]
データベースの価格破壊が問うSEの真価

一志 達也(ichishi@pochi.tis.co.jp)
TIS株式会社
2001/6/13

 世の中価格破壊の時代である。いままで当たり前と思っていたような商品の価格でさえ、驚くような安さになった。そんな時代を反映するかのように、ソフトウェアの世界にも価格破壊が起こりつつあるようだ。

先手を打ったIBM

 IBMがInformixのデータベース事業を買収し、Oracleに対して本格的な勝負に打って出たことは、すでに各方面の報道からご存じのことだろう。もちろん、Informixのデータベース事業を買収しただけではOracleのシェアを奪えるはずもない。どうやら、まずは価格面で大胆な設定を行い、自社のデータベース(DB2 UDB)の優位性をアピールしていく戦略のようだ。

 これまでも、IBMのデータベースはOracleのそれに比べてずいぶん安い価格が設定されていた。両社ともにさまざまなエディションを用意しているし、価格体系も複雑だから簡単には比較できない。それでも、Oracleの約6分の1という安さでIBMのデータベースを購入できる計算だったのである。

 それだけでも、DB2とOracleを比較したことのある人ならば十分に価格面での魅力は感じたことだろう。しかし、それをさらに上回り、もはや驚きを隠せない価格をIBMが発表した。6月8日に発表されたDB2 UDB V7.2の価格は、その機能の充実にもかかわらず、最も高いエディションでさえ1CPU当たり約300万円という安さだったのである。

 この価格設定は以前のバージョンから比べると値上げに見えるが、先に述べたとおり、大幅な機能の充実が図られてのことである。さらに付け加えれば、この価格が設定されたエンタープライズ・拡張エディション(EEE)という製品には、パーティショニングやパラレルといった高度な機能もすべて含まれる。これらは、Oracleのそれとまったく同じではないものの、Oracleではオプションとして別途購入する必要がある機能なのだ。そう考えれば、実に安い価格設定といえる。

 もちろん、この価格設定にOracleも黙っていない。適用開始日だけを見れば後手に回った形になるが、7月1日から新価格を適用することを5月31日時点で発表しているのだ。「新・Eビジネスプライス」と呼ばれるこの新しい価格体系では、従来比最大70%の値引きを行うことになっている。

 誤解を招かぬためと両社の名誉のために繰り返しておくが、データベース製品の価格は単純に比較できない。規模や用途によってさまざまなエディションを用意しているから、場合によってはOracleの方が安く買えることもあるのだ。いずれにしても、両社が価格面において切磋琢磨している状況であることに違いはない。

 IBMが打ち出した、大胆としか表現できない新バージョンの価格。そして、2000年末の「Eビジネスプライス」の発表から半年余りで行うことになったOracleの価格改定。これらの現実は、これまでの価格を知るものにとって価格破壊以外の何物でもないだろう。

究極の価格破壊

 名だたる商用製品ベンダがこうした価格競争を繰り広げる中、究極の価格破壊ともいえるデータベースも出現しつつある。そう、オープンソース文化が生み出したデータベース、「PostgreSQL」だ。PostgreSQLはもちろんフリー(無料)で利用できるデータベースである。

 フリーだからといって本番システムには使えない、という認識はいまや通用しない。LinuxやApacheと同様に、PostgreSQLの現行バージョンは本番システムに通用するだけの実力を身に付けているからだ。PostgreSQLの詳細をここで説明はしないが、日本でも株式会社SRAが有償でサポートを引き受けるなど、商用データベースに迫る勢いがある。

 Linuxが商用UNIX製品にさえ影響を与え、ApacheがWebサーバのスタンダードになったように、PostgreSQLが大きな影響力を持つ時代がくるかもしれない(すでにきているという人も、遠くない将来そうなると断言する人もいる)。そうなれば、商用製品ベンダは、無料のソフトウェアとの戦いを余儀なくされるのだ。ほかの業界では考えられないような、究極の価格破壊を引き起こすことにもなりかねないのである。

価格破壊の影響

 こうしたデータベース製品の価格破壊の影響は、単純にその購入価格が安くなる、というだけにとどまらない。システムというものは購入して終わりというものではなく、そのシステムを維持する費用が必要になるからだ。データベースの維持費用といえば、年間保守料が真っ先に思い浮かぶが、その影響は意外なほど大きい。

 Oracleは定価の22%、IBMは定価の12%という保守料は、年間数千万円を支払う企業も少なくない状況を生み出している補足。いうまでもないと思うが、定価が安くなるということは、年間保守料も必然的に安くなる。

 そうなれば、ほとんどのユーザー企業にとって悩みの種の1つである、運用コストが大幅に削減される。その結果、新規開発案件に割り当てられる予算は増加し、システムの充実も図りやすくなるというわけだ。なにも余った予算をすべて新規開発案件に回さなくてもいいのだが、コストを削減できてありがたくない企業はないはずだ。

 一方、ソフトウェアを販売するSI企業にとっても価格破壊の影響はプラスだと筆者は考える。当然のことだが、SI企業がソフトウェアだけを販売することは考えにくく、通常はシステム構築の一部としてソフトウェアを販売する。単純に考えれば、ソフトウェアの価格が下がった分だけ構築費用が下がり、利益が減少するととらえることもできなくはない。

 しかし、それで納得しているようでは真のSI企業(SE)とはいえない。ソフトウェアの価格が下がった分、システム機能の充実を図るなり、既存システムの刷新を提案するべきなのだ。顧客にデータベース・システムを提案するSEであれば、ソフトウェアに予算を食われてしまい、思うようなシステムを提案できない場面も多々経験しているはずだ。そんなSEやSI企業にとって、今回の価格破壊はまさに歓迎すべきものとなるだろう。

補足:
Oracleの場合、保守契約を結ぶことで新バージョンを無料で入手できる。IBMの場合は保守契約を結んでいても新バージョンは有料で購入しなくてはならない。いずれにしても、全社で購入したライセンスの定価が1億円を超える企業は、年間数千万円の保守料を支払うことになる。定価1億円は巨額に思えるが、全社で2CPU以上のデータベース・サーバを 5台立ち上げるといとも簡単に突破する計算になる。Webサイト用、基幹業務用、開発用、データウェアハウス用、これだけで4台だから、1億円を超えるのがいかに簡単かお分かりいただけるだろう。

価格破壊は SEの真価を問うものになる

 賢明な読者諸氏であればいうまでもなく理解していると思うが、安ければ何でもいいというわけではない。どの製品にも、優れた部分があればそうでない部分もある。それは機能かもしれないし、サポートかもしれないし、価格かもしれない。

 価格がすべてでも、機能がすべてでも、サポートがすべてでもない。すべてを総合的に分析し、その結果を基に顧客に最良の製品を提供する。それは特定のベンダに依存せず、中立的な立場で考えられるSI企業に所属するものの特権でもあり使命でもある。

 もちろん、そう簡単に答えが出せるものではないし、決断には膨大な時間が必要だということも理解している。経験を積んでいて、問題を解決しやすい製品を採用したくなるのもSEとしては正しい判断なのかもしれない。しかし、実際に製品を購入し、運用コストを支払っていくのは、ほかでもないユーザー企業なのである。

 自分が実際に購入する立場であれば、こうした価格破壊を黙って見過ごしはしないだろう。その状況において、複数のデータベースを知るSEと、理由もなく1つのデータベースを押し付けるSE。同じデータベースを採用することになるとしても、顧客はどちらを信頼し、どちらの提案を受け入れるだろうか。

 価格破壊はSEの真価を問うものになりそうである。

筆者紹介
一志達也

1974年に三重県で生まれ、三重県で育つ。1度は地元で就職を果たしクライアント/サーバシステムの構築に携わるも、Oracleを極めたくて転職。名古屋のOracle代理店にてOracle公認インストラクターやサポートを経験。その後、大規模システムの開発を夢見て再び転職。都会嫌いのはずが、いつの間にやら都会の喧騒にもまれる毎日。TIS株式会社に在職中。Linux Squareでの連載をはじめ、月刊Database Magazineでもライターとして執筆するほか、Oracle-Master.orgアドバイザリー・ボードメンバー隊長など、さまざまな顔を持っている。無類の犬好きで、趣味は車に乗ること。

連載 一志達也のSE、魂の叫び


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