キーマンに訊くIPv6の過去、現在、未来 連載:IPv6 Trend Review(2) 自分たちの手で 一からモノ作りを! 〜IPv6対応商用ルータができるまで NECネットワークス 戦略マーケティング本部 先進ソリューション技術G 主任 藤本幸一郎 2002/3/30 |
IPネットワークに必須なもの――それはいうまでもなく「ルータ」である。IPv6の展開においても、まず対応したルータがそこになければ、アプリケーションの対応はおろか、インフラの構築さえままならない。今回は、国内ネットワーク機器ベンダの雄であるNECでルータの開発に携わった藤本幸一郎氏に、IPv6対応商用ルータ発表までの苦労話をうかがった。また藤本氏は、IPv6普及/利用促進のための活動家という顔も持っている。前回のインタビューにも登場した荒野氏と組んで、どのような活動を行ってきたのだろうか?
(聞き手:@IT 鈴木淳也)
IPv6対応ルータができるまで |
――IPv6との出合いはどのようなものだったのでしょうか?
1995年くらいはインターネット草創期で、たくさんの商用ISPが立ち上がった時期でした。私自身は、そこで自社を含む商用ISPの設計構築などの仕事をしていました。業界内で「IPv6」に関する話を聞くようになったのも、そのころだったと思います。すでに社内でもIPv6に関する研究自体は行われていたのですが、1996年くらいになって、ようやく「使えるな」というレベルになったと認識しました。
――IPv6対応ルータの開発に取り掛かったきっかけは?
そういった経緯もあり、1997年には「そろそろ本格的に何かを始めなければ!」という意識から、社内に呼び掛けを行ったのがきっかけです。そこで、弊社でも商用製品を目指した試作機を作り始めました。私とそれをフォローしてくれる上司の、それこそ二人三脚状態で。当時、まだまだ若手ではあったのですが、メールなどで盛んに発言していたこともあり、中心メンバーとして動いていました。
――最初に作った試作機はどのような物だったのですか?
既存のIPv4ルータをIPv6に対応させたものです。われわれのポリシーとして、ソフトウェアは自分たちの手で書いていこうという考えがありました。実は、ルータ用のソフトウェアというのが販売されていたり、フリーのソフトウェアが公開されていたりしまして、それをそのまま使うという選択肢もあるのですが、今回は試行錯誤して一から作ろうということになりました。その方が、長い目で見てノウハウの蓄積につながりますので。
――試作機から製品版まで、どのくらいの開発期間がかかったのですか?
NECのIX5005 |
1998年のNetworld+Interop(N+I)にはすでに試作機を展示していましたので、ベースになる部分は開発すると決めてから1年経たずに完成していたといえます。そのころすでにRIPやBGPなどが動くものができていまして、その後IPv6対応ルータ「IX5000」を発表したのが2000年9月ですから、残りの時間は機能追加と調整とかに使っていたと思います。また翌10月には、BIGLOBEでの実験サービスも開始しました。ここで使用されていたのが、製品版である「IX5000」です。実は、1997年くらいからBIGLOBEのメンバーとは仕込みを行っていて、どんなサービスが提供できるかいろいろ検討していました。製品発表からサービス開始の期間が短かったのはそのためです。
――開発の際に苦労された点はどこですか?
標準の仕様と実際の動作との差を、いかに埋めるかです。IPv6の標準仕様というのは当然あるのですが、解釈が異なってくるなどあいまいな部分も多く、その調整が一番大変でした。1998〜1999年にかけて北米で行われていたIPv6機器のインターオペラビリティ(相互接続性)のテストに参加したほか、1999年にはTAHIプロジェクトとの相互協力も開始しました。おおよその流れとしては、1998年にベースが完成して、1999年に相互接続性などの調整を行い、2000年に開催されたN+IのIPv6 Showcaseでは主要ベンダ間で問題なく接続できることをアピールしました。そして2001年は、現場への普及が始まった年だったといえます。
IPv6の標準仕様はあっても、
解釈が異なるなどあいまいな部分が多く、 その調整に一番苦労しました |
――IX5000は、どのようなユーザーからの引き合いが多かったのですか?
われわれが想定したターゲットどおり、ほとんどはキャリアやISPの方々です。数台のオーダーで購入されて実験環境を構築し、そのままサービス提供へとつなげているケースもあるようです。企業ユーザーからの引き合いはまだまだですが、既存のルータ製品を購入される際に、「将来的なIPv6対応」を必須条件として挙げられることが多いです。現状はまだIPv6が必要なくても、将来的にIPv6への移行が可能になっていることを重視されているみたいです。
荒野氏との出会いが状況を変える |
――藤本さんはNECでのルータの開発というミッション以外に、IPv6普及のための活動家という顔もお持ちですよね?
はい、ここまで話したのが私の表向きの活動なのですが(笑)、もう1つの顔というか活動が、IPv6の普及に関するものです。最初にお話ししたように、昔からISPとのお付き合いがあった関係から、会う人は大抵私がIPv6をやっていることを知っていて、「IPv6は駄目だよね」なんてことをいわれてました。これが1997〜1998年ころの話です。
転機が来たのが、忘れもしない1998年12月、ワシントンD.C.のIETFでのこと。当時NTTコミュニケーションズにいた荒野さん(現在はアジア・グローバル・クロッシングに在籍)に「IPv6に興味を持っているのでいろいろ知りたい」と声を掛けられたことです。荒野さんはNTTでOCNの立ち上げを行った方ですが、そんなISPの中心人物がIPv6に興味を持ったということが、私にとって大きなショックでした。「よし、来たぞ!」って感じで(笑) それから、荒野さんとは勉強会などをしつつ、ほかにも運用とモノ作りにかかわる人たちが集まってきて、IPv6に関する研究や意見交換を行っていました。当時、研究者の方々からは「IPv6は良いものだ」という意見はありましたが、ここでは、あくまで実際に利用する側の視点からIPv6を考えていこうという目的がありました。1999年はそんな感じで、アンダーグラウンドな活動も行っていました。
――このころから藤本さんの活動も世間一般に認知され始めましたね
ええ、そのころには社内でも私の活動が注目されるようになり、普及促進の活動が加速していきました。1999年には米国のIPv6 Forumへと出張してきたりしました。帰国後にいろいろ報告を求められたのですが、「米国の様子はどうだった?」「あまり、やる気が感じられなかった」という感じで(笑) ただ向こうでも、3ComやCiscoなどのベンダは真剣にモノ作りをしている印象を受けました。
日本で本格的にIPv6が動き始めたのが、2000年からでしょうね。9月には、森前首相が所信表明演説の中で「IPv6」と発言したりと、注目すべきトピックがありましたし。そして、2000年12月に大阪で開催された「Global IPv6 Summit」へとつながっていきます。IPv6 Summit開催のときも、やはり荒野さんから突然夜中に私の携帯に電話があって、「2000年冬あたりにやろうと思っているけど、どう?」と誘われたのがきっかけでしたけど(笑)*1 この年のIPv6 Summitでは、ソニー会長兼CEOの出井さんが講演したことが話題になりましたし、集客の面でも多くの方に来場いただきました。これらにより、より多くの方がまずは「IPv6」という言葉を見聞きするようになったというのが、2000年最大の成果でしょうか。また、このIPv6 Summitの成果をまとめるのを契機として2001年春に創刊されたのが「The IPv6 Journal」(インターネット戦略研究所刊)です。
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――藤本さんや荒野さんなど、IPv6 Summitにかかわった人たちが、そのままIPv6 Journalの編集委員を担当しているみたいですね
IAjapan(Internet Association Japan:財団法人インターネット協会)という業界団体がありまして、その中に2001年4月にIPv6ディプロイメント委員会という組織が結成されました。ちょうどその構成メンバーが、IPv6 Summitの実行委員会をそのまま移してきた感じになっています(笑) また、荒野さんを含む数名のエンジニアが集まって、IPv6の実運用について話し合う「IPv6オペレーション研究会」もスタートさせました。この研究会での最初の議題が、現在荒野さんが活動されているアドレス・ポリシーに関するものでした。
荒野さんにIPv6について聞かれたとき、
「ついに時が来たぞ!」って思いました(笑) |
ほかにも重要な議論がたくさんありましたが、特に現在大きな議題となっているのが、一般ユーザーの収容に関するものでした。ユーザーがインターネットに接続する場合に、現在のIPv4ではPPPで接続を行っていると思いますが、IPv6ではPPPで接続してもIPアドレスの割り当てが行われません。ADSLのような常時接続でもPPPを用いて接続をしているケースが多く、ダイヤルアップも含めて一般ユーザーの利用を想定した仕様が欠けていたのです。これが非常に大きな問題になっていました。そこで、2001年末にIETFに議論のたたき台を持ち込み、まさに現在検討が進んでいる段階です。これらの検討結果や状況をまとめて、2002年3月初旬にAPRICOT(Asia Pacific Regional Internet Conference on Operation Technology)などで発表したりと、広報活動を行っています。技術があっても、実際に使った経験がないと運用は行えません。このような活動を通して、一般の人にも広くノウハウを共有できればと考えています
PtoPの可能性とGnutella |
――現在、藤本さんが興味を持たれているテーマは?
エンジニアリング的興味からも、「Gnutella」みたいなPtoPの仕組みに興味があります。PtoPのアプリケーションをIPv6で実現することです。現在はファイル交換のプラットフォームになっていますが、コミュニケーション的な使い方です。例えば「カメラに興味のある人」みたいなカテゴリで、グループを作ったりとか。
Napsterのように、逐一ディレクトリ・サーバのような“ランデブー・ポイント”にアクセスするのではなく*2、インターネット上から自然に目的の人物(グループ)を見つけてくるような仕組みです。またGnutellaの思想ですが、コミュニティを形成することができれば、逆にほかの人をコミュニティに参加させない、といったこともできる必要があると思います。このようなコミュニティ形成にPtoPの技術を利用できないかなと。
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――「Napster」ではなくて「Gnutella」なんですね
Napsterは、それはそれでよくできた仕組みだと思います。データベースに対していろいろ課金モデルも考えられますので、ぜひ発展していってほしいところです。ただ、そこに情報が集まっている以上、わざわざ情報を見に行かないといけないし、皆が中央集権的なコミュニティに参加するような形態になってしまうと思うのです。Gnutellaの仕組みで、例えば「5ホップ先まで」という制限を付けてコミュニティを形成したら、それこそトポロジー的にご近所でのコミュニティができたりします。ビジネス・モデルはともかく、こういった仕組みが実現できれば面白いですよね。
内容が非常に多岐にわたるインタビューとなったが、藤本氏の話で分かったのは、机上で議論されるIPv6と実際の運用でのIPv6とでは、大きな違いがあること。藤本氏の活動は、そのギャップを埋め、いかに多くの人に利用してもらえる環境を作っていくかにあるのだと思う。
次回は、荒野氏や藤本氏らによって構築されつつある基礎インフラをベースとして、IPv6をいかに多くの人に利用してもらうか、この難題を模索するインターネット総合研究所の荻野司氏に、そのアイデアの数々について語ってもらう予定だ。
キーマンのプロフィール |
藤本
幸一郎(ふじもと こういちろう) 1993年、神戸大学工学部卒業後、NECに入社。数多くのISPや企業ネットワークの設計/構築に携わると同時に、IPv6ルータの製品化推進を担当する。IPv6 ForumやIAjapanのIPv6ディプロイメント委員会などのIPv6の普及促進活動、IPv6オペレーション研究会のボードメンバーとして議論を展開するなど、IPv6技術のエバンジェリストとして各方面で活躍している。 |
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