キーマンに訊くIPv6の過去、現在、未来 新連載:IPv6 Trend Review(1) 日本の意見を世界へ! 〜IPv6アドレス・ポリシー策定への道 アジア・グローバル・クロッシング リージョナル ディレクター アドバンストネットワークサービス サービスディベロップメント・オペレーション 荒野高志 2002/3/23 |
2000年9月に当時の森首相より、e-Japan構想に関する発表が行われた。その中で、「IPv6」という、当時はまだ一部の研究者や技術者の間で研究が行われているに過ぎなかったものが、日本の将来を担う中心技術として紹介されていたのである。世間一般に、突然脚光を浴びることになったIPv6だが、その普及活動は一部のキーマンの地道な活動によって支えられてきた。本企画では、それらIPv6普及の一途を担うキーマンの方々にインタビューを行い、IPv6に関する最新トレンドや将来の姿について探っていくことにしよう。
まずは、日本におけるIPv6普及/発展の中心的人物として多方面で活躍している、荒野高志氏にご登場いただいた。旧NTT(現NTTコミュニケーションズ)時代にOCNの立ち上げに携わり、JPNICのIP-WG主査やICANNのアドレス評議委員も務めるなど、IPv4の時代からインターネット、中でも事業者に対してどのようにIPアドレスを割り当てるかという、アドレス・ポリシー策定に関わるフィールドで活躍している。今回は、IPv6のアドレス・ポリシー策定に関する話を中心に、荒野氏の考えるIPv6の現在〜未来を聞いた。
(聞き手:@IT 鈴木淳也)
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アドレス・ポリシーは、どの組織にどのグローバルIPアドレスを割り当てるのかを決める運用ルールである。だが、商用プロバイダがすでにIPv6の接続サービスの提供を開始しているにもかかわらず、現在運用が行われているのはIPv6の“暫定の”アドレス・ポリシーなのだ。IPv4時代の厳しい割り当て基準を引きずっており、ルールにあいまいな部分も多い。「IPv6の普及・推進のためには、一刻も早いアドレス・ポリシーの決定が必要」と考えた荒野氏は、日本のいろいろな関係者からのコメントを集め、日本からの提案として、世界に向けて意見を述べていくことになった……。
日本の意見を世界へ! |
――アドレス・ポリシーというのは、どのような過程を経て決められるものなのでしょうか?
アジア太平洋/ヨーロッパ/北アメリカの地域ごとに、APNIC(Asia Pacific Network Information Center)/RIPE(Resource IP Europeens)/ARIN(American Registry for Internet Numbers)というレジストリ(IPアドレスの割り当てを行う上流組織)があります。それぞれの組織に対してアドレス・ポリシー提案を行い、正式に意見が採用されれば、正式なルールとして運用が行われるようになります。もちろん、すべての組織で同じルールとなるのが理想なのですが、なかなか難しいことです。実際、IPv4では地域ごとにルールが若干異なっていました。IPv6に関しては、欧米圏に比べ、アジア圏の状況が逼迫しているという温度差もありますので、少しでも早く運用を開始するために、地域ごとに異なるルールで……ということになる可能性もあります。
ICANNを筆頭に、APNIC /RIPE /ARINの組織構成について説明する荒野氏。荒野氏は現在、ICANN ASOのアドレス評議委員を務めている |
まずは、2001年8月に台北でAPNICの会議がありましたので、そこで提案を行うことからスタートしました。
――APNICの会議での反応はどうでしたか?
会議では、レジストリ側の共同提案との戦いが待っていました。このときに思ったのは、彼らはアドレス資源を守る立場であり、権益を残そうという意図が見え隠れしていたことです。IPv6の時代になり、アドレスが潤沢に割り当てられるようになると、当然彼らの仕事は減り、レジストリの必要性は薄くなるわけです。そのため、われわれの提案よりも基準の厳しいアドレス・ポリシーを意見として提出してきたのでしょう。実際、われわれの提案を見て、慌てて作成してきたもののように見受けられました。結局、会議では結論は出ませんでした。
しかし、この機会を逃すと、アドレス・ポリシーの策定はさらに先に延びてしまいます。そこで、会議のあった日の深夜〜早朝の時間を使って関係者が集まり、プライベートなミーティングを行って、2つの提案の融合案を作成しました。この提案はAPNICの会議で了承され、以後のRIPEやARINの会議でも同様の議論が繰り返されたのです。
――欧米圏での会議のほうが、苦戦しそうだという印象がありますが……
やはり、IPアドレスの必要性に対する温度差がいちばんのネックでした。「ゆっくり議論をして決めようじゃないか」というスタンスで、そのままだと次の会議まで議論を持ち越されそうな雰囲気でした。苦手な英語を駆使しつつも、アドレス・ポリシーを早急に決める必要性を訴えていきました。それらの行動が功を奏したのか、訴えは認められました。以後は、APNIC/RIPE/ARINをまたいだグローバルなメーリング・リスト(ML)のやりとりへと移っていきます。このML上で、先ほどの提案について議論が行われています。早ければ2カ月くらいでポリシー・ドラフトとして意見をまとめ、最終的な議論を経て、正式なアドレス・ポリシーとして採用されることになるでしょう。
アドレス・ポリシー策定後は…… |
――アドレス・ポリシー策定も、ようやく先が見えてきましたね。ところで、現在荒野さんがIPv6関連で興味を持たれているテーマは何でしょう?
オペレーション・ノウハウをまとめることです。IPv6に関して、技術の話などは資料に書かれていますが、実際にどのように運用していけばいいのか、そのためのノウハウはまだ蓄積されていません。そこで、オペレーターとしての議論の場を設けようと考えました。米国にNANOGという組織があるのですが、それを手本に日本でJANOG(Japan Network Operators Group:日本ネットワーク・オペレーターズ・グループ)という組織を立ち上げました。現在は、3000人ほどが参加しており、ML上で活発な意見交換を行っています。
ISPや企業にIPv6が浸透していくと、ファイアウォールやIPSecによるPtoPのセキュリティなど、いろいろ考えなければならないことがあります。IPv6の立ち上がりに向けて、いろいろ活動を行っていきます。
オペレーション・ノウハウ蓄積のために、
JANOGという組織を立ち上げました。 技術者がML上で意見交換を行っています |
――IPv6のグローバルIPアドレスが、企業の各端末に振られるようになると、いろいろ考えることがありそうですね
先ほどのアドレス・ポリシー策定にも絡む話なのですが、日本の意見として、グローバルIPアドレスは「グローバルに公開したいもの」だけでなく、「ユニークにしたいもの」にも振ろうという考えがあります。
どういうことなのか、企業ネットワークを例に説明しましょう。現在、各企業では、プライベートIPアドレスを社内の各端末に割り振っていると思います。プライベートIPアドレスというのは、だいたい先頭のほうからナンバリングを行っていますから、VPNなどで社内ネットワークを統合すると、IPアドレスのバッティングが発生したりします。この場合、リナンバリングを行うか、NATに対してさらにNATをかけるなど、アドレスの重複を回避する作業が発生します。社内ネットワークの統合だけでなく、今後は企業同士の合併/統合もあるでしょうから、こういった事態は日常茶飯事になるかもしれません。
IPv6であれば、外部(グローバル)に対して公開しなかったとしても、各端末に対してユニークなアドレスを割り振ることが可能です。PCに限らず、non-PCなども含め、やがてはすべての端末に対してIPアドレスが割り振られる時代が来るでしょう。
IPv6は情報交換のプラットフォーム |
――情報家電などは、潤沢なアドレス空間を持つIPv6のメリットを極限まで生かせますね
私は、IPv6そのものが情報交換のプラットフォームになると考えています。具体的なアイデアはまだまだ浮かんでいませんが、例えば、冷蔵庫がIPv6に対応した情報家電だったとして、ある材料が少なくなっていることが分かると、その情報が八百屋さんに自動的に送られて、野菜の販売に来るとか……。こういった情報交換が行われるようになると、新たなビジネスが起こるようになります。ただそれには、情報を利用する側と情報を提供する側とで、きちんとお金がまわる仕組みが整備される必要があるでしょう。もちろん、情報提供において、セキュリティが確保されることが重要です。
2001末のIPv6 Summitで、私がモデレータとして「IPv6がもたらすソーシャル・インパクト」と題してパネル・ディスカッションを行いましたが、ここで話された最大の課題がプライバシーに関するものでした。アプリケーションを作ってみないと分からない面もありますが、最終的には、人間がツールの使い方を学ばなければいけないのかもしれませんね。
IPv6は情報交換のプラットフォームになる可能性を秘めている |
荒野氏のインタビューでたびたび話に出ていたのが、「IPv6の普及は数々のボランティアによって支えられている」ということだ。アドレス・ポリシーに関する各種の議論や活動は、普段は企業に勤めている人が、土日の時間を使って行っていたものだという。IPv6がメジャー・シーンに登場するまで、そのベースとなるものは、水面下の活動で培われていたのだ。おそらくは、これからも、彼らの活動がIPv6の未来を支えていくことになるのだろう。
次回のインタビューでは、荒野氏とともにボランティア・ベースでその普及活動に貢献してきた藤本幸一郎氏に登場いただき、その水面下での活動内容を話してもらうことにしよう。
キーマンのプロフィール |
荒野
高志(あらの たかし) 1986年、東京大学理学部情報科学修士過程終了後、日本電信電話(NTT)に入社。OCNの立ち上げに携わり、ネットワークの設計/構築/運用を担当する。JPNICのIP-WG主査、ICANNのアドレス評議委員などを務め、日本や世界のアドレス・ポリシー策定に活躍する。現在では、IAjapanのIPv6ディプロイメント委員会議長などを務めるなど、IPv6の普及の中心的存在として、各方面で活動に奔走している。 |
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