特集:インフラベンダからの、いまの売れ筋はこれだ!(1)
日本のIPTVとケータイ網融合を加速させる条件
2006/7/11
大宅宗次
最近ネットワーク業界では売れるものに悩んでいるらしい。その状況を打破するのがNGNなのだが、国内普及にはさまざまな問題が絡んでいるという。インフラベンダの見方とは? |
業界の「最近、ヒット商品が少ないねえ」というため息 |
「最近、ヒット商品が少ないねえ」
筆者もネットワーク業界に長く携わっているが、このところ知人と会うとこんな会話をする機会が多い。ネットワーク関連製品のビジネスが縮小しているという意味ではない。一般的な調査結果からも明らかだが、市場規模は相変わらず拡大を続けている。ところが、あらゆるところまでネットワーク製品が普及し、技術が成熟している現在、新たな売れ筋を見つけるのが難しくなってきているのは確かだ。例えば、かなり前になるがイーサネットハブからスイッチに置き換えるというビジネスが全盛の時代があった。
「ちょっと値段は高くなりますが、ネットワークのスピードがこんなに上がります」というような売り文句で、いま思えば非常に分かりやすい商売をしていたのだ。先の会話は、最近ではさすがにこんな簡単に差別化できる商品や技術は少なくなったという意味なのだ。しかし、インフラベンダという商売柄、常に動向をチェックし売れ筋を探す努力を怠るわけにはいかない。この連載では、そんななから、業界で注目している今後の売れ筋に関する話題を順番に紹介していきたい。
次世代ネットワーク、NGNが生み出す次なる市場は? |
第1回となる今回は、まずは大物の話題から見てみよう。このところ世界中で大手の通信事業者が次世代ネットワーク、NGN(Next Generation Network)と称する新しいインフラの構築を進めている。いわゆるネットワークとサービスのオールIP化の流れだ。特にその国のフラッグシップキャリアが威信をかけて取り組んでいる例が多い。
例えば、米国ではベライゾンと新生at&t(旧AT&Tを買収したSBC)の2大キャリア、イギリスではブリティッシュテレコム(BT)、日本ではNTTという具合だ。NGN構築のためには多くの投資が予想されるが、この導入に関連して何か新しい売れ筋製品となるものあるのだろうか。
新製品というより、 既存技術の集大成という色合いが濃い |
実際、国内ではNTTがロードマップと呼ぶ具体的なNGN構築計画を発表し、トライアルを開始しつつ大規模な機器調達も始めている。調達する製品はルータやイーサネットスイッチ、光伝送装置、サーバなど多岐にわたるが、どの製品もこれまでの技術の集大成という色合いが濃い。もちろん、各機器の要求仕様は非常に高く、これらの要求に応えられるベンダは限られてくるほどだが、残念ながら何か新しい製品というものはほとんどないのだ。
これはNTT以外のキャリアも同じような状況でビジネスは非常に大きいのだが、通信事業者向けのインフラ製品に関しては、最近では目新しさが欠けているのは事実だ。では、少し見方を変えてNGNではどのようなサービスを展開していくつもりなのだろうか。
NGNによるトリプルプレイ、FMCの目玉は? |
代表的なものが電話、インターネット、TVの3つをまとめて提供するトリプルプレイと、固定と移動の融合であるFMC(Fixed Mobile Convergence)の提供だ。サービスに関してはNGNによりこれまでのサービスを超えようとする新しい流れがあり、インフラより売れ筋の製品がありそうだ。
その中でまず注目しているのが、トリプルプレイサービスの目玉であり、通信と放送の融合といわれる映像サービスだ。
一般的にトリプルプレイの映像サービスの提供にはさまざまな方式があり混乱している人も多い。世界的に注目されているのはIP技術を使って映像を配信するIPTVと呼ぶ方式だ。
IPTVの2つの問題点、 アクセス網による同時視聴チャンネル数の限定と法律 |
IPTVはTVと同じような放送サービスのほかに、ユーザーごとの要求によって異なる映像を配信できるビデオ・オン・デマンド(VoD)が提供できるのが特長だ。また、IPTVはIPインフラを用いるためアクセスインフラが光であってもDSLであっても提供できるが、日本では一般的に光アクセスを想定している。
IPTVを放送サービスとして見ると、テレビやラジオ放送方式に比べ、大きく異なる点がある。1つはIPTVでは現実的に使えるアクセス網の帯域の問題から、各家庭に現在視聴しているチャンネルのデータのみを配信するという点だ。同時視聴チャンネルが1チャンネルに限定されてしまうのだ。
もう1つは現時点で、日本ではアナログ、デジタルともにIPTV方式による地上波の再送信(配信)が法律的に許可されていないという点だ。しかし、地上波のアナログからデジタルへスムーズな切り替えを目指す国々の意向から、世界的には基本的にはIPTVでも地上波の配信が認められる方向に向かっている。よって、日本でも徐々に通信事業者のNGNサービスの1つとしてIPTV方式が本命となりつつある。
局側のサーバと家庭のセットトップボックス連携が要に |
IPTVサービスを提供する製品はいろいろな種類のものがあるが、その中核となるのがミドルウェアと呼ぶソフトウェアとIP-STB(Set Top Box)だ。ミドルウェアはSTBを制御したりユーザー情報を管理したり課金情報を取ったりするソフトウェアで、局側の設備であるサーバと家庭に置くIP-STB上の両方で連携して動作する(図1)。
図1 IPTVシステムのしくみ ISPではミドルウェア、家庭ではセットトップボックスが必須 |
IPTV用のミドルウェアはさまざまなベンダが提供しているが、世界的に見ると現時点で圧倒的に成功しているのはマイクロソフトだ。世界の主要キャリアでマイクロソフトのIPTVミドルウェ(ブロードキャスト映像データ形式からWindowsMediaデータ形式へのエンコーダ:参照マイクロソフトのソリューションPDF)アとそれに対応したIP-STBを採用している。
STBに新機能が追加される欧米と HDDレコーダのままの日本 |
米国のベライゾンとat&tはマイクロソフトのミドルウェアと、モトローラやシスコ(シスコが2005年11月に買収した旧サイエンティフィック・アトランタ)のIP-STBを導入している。海外ではIPTV自体の売りはEPGやPVR/DVR(Personal/Digital Video Recorder)といった新しい機能の提供である。
これに対し、日本ではすでに家庭に普及を続けているHDD/DVDレコーダの機能と同じままだ。日本でIPTVが普及を目指すには、こうした家電製品にも対向できる日本独自の付加機能を必要としている。海外のIPTV製品をそのまま使うのは機能的に物足りないのだ。つまり、日本はIPTVミドルウェアとIP-STBに関してまだ本命がいない状況で、業界ではこのシステム全体を新たな売れ筋として非常に注目している。
FMC=固定と移動の融合で恩恵を受けるのはユーザー |
一方、固定と移動の融合であるFMCに関しては、コンセプトとしては業界でもかなり前から注目している。しかし、現時点ではNGNの中で具体的で有効なサービス像が見えていない段階だ。想定される一般的なサービスイメージは、単一の電話番号を持った端末を提供し、外では携帯として利用し家では無線LANやBluetoothなどを介して固定電話として使えるというものだ。携帯の利便性はそのままで、家では携帯より安価な固定電話、あるいはIP電話を利用するためユーザーは金銭的メリットが受けられる(図2)。
図2 FMCサービスの具体例 |
海外ではイギリスのBTなどがこのイメージに近いFMCサービスを始めている。しかし、日本では大手の事業者はこのイメージのサービス提供にそれほど乗り気ではない。イギリスの固定事業者であるBTがFMCサービスを始めた主な動機は、携帯事業者との差別化による顧客の獲得だ。携帯網自体は他社のものを利用している。また、欧州の別の携帯事業者は自宅近郊の通話料を割引することでFMCサービスに対向しようとしている。欧州では、固定と移動の事業者が国をまたいで入り組んでいて非常に競争が激しい。FMCサービスが顧客獲得のための有効な手段だと判断しているのだ。
固定と移動融合の競争が始まらない日本 |
一方、日本ではソフトバンクがボーダーフォンを買収したことで、3大キャリアで固定と移動が同一事業者グループに落ち着いている。固定と移動の間では深刻な競合状態ではない。また、前述のFMCサービスイメージである携帯と固定の共通端末の提供は、かつて日本独自のPHS普及のために試みたサービス戦略と同じである。
PHSが音声サービスとしては携帯電話の後塵を拝した事実があるため、日本では個人向けのFMCサービスの有効性に疑問を持っているのだ。しかし、FMCサービスの実現に向けた準備は着実に進んでいる。
固定と移動で同一であるFMCサービス用の電話番号の割り当ても決まりつつある。「060」で始まるFMCサービス専用の番号の割り当てに加え、携帯の同じ「090」と「080」番号もFMCで使える見通しだ。
また、法人向けでは会社と外出先でも同一番号が使えるFMCサービスは、PHSでもかなり実績がある有効なサービスと認識されている。しかし、このようなサービスはNGNという大げさな枠の中でなくとも、個別対応のマネージドサービスの範囲で実現可能とされている。FMCに関連してNGNをキーワードに売れ筋商品があるかと聞かれれば、現時点ではまだ様子見の状況といえよう。
ラストワンマイルに注目されるGE-PONとWDM-PON |
最後に、先に触れたIPTVサービスの成否と関連して、今後が注目されているNGN唯一のインフラ部分の話題を紹介する。それが家庭から通信事業者の局舎までを接続する光アクセス網だ。現在、日本では光アクセス方式としてGE-PON(Gigabit Ethernet Passive Optical Network)と呼ばれる方式が主流だ。これはギガビットイーサネットを応用した技術で、1Gbpsの回線を最大32ユーザーで共有する仕組みだ。すると1ユーザー当たり約30Mbpsの帯域が割り当てられることになる。実効帯域はもう少し低いが、インターネットや電話には十分な帯域だ。しかし、IPTVサービスの提供が本格化すると帯域が足りなくなるのだ。
これまでTV信号のデジタル化で使われてきたMPEG-2方式では、標準画質(SD)で1チャンネル当たり約8Mbps、ハイビジョン画質(HD)では約30Mbps必要になる。これでは現行のGE-PONインフラではHD配信に対応できないので、IPTVではH.264 AVCと呼ぶ圧縮方式の採用が有力だ。この方式を使えばHDで1チャネル当たり約10Mbps程度になりGE-PONインフラを介して各家庭に2チャンネルのHD映像が配信できる。
2チャンネル視聴で帯域が不足するGE-PON |
しかし、多くの家庭ではTVが複数台あり、裏番組の録画にも使われるHDD/DVDレコーダの普及からHDD受信は2チャンネルでは明らかに足りないといわれている。このアクセス網から来る制約がIPTVサービスの致命的な欠点になりかねないのだ。海外では光アクセス網にGE-PONより多少高速な2.4GbpsのG-PONと呼ぶ方式が採用され始めている。しかし、日本でこの方式を使ってもIPTVの帯域問題の根本的な解決にはならないという見方が一般的で、導入には消極的だ。日本が注目しているのはもっと新しいPON技術だ。1つがGE-PONと比べ帯域が10倍になる10ギガビットイーサネットをベースにした10GE-PONだ。
10Gを超える速度で有望視されるWDM-PON |
もう1つが各家庭にスター型の光ファイバをはるため、波長の信号を1つの家庭で独立して使うことでさらなる高速化が可能なWDM-PONだ。どちらも将来のIPTV普及に向けて各家庭により広帯域を割り当てようとする試みだが、現時点では接続できる距離と価格面で実用には課題が多い。しかし、これらの課題を解決しIPTVサービスが期待どおりに離陸できるとすれば、これらの新しいPON製品は売れ筋になる可能があり注目が高まっている。
以上のように、通信事業者の大きな流れであるNGNの中にもいくつかの新しい売れ筋が隠れている。NGNに関してはまだ具体的に決まっていない部分も多く、次の売れ筋を見つけるためにも引き続き注目していく必要があるだろう。
来月は最新のWAFS事情。お楽しみに |
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