特集:インフラベンダからの、いまの売れ筋はこれだ!(4)
電気配線で高速通信までのハードルはこれだけある
電力線インターネット
2006/11/7
大宅宗次
高速通信の電力線通信が、いよいよ日本で解禁された。家庭や企業で、電気配線を使って通信できるようになるには、これだけのハードルを越えなくてはならない。 |
高速通信の電力線通信、いよいよ日本で解禁 |
家庭やオフィスなど屋内で既存の電気配線を活用して、高速通信を実現する電力線通信(PLC: Power Line Communication)の使用が、2006年10月、ようやく日本でも解禁された。解禁までの道のりは、さまざまな反対意見から異例ともいえる険しいものであった。いまだ反対の声が完全に収束したわけではないが、ともかく法改正がなされ国内でまったく新しいPLC製品の市場が開かれることになった。
多くの国内メーカーは、何年も前からこの新しい市場に期待して先行投資を進めており、スタートアップ時に主導権を握るために早期の製品投入に意欲的だ。また、海外では一足先にPLCの使用が認められている地域も多く、すでに多数のメーカーが製品投入をしている。
海外メーカーからも潜在的な日本市場への注目度は非常に高いのだ。こうした背景もあり国内のPLC製品市場は一気に戦国時代に突入する様相だ。果たしてPLC製品は期待どおり爆発的な売れ筋商品になるのだろうか。
「良過ぎる」イメージがネックになる? |
新規の市場開拓を仕事の1つとするインフラベンダの目から見ると、実はPLC製品の売り込みはしばらく苦戦すると予想している。PLC製品のヒット予想に慎重な理由の1つが、PLC製品で実現できることやメリットのイメージが「良過ぎる」ことだ。
例えば、「コンセントにつなぐだけでインターネットができる」や「家電製品がネットワーク化する」といった手軽で便利なイメージが一般ユーザーに浸透している。これはPLCの解禁を後押しするために多くのメーカーや有識者が夢を語った成果である。
ところが、当初販売が予定されているPLC製品ではこのイメージからのギャップが大き過ぎるのだ。また、PLC製品はすでにネットワーク機器の需要が成熟している法人向け市場にどこまで食い込めるかという点でも未知数である。しかし、長い目で見ればPLC製品は成長が期待できる商品であることは間違いないのだ。
PLCモデムの電源とPCの電源はそれぞれ必要 |
では、まずはPLC製品とはどんなものかあらためて紹介していく。初期のPLCの製品化はPLCモデムとかPLCアダプタと呼ばれる形態が主流となるだろう。これはイーサネット信号をPLC信号に変換し、電源ケーブルに信号を乗せコンセント経由で電気配線を利用した通信を行うことができる製品だ。
もちろんこのPLCモデムの電源は、コンセントからもらって動作する。つまり、接続するPCなどの装置から見るとあたかも電源コンセントが、イーサネットのコンセントとして見え、装置そのものでPLCに対応する必要はないのだ。
しかし、ここでPLCモデムにイーサネット接続するPCなどの装置の電源はどうするのかと、多くの人が疑問に感じるだろう。答えは接続する装置の電源は別に必要なのだ。
PLCモデムという形態ではよく考えれば当たり前なのだが、PLCの持つ電源ケーブルで通信を行う便利さというイメージからこの構成に違和感を覚えるかもしれない。これを解決するには接続する装置そのものにPLCモデムを組み込む必要がある(図1)。
図1 PLCモデムを利用したホームネットワーク構成 |
既存の電気配線を通信に 利用できるだけでいいじゃないか |
よって、PLCモデムによる構成を家庭やオフィスに売り込むには、電源供給と通信を1本の電源ケーブルで行うという「良すぎた前評判」の手軽なイメージを払拭し、既存の電気配線を通信に利用できるメリットだけを考えなければならない。
特に、家庭ではすべての部屋にイーサネットの配線がされているという、恵まれた環境がある家はまだまだ少ない。複数のPCを持つ家庭やネットワーク接続が可能なAV機器などが増えてきたことにより、一度は家庭内のネットワーク構成に頭を悩ませた経験がある人も多いだろう。
こうした悩みを解決するためにこれまで活躍してきたのは無線LANである。無線LANを使用すれば通信のための配線を考える必要がない。また、最近の多くのPCは無線LAN機能が内蔵され、無線LANのアクセスポイントや無線LANに対応していない製品を接続するためのアダプタ型の子機も安価な価格で提供されている。
家庭内で無線LANを導入するためのハードルは非常に低いのだ。しかし、使ってみたものの無線LAN特有の問題である障害物や電波干渉による速度低下や通信切断を経験し、無線LAN環境に不満を抱いている人もいるだろう。
無線LAN特有の問題への不満も |
筆者の場合は、家で無線LANと同じ2.4GHz帯を用いるコードレスヘッドフォンを使用している。このコードレスヘッドフォンは自動で周波数帯を選択する作りになっているのだが、無線LANが使っているチャネルも勝手に選択するため無線LANが切断されてしまうのだ。
もちろん何度か繰り返せば無線LANと別のチャネルを選択するため同時に使えるのだが、かなり面倒に感じている。また、無線LANをコードレスヘッドフォンと干渉しない5GHz帯に変更すると障害物が多いため満足のいく通信ができないのだ。
もともと、無線LANを使っているのは部屋間でのイーサネット配線が難しいためで、無線LANのメリットの1つであるPCの自由な移動は特に必要としていない。つまり、筆者の家の環境では、電気配線を通信に利用できるPLCモデムによるネットワーク構成の方が、無線LANよりメリットがあるのではと感じている。
企業の受付や会議室で活躍する |
各家庭によって状況や対象機器は違うかもしれないが、PLCモデムの売り込み先はこうした無線LAN以外の配線手段を探しているユーザーから始まるだろう。
一方、オフィスはイーサネットの配線が普及しているために、一般家庭の環境と異なりPLCモデムが活躍する場面が少ないのではと考えている人は多い。実際に、オフィスでは社員のデスク環境にはイーサネットの配線が必需品となっている。
しかし、広いオフィス環境では場所によってはどうしてもイーサネットを配線できない、配線するのに多額の費用が掛かる個所が存在する。あるメーカーは例として居室エリアから少し離れた受付や会議室などを挙げている。
オフィスではネットワークインフラとしてPLCを全面的に採用するケースはあり得ない。ところが、部分的に本当に配線で困っている個所にはPLCモデムが唯一の解決手段となるのだ。よって、オフィス向けにもPLCモデムの導入により電気配線を通信に利用できるメリットだけを訴求できるビジネスが少なからずあると考えている。
PLCモデムのレンタル費用という市場 |
少し話題が変わるが、インターネット接続サービスを提供している通信事業者の立場から見ると、新しいPLC製品にどのようなビジネスを期待しているのだろうか。通信事業者にとって家庭内に置く通信機器のレンタル費用は魅力的な収益の1つだ。
回線を接続するために必ず必要なADSLモデムや光終端装置以外の装置をどれだけセットでユーザーに売り込めるかの関心は高い。これまでは無線LANのアクセスポイント機能やIP電話機能を組み込んだブロードバンドルータのレンタルがこうした付随サービスの中心であった。
最近では、各社が専用のセットトップボックスのレンタルによるIP映像配信機能の提供に力を入れている。レンタルサービスを利用するユーザーは機器の設定などの面倒な手間を省きたいという考えが第一である。
例えば、自分で機器を購入していろいろな使い方を試す人に比べ、あまり複雑な使い方を必要としていないユーザーが多いだろう。特に無線LANの必要性に関しては配線が不要という点を最も重視していると想像できる。
例えば、書斎とリビングなど2つの部屋の間でPLCモデムを使って対向で接続するというような、ある程度限定した使い方のみを想定しても構わないかもしれない。こうしたライトユーザーに対して、既存の電気配線を通信に利用できるメリットだけを追求した、最も単純なPLCモデムの使用方法を提供するサービスの潜在需要は高いと考えても不思議ではない。
また、通信事業者が期待する映像配信サービスは、ブロードバンドルータとセットトップボックスの間の有線配線の不便さ、無線LANを使用する場合は通信の不安定さがサービスの魅力を半減させているといわれている。通信事業者のレンタルサービスはこれまで新しい製品の普及に一役買ってきた実績も多い。ここでも思い切って使い方を限定したPLCモデムの構成が受け入れられそうだ。
PCを使わない家庭にもメリットを訴求する |
PLC製品がPCなどによるデータ通信向けだけではなく、特にAV機器への映像配信に向いているという見方に対して、多くの家電メーカーとの思惑も一致している。
これは製品の移動を想定する必要がなく、通信相手や目的が決まっている製品同士には、装置そのものにPLCモデムを組み込みやすいからだ。
つまり、使い方を割り切れば電源と通信が電源ケーブル1本で済むというPLCが持っているイメージどおりの製品が作りやすいのだ。
具体的な例の1つが、先の通信事業者が提供する映像配信サービスでの家庭内での構成だ。例えば、PLCは映像配信向けにブロードバンドルータからセットトップボックスまでの配線の便利さのみを提供する。PCなどはこれまでどおり有線か無線LANで接続するという割り切った案だ。
図2 使い方を割り切ったPLC製品の構成例 |
ブロードバンドルータとセットトップボックスの両方の製品がPLCモデムを内蔵し、通信事業者からまとめてレンタルすることで設定や接続性の問題もクリアになる。通信事業者が本気で映像配信ビジネスに取り組むつもりなら、PLC技術によりPCを使わない家庭にもメリットを訴求するサービスを用意する必要があるのではないだろうか(図2)。
ノートPCにいかにスマートに組み込むか、が鍵 |
今後は、いろいろな製品にPLCモデム機能が組み込まれていくと予想されているが、その中で最も期待されているのがノートPCだ。ノートPCとPLCの組み合わせは、どこかの部屋にあるコンセントに電源を挿すだけで通信もできるようになるという、簡単で便利な使い方の理想に近いからだ。
日本ではデスクトップPCより、ちょっとした移動も可能なノートPCの方が売れている。しかし、ノートPCにPLCモデム機能を組み込むためには課題がある。デスクトップとノートの違いの1つが電源だ。
ほとんどのノートPCは、本体の小型化と熱を発する部分をなるべく外に出すためACアダプタ型の電源を採用している。ノートPCにPLCモデム機能を組み込むには構造上、ACアダプタに内蔵しなければならない。PLCモデムを組み込んだACアダプタは確実に現在のものより大きくなってしまう。
また、ACアダプタからは本体に接続するためのDC電源ケーブルと通信ケーブルが別に必要になる。もちろん、別々の線を1本のケーブルの中に束ねることはできるのだが、現状のケーブルより太く扱いにくくなるだろう。
これまでPLC製品が売れ筋になるためのさまざまな道筋を紹介してきた。使い方を限定したPLC製品は普及に弾みをつけるだろう。しかし、最終的にPLC製品が本当の売れ筋になるための鍵は、ノートPCにいかにスマートに組み込むかにかかっているかもしれないと予想している。
次回はシンクライアント。お楽しみに |
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