ゲーミフィケーションの議論に足りない3つの観点
続いて登壇したのは、東京大学大学院 情報学環 特任助教を務める藤本徹氏だ。藤本氏は、同学においてゲームの教育利用や社会的応用の研究、いわゆる「シリアスゲーム」と呼ばれる分野の研究に携わっている。
こうした立場から、藤本氏は現在「ゲーミフィケーション」が語られる際に「抜け落ちている」と感じている3つの観点について指摘した。藤本氏が指摘した3つの観点とは「歴史的観点」「認知的観点」「デザイン的観点」である。
■ 歴史的観点
藤本氏は、ゲームを社会的に利用しようという取り組みの変遷として、教育にゲームの要素を取り込む「エデュテイメント」の分野が生まれ、そこから教育以外の社会的領域への展開を図っていく流れの中で、ゲーミングやシミュレーションを活用した「シリアスゲーム」という分野への要請が生まれたとする。
「ゲームの社会的利用」の変遷(藤本氏の講演資料より) |
そして現在、さらに広いマーケティングやビジネスといった側面へのゲーム利用を目指す中で「ゲーミフィケーション」という言葉が使われるようになってきているとした。
近年、ゲーミフィケーションを語る際によく用いられる成功事例として「米国オバマ大統領の選挙キャンペーン」がよく用いられる。その際、それに先駆けて行われたハワード・ディーン候補によるネットを利用した資金調達活動の一環としてのシリアスゲームが合わせて取り上げられた。
これが「不十分なゲーミフィケーションの例」として示されることがあるが、藤本氏はこれについて「歴史的観点では、ディーン候補のシリアスゲームでの成功をベースにして、オバマ大統領のゲーミフィケーションによる選挙キャンペーンの成功があると考えることができる。時代背景の違いがあるだけで、ディーン候補の例が『不十分』なものであったわけではない」と指摘した。
■ 認知的観点
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また、認知的観点では、人がゲームに没頭している状態を指す言葉として用いられる「フロー状態」を例として挙げた。「フロー」とは、心理学者チクセントミハイ氏によって提唱された概念で、人間がある活動に完全に没頭、集中している状態のことを指すが、この言葉を「ソーシャルゲームにはまっている状態」を指して使うことが正しいかどうかについては議論の余地があるとする。
「ソーシャルゲームの動機付けのキーワードとして用いられる言葉に『承認欲求』があるが、そもそもフロー状態においては『他者からの承認』などは必要としない。自分自身がその活動に価値があると思って没頭する様子を指す。その点で、ゲーミフィケーションにおいて『フロー』という言葉の使われ方には、まだ議論が粗い部分があるように感じている」(藤本氏)
■ デザイン的観点
デザイン的観点というのは、ゲーム(Game)と遊び(Play)の概念の違いについての議論だ。ゲームと遊びの分類については、思想家ロジェ・カイヨワ氏が1958年に著した「遊びと人間」の中で「アゴン(競争)」「アレア(偶然・運)」「ミミクリ(模擬・模倣)」「イリンクス(目眩・惑乱)」といった分類が行われており、それぞれの分類の中で目的や高度なルール(秩序)、技が存在する「ルドゥス」、より気晴らしや即興性が高い「パイディア」といった要素で分けられるとする。
「ゲーム」と「遊び」の概念(藤本氏の講演資料より) |
2011年に、ハンブルク大学のセバスチャン・デターディング氏らが発表したゲーミフィケーションに関する論文では、ゲームと遊びの適用領域を表す平面上に「全体に適用するか、部分的に適用するか」「ゲームかプレイ(遊び)か」という2本の軸を用意している。
この「ゲームかプレイか」という軸は、カイヨワのいう「ルドゥス」の要素が強いものを「ゲーム」として、「パイディア」の要素が強いものを「プレイ」として位置付けており、「ゲーミフィケーション」の領域として「部分的にゲームフルなデザインを活用するもの」を割り当てている。
ゲーミフィケーションの領域(藤本氏の講演資料より) |
藤本氏はこの分類について、「現状のゲーミフィケーション事例として取り上げられるものには、ゲームフルなデザインというより、ルールの枠組みが弱い、より気晴らしや即興の要素が強いプレイフルなものの方が多いように感じている。このゲームデザインの観点においても、まだゲーミフィケーションを考えるには必要な議論が残されているように思う」と述べた。
マーケティングがゲーミフィケーションに期待するもの
次の登壇者は、慶應義塾大学経済学部の教授である武山政直氏。武山氏は、消費者行動分析、マーケティング研究の観点から「ARG(代替現実ゲーム)」を用いたプロモーションの推進などにもかかわっている。
同氏は、細井氏、藤本氏の内容を受け「マーケティングの観点でゲーミフィケーションに期待すること」について意見を述べた。
武山氏は、これまで「企業主体」で作っていくとされていた「市場の価値」について、現在では「消費者が主導して作る」ものへとパラダイムが転換しつつあると語る。その中で、企業ができることは、消費者が自ら価値を生みだすための「リソース」、そしてそれを組み上げる「プラットフォーム」を提供することだという。
さらに、消費者がプラットフォーム上でリソースを組み上げる手助けを行い、そこから生みだされる「価値」の持つ世界観やテーマを魅力的に語っていくことができればベストだとする。
この新たなパラダイムにおけるゲーミフィケーションの成功例として武山氏が挙げたのが「Nike+」だ。ナイキが行ったのは「ランニングシューズを売る」ことだけではない。シューズを買うという行為が、そのほかの要素とどう組み合わされれば、マラソンランナー(消費者)にとっての「価値」を生み出すかを考え、実現のためのリソースとプラットフォームを合わせて提供した。その中に動機付けとして「ゲーム」の要素を加えることによって、Nike+は成功を収めたと武山氏はいう。
またマーケティングの世界で「サービス」と呼ばれる概念も、その意味が変化しつつある。従来は「形のない財」を「サービス」と呼んでいたが、最近のマーケティングでは「サービス」はアウトプットではなく「行為」であり、企業が持っている技術やノウハウなどを活用し、顧客の価値実現に与するための「プロセス」だと考えるようになってきているという。
「顧客は企業が提供するツールだけから価値を実現することはできない。企業と顧客、作り手と使い手が価値を『共創』していく必要があり、そこに『ゲームの力』を使う。これがマーケティングの観点から見たゲーミフィケーションへの期待である。これまではゲームというとコンテンツやエンターテインメントの一分野といったとらえられ方がされがちだったが、今後はそうした狭い枠に捕らわれず、より広い分野を見渡して、新しい応用の仕方を考えていってほしい」(武山氏)
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INDEX | ||
ゲーミフィケーションカンファレンス2012レポート 日本のゲーミフィケーションは「応用」のステージに |
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Page1 成果への期待が高まるゲーミフィケーション ソーシャルゲームは最強のゲーミフィケーション? |
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Page2 学術的ゲーム研究がゲーミフィケーションに見た可能性 |
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Page3 ゲーミフィケーションの議論に足りない3つの観点 マーケティングがゲーミフィケーションに期待するもの |
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Page4 「ゲーミフィケーションとは、料理のようなもの」 ゲーミフィケーションが差し掛かった「端境期」 心理学/行動科学から導く「ゲーミフィケーションの科学」 |
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