IT Market Trend第13回 新生HPの日本のPC分野における課題――新生日本HPに予想される事態―― ガートナージャパン株式会社 |
Hewlett-Packard(HP)によるCompaq Computer買収計画が公表されてから約8カ月を経て、米国では2002年5月7日に新生HPが誕生した。合併までの過程で、社内外からその賛否が問われたのは記憶に新しいところ。株主投票の結果では合併賛成票が反対票をわずか数%の差で上回るという接戦の末、新生HPとしての第一歩が始まった。この新生HPの誕生と同時に、今後3年間にわたる新生HPの製品ロードマップが発表された(「解説:HPとの合併で名を捨てて実を取ったCompaq」参照)。これにより新生HPは、合併効果による結果を残していくことになる。本稿では、この製品ロードマップの中で、パーソナル・コンピューティング分野に焦点を当て、両社の合併がもたらすユーザーへのインパクトと、日本に誕生する新生日本HPの課題について分析していく。 |
新生HPにおけるパーソナル・コンピューティング分野という側面
最初にお断りしておくが、ここで新会社の「パソコン事業」を独立した採算事業として考えようとしているのではない。Compaqは「パソコン・メーカー」であり続けたことに合併に至る要因の1つがあったといえるし、多くのハードウェア・ベンダがハードウェアに大きく依存したビジネスから、より高い収益源となり得る別のサービスなどの事業へ軸足を移そうとしている状況は周知の事実である。ここでは、パーソナル・コンピューティング分野を「事業」としてほかと切り離して論じるのではなく、新会社の1つの側面として見たときに、どのようなことに留意するべきかという観点から解説する。
■合併の効果
HPとCompaq両社の製品群は、多くのカテゴリで重複が見られ、重複がない分野の方が少ないくらいだ。今回発表の製品ロードマップを見ると、この重複部分での開発資源の共有化とコスト削減に大きく重点をおいて製品の取捨選択がなされているのが分かる。パーソナル・システムに関するグローバルな合併効果として、当初から以下の2点が挙げられている。
- 開発・生産資源とコスト体質の改善
- 合併でシェアが向上することによる市場での優位性
コストについては、重複部分の共有化だけですべての問題が解決・改善されるわけではない。単にこの2社の組み合わせで合併するだけでは、間接販売によるコスト体質は解決しない。つまり、直接販売で大幅にコストを削減しているDell Computerには勝てないわけだ。このコスト面での問題は、合併前から社内外で指摘されていたところであり、依然として大きな課題である。以下に記した2002年第1四半期の世界パソコン市場の出荷速報(暫定値)と米国パソコン市場の出荷速報(暫定値)を見ても明らかなように、HP、CompaqともにDell Computerにシェアが離されつつある。
2002年第1四半期 | 2001年第1四半期 | ||||
ベンダ | 出荷台数 | シェア | 出荷台数 | シェア | 成長率 |
Dell Computer |
468万4000台
|
14.3%
|
411万9000台
|
12.6%
|
13.7%
|
Compaq Computer |
330万8000台
|
10.1%
|
376万5000台
|
11.5%
|
-12.1%
|
Hewlett-Packard |
234万台
|
7.1%
|
241万台
|
7.4%
|
-2.9%
|
IBM |
183万6000台
|
5.6%
|
202万6000台
|
6.2%
|
-9.3%
|
日本電気 |
125万3000台
|
3.8%
|
150万5000台
|
4.6%
|
-16.7%
|
そのほか |
1932万台
|
59.1%
|
1890万9000台
|
57.7%
|
2.2%
|
合計 |
3274万2000台
|
100.0%
|
3273万3000台
|
100.0%
|
0.0%
|
2002年第1四半期の世界パソコン市場の出荷速報(暫定値) | |||||
出典:ガートナー データクエスト(2002年4月) |
2002年第1四半期 | 2001年第1四半期 | ||||
ベンダ | 出荷台数 | シェア | 出荷台数 | シェア | 成長率 |
Dell Computer |
293万3000台
|
26.3%
|
252万3000台
|
23.2%
|
16.2%
|
Compaq Computer |
128万3000台
|
11.5%
|
146万台
|
13.4%
|
-12.1%
|
Hewlett-Packard |
108万6000台
|
9.8%
|
107万6000台
|
9.9%
|
0.9%
|
Gateway |
64万5000台
|
5.8%
|
92万3000台
|
8.5%
|
-30.1%
|
IBM |
58万1000台
|
5.2%
|
57万6000台
|
5.3%
|
0.9%
|
そのほか |
460万4000台
|
41.4%
|
431万9000台
|
39.7%
|
6.6%
|
合計 |
1113万2000台
|
100.0%
|
1087万6000台
|
100.0%
|
2.3%
|
2002年第1四半期の米国パソコン市場の出荷速報(暫定値) | |||||
出典:ガートナー データクエスト(2002年4月) |
HPとCompaqのシェアを単純に合計すれば、Dell Computerを抜くことになる。しかし、これまでのCompaqとDEC、日本電気とPackard Bellの合併を例に挙げるまでもなく、合併によって一時的にシェアが向上しても、継続しないことが多い。これは、合併によって各社が持っていた強みがなくなり、他社に追い上げられることなどが原因のようだ。
それでも、「重複部分の共有化」による効果に限っていえば、今回の製品選択は理にかなったものだ。基本的に、両社の製品のうち、よりシェアが高く、市場競争力が優れていると思われる方が残されていると見てよい。しかし、特に日本市場では、その製品構成と後者の合併効果の点でいくつかの問題が懸念される。
新生日本HPに予想される事態
ここからは、合併によって新生日本HPの日本市場への展開がどうなるのかを考えていく。日本HPとコンパックは、半年以内に合併を行うとしており、新製品ラインアップも米国に準拠したものになると思われる。
■企業向けクライアントPC:製品ロードマップではHPの省スペース・デスクトップPCの「e-PC」以外はCompaq製品へ移行する。 |
このセグメントにおいては、日本HPの企業ユーザー向け出荷の6割以上が大企業向けであり、システム・プロジェクト単位(サーバなどと一括したプロジェクト単位)での出荷が主体となっている。同社はチャネル・パートナーとともにすでに長期間このユーザー・セグメントに力を入れている。一方でコンパックは、企業ユーザー向け出荷のうち6割以上が中規模以下の企業である。また、PC単体の販売が比較的多く、特にここ数年は直販、ダイレクト・パートナー経由で中小企業を中心に低価格デスクトップPCを販売し、出荷全体の底上げをしてきた。
このように、日本市場では、両社の販売パターンおよび顧客層は異なっている。新製品ラインでは、コンパックのプラットフォームが残り、日本HPの企業向けクライアントPC「HP Vectra」は既存モデルで販売終了となるため、従来のHP製品でカバーされていたユーザー層の潜在需要が取りこぼされる懸念がある。
■コンシューマPC:ここでは両社のブランドが存続となっているが、実際に販売するブランドの選択は、市場ニーズに応じた世界各地域の判断にまかされている。 |
既存のコンシューマ向け製品については、コンパックの方が日本市場での販売期間が長く、認知度も高い。コンパックのPresarioシリーズは、特に初心者層を中心に、低価格モデルが受け入れられている。一方、日本HPのPavilionシリーズは、販売台数こそ少ないが、基本機能の充実、ライフスタイルに重点を置いた製品構成で、ヘビー・ユーザーではないが比較的コンピュータ・リテラシの高い層にフォーカスしているようだ。このように、コンシューマ製品でもこれまで両ブランドはあまり競合していない。そのため、今後両ブランドを併売しても製品競合は起こりにくく、また既存対象ユーザー維持の可能性も残されている。しかし、Pavilionの販売台数が少ないことから、Presarioのみを販売することもあり得る。また、低価格モデルが多く利益率の低いPresarioを切り、高付加価値製品を中心にPavilionの販売を強化するという考え方もあるだろう。ただ、このようにどちらか一方のブランドを選択した場合、従来どおりの製品戦略では、打ち切られる方のブランドが持っていた潜在需要を逃すこととなるかもしれない。
■PDA/ハンドヘルドPC:PocketPC採用のPDAで、CompaqのiPAQとHPのjornadaが重複していた。新製品ロードマップでは、iPAQブランドに統合され、現行モデル以降のjornadaは順次販売終了となる。 |
ガートナー データクエストの統計による2001年の世界のハンドヘルドPC/PDA市場の出荷台数では、Compaqが市場全体の約10%、HPが約5%を占めており、Compaq製品が継続となったのも大きくうなずける。これに対し日本市場では、2001年タブレット型PDA(PocketPCならびにPalm OS)市場の出荷台数で、コンパックは約3%、日本HPは約2%であり大差がない。ただ、PocketPCについては、コンパックのiPAQが2001年4月、日本HPのJornada 548が2000年8月にそれぞれ発表されていることを考えると、半年以上も先行したJornadaシリーズよりも、短期間でiPAQがシェアを確保していることが分かる。iPAQがプロセッサにStrongARMを採用し、従来のPocketPCよりも高性能だったことなどが、市場で受け入れられたものと思われる(そのあとにHPもStrongARMを採用したjornada 568を投入しているが)。
前述のように日本HPが日本市場にPocketPC採用のPDAを投入したのは2000年8月、一方のコンパックは2001年4月であるため、市場への浸透度・認知度の差による問題はあまりないだろう。気になるのはクラムシェル型でキーボードの付いたハンドヘルド製品(ハンドヘルドPC)である。これは、2社のうち日本HPのみの取り扱いとなっているが、今回の製品ロードマップでは言及されていない。HPのハンドヘルドPCは市場での歴史も長い。日本市場においては、2001年市場シェアは8%弱と多くはないが、Windows CE採用以前の旧LXシリーズ以前から、ファンともいえる根強いユーザー層が存在する。しかし、日本のハンドヘルドPC市場の現状は、2001年に7社あった参入メーカーが2002年第1四半期時点では5社に減少しており、さらにそのうち2社は2001年以降新製品の発表がないという状況だ。
一方で市場成長性を見ると、ハンドヘルドPC製品は世界/日本市場ともに、現在の用途や製品仕様のままではタブレット型PDA市場と比較しても潜在成長率は低めであり、むしろ縮小傾向にある。それでも、ハンドヘルドPC製品には現行のタブレット型PDAよりも画面サイズが大きく、キーボード入力が可能といったメリットがあり、メーカーが軒並み手を引く中、未だにそのニーズは残っている。市場は右肩上がりでないが、プレイヤーが減少した分、需要獲得の増加が見込みるだけに、グローバルな決定として新生HPのハンドヘルドPC製品の行く末がどうなるかは、ユーザー側から見ても気になる点である。
■市場シェア:日本パソコン市場における2社のシェアは元来大きくはなく(2001年出荷台数でコンパック3.0%、日本HP1.6%)、仮に単純計算が成り立ったとしても、それぞれのシェア合計は日本国内のパソコン市場で5%以下、順位は8位である。 |
合併の発表があった2001年9月以降は、今後の継続ブランドが不明であったため、特に日本HPのコンシューマPCで生産・出荷数量が意識的に絞られていた。つまり、合併を背景として一部で出荷の絞込みが起こり、すでに1+1が2未満に減少し始めている。この状況は、日本での採用製品決定まで続くと思われる。企業向けクライアントPC製品においては、今後の販売製品は決定されたが、従来どおりのコンパック製品と販売体制では、これまでの日本HP製品が対象にしていたセグメントとユーザーの買い換え需要の多くはカバーし切れない。これにより、コンシューマPC製品ですでに始まっている出荷減少傾向が、場合によっては今後、企業向けクライアントPC製品でも起こる危険性が考えられる。
日本パソコン市場にコンパック、日本HP、デルコンピュータのシェア推移 |
出典:ガートナー データクエスト |
合併効果を左右する新生日本HPの課題
現在のユーザー層と潜在需要を確保するためには、製品構成と販売体制の注意深い調整と、できる限り迅速かつスムーズな移行が求められる。特に企業向けクライアントPC製品については、日本HPのシステム販売をベースとした需要に対するアプローチが弱体化して出荷減少を招かぬよう、十分な留意が必要だろう。各セグメントの状況に応じて、製品構成と販売体制をスムーズに移行させることにより、いかに今後のロスを最小限に食い止め、過去のロスを速やかに取り戻すかが、合併効果を期待するうえでの最初の課題となる。
ただし、仮にいったん減少した出荷規模を取り戻し、また2社の潜在需要がくまなく取り込めたとしても、それだけでは、期待されている合併効果のうちの「シェア向上による市場での優位性」を、日本市場で発揮できる状況になったとはいえない。そもそもシェア合算値自体が、現実的にはスケール・メリットが期待できるレベルに至っていないからである。合併効果実現のためには、1+1を2にするだけでは不十分であり、それ以上に増やす努力が必要となる。それには、パーソナル・システム分野に留まらない、広範囲での具体的・積極的な戦略と他部門との密な連携が不可欠となる。
また、日本市場でもデルコンピュータは徐々に上位に食い込んでおり、ここでも例外なく直販モデルと比べ間接販売によりシステム価格が高いという問題点を抱えている。これについては課題として残されたままだ。
2001年日本パソコン市場はマイナス成長であったが、2002年後半からは買い替え需要の増加が見込まれ、個人市場では2002年夏以降、企業市場でも会計年度末である2003年第1四半期から実売につながるものと期待されている。通常、日本市場では、10月には各社が店頭の冬商戦向けモデルを発表し、同時にチャネルからの発注が開始される。また、企業向けでは新製品の場合、製品評価期間を要するため、主要モデルが新製品に移行するには数カ月かかる。このことから、新生日本HPが日本市場の次の買い換え需要を取り込むためには、企業向けとコンシューマ向けの両製品で、少なくとも第2四半期中には製品計画を定め、第3四半期には具体的かつ積極的な販売体制に移る必要がある。
新生日本HPは、新体制への移行に手間取ってこの移行のタイミングを遅らせたり、すでに起こっている出荷減少を合併過渡期の一過性のものとして現状に甘んじたりするようなことがあってはならない。さもないと、日本パソコン産業全体が期待している買い換え需要の波に乗り遅れ、早期シェア改善の絶好のチャンスを逃すだけでなく、出荷減少がさらに加速する最悪の事態さえ起こり得る。
米国本社での合併が現実化したとはいえ、株主の多くは反対票であったことから、社内においても合併反対派が存在するであろうことは想像に難くない。そのような状況下、日本において、日本法人の合併手続きと同時進行で製品計画と体制移行が進められるか、その実行能力が問われるだろう。
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